160 祖母を探して3000里 2

「それで…祖母の名はなんというのだ?」
クマのぬいぐるみの中の幼女がエルナに聞いている。
「はい!咲(さき)です!」
元気よくエルナは答える。
そもそもこの広大な中国で自分の祖母を探そうっていうのが間違いじゃないのか。日本でも行方不明になった親族を探すのは難しく、テレビの力を使って探しだしても見つからないどころか、万が一に見つかったとしても会って話をすることも難しいというのに。
まぁ、会って話をするのが難しいという話はそれぞれの家族の深い事情なので置いといて。
「この広大な中国で祖母を探しだすというのもまた無謀な事を考えているものだな。アテはあるのか?」
「えっと…」
そう言ってからエルナは中学生が部活で使っているような安物の、それこそ100円ショップで売っていてもおかしくないようなバッグを取り出すと、中から折り目が沢山ついている写真を取り出した。
随分と年季の入った写真である。
「これがおばあちゃんの写真です!」
などとドヤ顔でいうのだ。
そのドヤ顔が意味するところは、とどのつまり若い頃の写真でも出すと思ったか?ちゃんと最近の写真を出してやったぜ、ほうら、探しやすいだろう?という意味か…。
写真には少なくとも日本ではないどこかの街の街路の隅、ボロい木の椅子に座って村人らしき人と何かの木の実を袋に小分けしているという、おばあさんらしき姿の写真だ。
アジアで撮られた写真、というのはわかる。白人でも彫りの深い顔のアラブ人でもないし、インド人でも黒人でもないからだ。ただ、この写真を見せられてインドネシアやマレーシアの辺鄙な村だと言われても信じてしまう。アジアのどこか、ということだけは分かる。
「写真を手掛かりに探そうというのか?中国政府が把握しているだけでも10億人はいるのだぞ?」
「わ、わかってますよゥ…」
「そもそも中国にいることは確定なのか?」
幼女が再び聞くと、
「中国に行くと言っていたので、それは間違いないと思いますよ」
「何をしに行くって話してたの?旅行?」
俺が聞いてみる。
「それが…わからないんですよォ…」
「…何をしにいくのか、どこに行くのか、それを伝えてないってことは…もうエルナの家族と縁を切りたかったんじゃないかな…」
「なななな、ななな、なんてこというんですかァ!!もし…もし、私の家族と縁を切りたいんだったら、突然こんな写真を家族宛に送ってくるわけないじゃないですかァ!!」
「でも、写真だけしかないんでしょ?手紙とかは?」
「ないですゥ…」
俺とクマのぬいぐるみは腕を組んで唸った。
そもそも写真を送りつけてくるっていうのが意味がわからない。生きてますよって意味か?心配しなくてもいいですよ…ってか?じゃあ手紙の一つでも添えてもいいじゃないか。
俺はエルナが持っていた古めかしい写真を手にとってマジマジと見つめてみた。画素数が低いからあまりいいカメラで撮られたものでもなさそう。日本製の古いデジカメで撮られたものを、紙に印刷してるのか。
…ん?
この写真…。
エルナのおばあさんのところに薄く円が描かれてある。気づかなかったのはそれがペンじゃなくて薄い色の鉛筆で描かれてあったからか。
自分の親族に写真を渡すのに、わざわざ自分のところを円で囲うのか?家族に顔がわからないほど、顔が変化してるんだろうか?
っていうか…写真に映る時はピースするなり、カメラ目線なのが普通なんだけど、この写真は…ん〜…。
「もしかして、この写真って誰かが勝手に撮ったものじゃない?」
そう俺が言うと、クマのぬいぐるみも相槌を打つ。
そして言う。
「うむ。私もそう思ってたのだ。何か違和感があると思ったら、その写真、本人が意図せずに勝手に映されたものではないか?まるで探偵が証拠の写真として撮るようなのだ」
エルナもマジマジと写真を見つめている。
「確かに…そうですゥ…不自然ですゥ」
あれ?
ふと、俺は今、思い出した気がしたぞ。
エルナが俺に最初におばあさんを探して欲しい、と言ってきたわけじゃないってことを。そう、最初はスカーレット、つまり蓮宝議員が言ってきた。そうだよ、なんとなく点と点が繋がったぞ。
何かの事情があって蓮宝議員の関係者がエルナのおばあさんを探していた、で、それを探偵か何かに探させてて、見つけて、証拠としてこの写真を手に入れた。
そして関係者であるエルナの家族に送った。
そうなると絶縁でもしていない限りはなんとかしてエルナの家族やエルナは探そうとするだろう。でも…なんで回りくどいことをするんだろう?少なくとも写真にどこで撮られたものか書くべきじゃないか。こんなミステリーメッセージのように写真だけ送りつけなくても。
「ふっふっふ、私はその写真で、もう一つ不自然な点を見つけたぞ」などと幼女入りのクマのぬいぐるみが言う。
不自然な点?
どこだろうか?
カメラ目線ではないエルナの祖母らしき人と、その向かいには現地の人と思える30代ぐらいの女性、後は…ボール遊びをしている子供達。
家の前で木の実の整理をしているんだな。
違和感は他にはないのだが…。
「ふっふっふ…さすがのドロイドバスター・キミカも気づかないか。ならば私が直々に教えてやろう」
なんか悔しいがさっぱりわからない。
幼女はクマのぬいぐるみの中から小さな手、及び指を出してツンと写真のある箇所を指さした。祖母と共に木の実整理をしている現地の女性、その向こうには家の窓が映っている。
「この家の窓ガラス、位置的にはカメラを持った『誰か』が写っているはずではないか?しかし、写っていないのだ」
んんん?!
「ホントだ…」
「もちろん、視聴覚デバイスで撮られた可能性もある、が、その場合でも『誰か』が写っていなければならない。誰もいないのだ。まるで幽霊にでもシャッターを押されたかのようにな」
「ひ…ヒィィイイィィィィィ!!!!」
エルナはそんな裏声みたいな叫び声を発して、今まで大事そうに持っていた祖母の写真を地面に放り投げた。