159 反日デモ 5

今は何時だろうか。
まだ日が落ちないうちに夕食を作っているような音が聞こえてくる。
さっきまで庭で遊んでいた子供たちは近所の子供も加えて大勢が集まってきた。と、言うのも、別に日本人が来たからというわけじゃなく、何か普段見慣れないような人間が来ているから、物珍しいから寄ってくるんだろう。俺達が日本人だとバレたのなら逃げ出すはずだ。
草が生えないようにとコンクリートが敷いてある庭は、結構に歳が経っているようで所々が割れて地面が露出している。
「おい!やめろ!引っ張るな!!」
などと言ってそのコンクリートの上を機械音を出しながら歩いているのはクマのぬいぐるみに入っている幼女こと、安倍議員。その周囲には無邪気な中国人の子供達が集まっている。
クマのぬいぐるみで自走して、なおかつ何やら聞き覚えのない言葉(日本語)を話すとなれば子供達の興味を引くのは時間の問題だ。大人達は関わってはダメだと最初こそ言っているものの、敵意がないことがわかると特に止めるわけでもなく…議員は止めてほしいんだろうけれど…子供達に遊ばせている。
特にしっぽの辺りを触ったりするのが好きなようだ。
タエがコントロールするクマのぬいぐるみの小さい方、田中くんも、子供に抱きかかえられて心なしか楽しそうにも見える。
ファリンが俺達の前に姿を表してから、
「ご飯出来た、みんなで食べよう」
と言っている。
中国に来てレストランの料理を食べ、家庭料理も食べれるなんて本当にいい経験が出来たと思うよ。孤独のグルメの五郎ちゃんならこんなシチュエーションはココロの中で小躍りするだろう。
庭と地続きになっている食堂?のようなところへ靴のまま入っていったのは違和感があったけれど、まぁレストランのようなものだと思えばいい。テーブルの上にはどれも見たことのないような、どっちかっていうと四川系の辛そうな料理が並んでいる。すでに親戚のオッサンらしき人が茶碗を片手に肉や野菜を啄んで食べている。
一つは麻婆豆腐のようなもの…だけれど、俺が見たことある『赤系』な色の麻婆豆腐とは違って黒い。
一つは鶏肉と緑の野菜とミンチになった肉が煮込んであって、その上にナッツが振りかけられているもの、そして一つは野菜がとろみのある出汁につけられているもの。
とくに号令もなく食べ始める。
親戚一同揃ってるのか?近所の子供らしきのも食卓で食ってるんだけど…これ、近所の人が入ってきて食ってそのまま出て行っても誰も気づかないんじゃないのか?
すると、親戚っぽい中学生ぐらいの男が俺の顔を見て何か恥ずかしそうに中国語で言っているのだ。
「何て言ってるの?」
「日本人、とても可愛い、と言ってる」
俺の場合は日本人というよりも2次元人と言ったほうがいいな…実際に存在しないものからモデリングされてるからな。
そんな事を考えていると、ファリンのおばあちゃんが犬のエサを入れていたと思われる皿を持ってきて、幼女の操作するクマのぬいぐるみの前に置いたのだ。
「おい!」
さすがにそれは怒るだろう…。
ファリンはおばあちゃんに向かって中国語で何か言っている。
「(中国語で何か言っている)」
おばあちゃんが怪訝な顔でそれに返す。
「クマなのに私達と同じものを食べるなんて変、と言っている」
クマって事になってるのか…。
そういえば田中くんにも同じようにエサが渡されてるようだが、田中くんはバッテリーで動くのでそれを断っているな。断っていても中国人の小さな女の子がスプーンで麻婆豆腐を田中くんの口に入れようとして、それを拒否して逃げ出し、二人、走り回っているわけだが。
っていうことは…このクマ(幼女)が食べてるところを見たらビックリするかもしれない。
幼女はクマのぬいぐるみを器用に操作して小皿におかずを盛ると、その前に身体を屈めてクマのぬいぐるみの口をオープン。
すると幼女の小さな手がニュッとクマの口から出てきて小皿に盛られたおかずを箸で啄むのだ。もちろん、そのおかずとご飯をクチャクチャ言いながら食べてる。
一斉に中国人、親戚一同が身体を強ばらせてそれを見る。
子供達も中国語でなにか喚いている。
きっとクマの中から手が出てくる様子が、クマの姿をした化物の口から人間の手の形をした『舌』が出てきて、器用に箸を使って食べているよに見えたんだろう…というか俺にもそう見えたよ。
落ち着かせるようにファリンが説明する。
「わけあって中に人が入っている、と説明した」
「それは最初に言っておくべきだろう…」
幼女が渋く言う。
「子供が入っているから、両親は何をやっているのだ、と言ってる」
そう言ったファリンに向かって幼女は落ち着いた声で言う。
「両親なら中国人がやらかしたテロの巻き添えになって死んだ」
気まずい。
俺やエルナや、タエでさえも、気まずくて静かになった。
日本語が通じない親戚一同だけは明るくぺちゃくちゃ中国語を話ながら夕食を食べている中、俺達だけは静まり返っていた。
「ごめんなさい…」
ファリンがそう言った。
「お前が謝っても仕方がない事なのだ。私の両親が謝って帰ってくるのなら、いくらでも謝って欲しいものだけれどな…それより、」
そう言ってから幼女は、
「質問があるのだが、通訳してくれないか?」
そう言った。
「私の家族に?なに?」
「クーデターが起きた事はどれだけ知ってる?」
ファリンがそれを中国語に翻訳して家族に話す。
ファリン一家のオッサンっぽい人が中国語で答える。
「『ニュースでやっていた。政治の事はよくわからない』」
政治の事か…?
クーデターが起きたってことは政権が代わった、というか、国が乗っ取られたって事なのに?
「国が乗っ取られたのに、あまり関心がないのだな」
幼女がクマのぬいぐるみの中からそう言う。
ファリンが訳し、オッサンが答える。
「『今の生活が全て。政治の事、わからない。デモもやっていたけれど、参加したら金貰える。だからみんな参加してる。日本車を壊した人、沢山お金貰える。けれど、どれが日本車かわからない、だから高そうな車、みんな壊す』」
「人が所有する車を壊すのは犯罪だ」
もっともな事を言う幼女。が、それを言う相手は日本の…いや、資本主義先進国家の常識が通用しない相手だ。
「『日本車壊しても、警察に捕まらない』」
ファリンの通訳は間違いなく、そう言った。
「出たよ、愛国無罪!」
タエが骨付き肉を箸で綺麗にそぎ落としながら、言う。
愛国無罪って?」
俺が聞くと、
「んァ?2chねらーだったらそれぐらい知っとけっての。中国じゃ愛国心の為に行動した行為が例え悪いことでも無罪になんの」
「へぇ〜…」
一方で続けて、幼女はファリンに聞く。
「ファリン、気になる事があるのだが」
「なに?」
「なぜ、李国家主席は『反日デモ』をやっておきながら、日本との対話を求めていたのだ?確かに普段からデモをさせて世論を動かしていたのは知っているが…それが我々との対談が行われる日にもするとは、アンビバレント過ぎではないか?状況を掌握する為にも、この日に限ってはデモのような混乱を意図的に起こすべきではない」
「…それは、よくわかってない」
「?」
反日を掲げないと、政府の信頼が薄まる。だから本音は仲良くしたくてもみんな『反日』だと叫ぶ。国民に信頼される政府であるべきだから。だけれど、私達にもわかってない。今回のデモ、誰かが先導してる…対談については極秘事項。国民は知らない」
「…」
つまり、裏切り者がいたってことか。