160 祖母を探して3000里 1

結局、その日の夜は俺はグラビティコントロールで浮かんで寝て、タエとエルナは虫が沢山いるであろうベッドで眠った。
翌朝。
日が登らないうちにタエが起きているのを見つけてしまう。
「何してんの?眠れないの?」
と俺が高い位置から見下すように、いや、見下ろすように言うと、
「昨日の昼間に音ゲーやってる時、ジャミングだか回線封鎖だかがかかってないエリアを見つけたんだよ」
「ジャミング?回線封鎖?」
「オマエさーッ!ここにずーっといるつもり?」
タエは変身前の美少女の姿のまま、いそいそと荷物をバッグに詰め込んでいるようだ。
「そんなつもりはないけどォ…」
「助けが来るとか、絶望的じゃなくね?」
「どうすんの?」
「だからネット回線に繋がれば連絡とれるんだよ。多分。で、昨日見つけたエリアがなんかジャミングも回線封鎖もされてないから、そこから国外にネットつながらないかな?って…ちょっと行ってみるの」
「でも、中国って金盾っていう国内外からの情報を遮断する仕組みがあるらしいじゃん。監視されてるよ。で、バレたら場所も逆探知されて、見つかって集中攻撃されるよ」
「つーか、そんなのやってみないとわかんなくね?」
「リスクが高すぎだよ」
「え?なになに、心配してくれてんの?」
ニヤニヤと笑いながらタエは俺のスカートの裾を引っ張る。
それを手で遮りながら、
「そりゃ心配するに決まってるじゃん、女の子が一人で知らない街の中を彷徨くなんて」
そう言った。
俺はこういう美少女の姿をしていても中身は男の子なので当たり前の事を当たり前のように言っただけだ。だからといって『俺が守ってやるから』という台詞は無しだ。女の子が危ないところに一人で行くなんてダメだよ、何かあっても知らないよ、俺は関わらないようにするから、トラブルに巻き込むんじゃねぇよ、お前、という意味である。
「な、なにキメちゃってんだよ、勘違いするだろ、バーカ!」
顔を真っ赤にしてそんな事を言うタエ。
「しょうがないなぁ、あたしも一緒に行ってあげるよ」
と俺が言うと、さらに顔を真っ赤にするタエ。
「い、いいよ。こなくて。っていうかどうせ来てからネット接続出来るようになったらオタクのアンタは2chとか接続した挙句にVIP板に行って『中国に来てて帰れないんだけどなんか質問ある?』とかスレ立ててアンカで中国でしか出来ないネタしたりするんだろ、キモイ」
おい!!
なんでそこまで分かるんだよ!!
「あたしの心が読めているようだね…」
「はぁ?!冗談で言ったのにマジなの?!」
「まぁ、あたしの人生は冗談みたいなものだけどね…」
「…とにかく。あたし一人で行く。アンタはここでオモリ!誰が面倒みるんだよ、ドロイドバスターでもない幼女と天然ボケの女の」
「えぇ〜…面倒臭いよォ」
「ここで待ってればいいだけじゃなくない?」
そう言ってタエは無理にでもついていこうとする俺を犬を追い払うように手で「シッシッ」とやって、一人ファリンの実家を出て行ってしまった。せっかくなので二度寝してから起きた9時、幼女とエルナの2名はタエが居なくなっている事に気付いた。
「…というわけなんだよ」
と、俺は山で遭難した時に仲間の一人が救援を求める為に一人下山したような面持ちでタエが居なくなった理由を2人に話した。
「やはり行ったか」
幼女の入った巨大クマのぬいぐるみが言う。
「このままずっと戻ってこなかったらどうするんですかァ…」
まだ出て行ってから10分も経ってないのに、エルナは絶望的な顔をしてタエが居なくなったという事実を受け入れている。
「戻ってこなかったら、あたしが一人で日本に帰るよ」
「え、ちょっ、どういうことなんですかァ!!」
「おいいいいいいいい!!!」
クマのぬいぐるみとエルナ両名が俺の腕を引っ張る。
「た、助けを呼びに帰るって事だよォ!」
ったく、何を誤解してんだか…まさか俺がそのまま日本に帰ってから何もしないとか思ってたんじゃないだろうな。
「キミカさんの事だから一人日本に帰って2chVIP板とかに『いやぁ、疲れました、今、中国旅行帰り』ってスレ立てて、VIP民から質問されてるうちになんで自分一人が日本に帰ってきたのかってところをツッコまれて、『何、仲間おいて帰ってんだよwwww早く迎えにいけよwwww』とか言われて始めて気付いたりしそうですゥ!」
「あたしそんな事するわけないじゃんか!なんで2chVIP板に書くところまで決まってんだよ!!」
「じゃあ、中国から帰ってからネットに接続したらまず最初はどうするんですかァ?」
「えっと、まずは2chVIP板に、」
「やっぱりそうじゃないですかァァァァ!!!」
「ち、違うよ、それはちゃんと皆で一緒に日本に帰った後の話じゃん?そうじゃなかったら2chなんてしてる暇ないよ」
「本当ですかァ…?」
疑いの目を俺に向けるエルナ。
一方で幼女のほうは、
「そういえばさっきの話の中で、ネットに接続出来る区域があったとタエが言っていたが、お前の事だからタエと一緒にそこに行ってネットに接続してからまず最初に2chにスレを立てるなどという事をしようとしていたんではあるまいな?」
「ぎィくゥ!!」
「ちょっ、キミカさーん!!何考えてるんですかァァァ!!」
「ちょ、ちょっとした息抜きじゃーん?!」
「ダメですよ!!中国から2chのサーバにアクセスするなんて、私は日本人です、って言ってるようなものじゃないですか!!そんなことしたら中国の金盾っていうシステムに場所を特定されて他の人も巻き込まれて大変な事になっちゃう」
「ん…だよゥ…みんなでよってたかって…」
俺は口を尖らせて言う。
「まぁ、とにかく、そのことについて議論しても仕方がない。タエが帰ってくるまではみんなでこの家で待つしかなさそうだな…というか、この家で待つだけにしても、近所の者やこの家の者が当局に通報するというオチも考えられる。油断は禁物だろう」
ふとそこで思い出したようにエルナが言うのだ。
「ん〜…。皆さん、もし暇だったら…私の祖母探しのお手伝いに…来て頂けませんか?」
…くそ…こいつ、すっかり忘れたと思ってた。思い出しやがったか、クソ面倒くさそうな案件を。