158 重慶の春 4

ビルの前にはイチが鎮座していたはずだ。
俺と互角か俺よりもちょびっとだけ強い可能性がわずかだがあるイチがあの女に負けるわけがない。というのはなんとなく感覚で分かる。あの女は転送する能力はあるけれど、それ以上の事は出来ない。なんとなく…なんとなく、男のカンって奴で分かる。
女はビルの正面に近い場所で再びどこかに待機させている中国軍を転送している。そして、イチがその攻撃で押されてるんだ。
物量を前にしては防ぎきるのは難しいからだ。
突然、公安や俺がいるこの部屋を激しくノックする音が響く。
「どうした?」
扉を開けると中央軍の日本兵が居る。
「議員がどこに行かれたかわかりませんか?!」
「いや、ここにはいないみたいだけどな…」
「もう時間切れです!!」
兵の背後にはSP等と共に総理がいる。
俺は兵に向かって言う。
「タエの奴は?あいつ、議員を守る役なんでしょ?」
「そういえば…いませんね」
ボゥマはそんな俺達をよそにセコセコと片付けを始めていて、もう雰囲気からさっさとズラかろうって魂胆が見え見え…そして、バトウもそれを手伝いながら、ふと、ぽんと俺の肩を叩いてから言うのだ。
ニンマリと笑ってから、
「キミカ嬢、議員のこと、頼むな」
「あー!もう!どうせまたクソでもしにトイレに篭ってるんでしょォ?!オムツ履いとけばいいのに!」
すると総理が静かな声で言う。
「議員のトイレ癖は小さい頃にオムツを履く期間が普通の人よりも長かったからだとか言われているな。肛門がもう『漏らしてもいいや』と感じ取っていて緩いのだろう」
そうなのかよ!!
どんだけ言われ様だよ議員!!
俺は廊下を飛び出した。
そして向かった。
どこへ向かったかって?
決まってんじゃん、トイレだよ!
ト・イ・レ!!
とりあえずは同じ階のトイレだ。きっとそこにいるはずだ…と、辿り着いたはいいんだけれど、どのトイレも洋式ではないィィ!!しかし中国にあるのに『和式』と呼んでいいものか迷うから、とりあえず中華式ポットン便所、いや、穴だと呼んでおこう。
あの幼女は長時間便座に座る星の元に産まれてきたわけだから、洋式じゃない便器ではクソはしないだろうゥ!!
『バトウさん!』
『どした?見つけたか?!』
『まだ見つかってない、っていうか、いま探してる最中なんだけど、このビルで洋式のトイレってどこかすぐに分かる?』
『あぁ、分かるぞ、ボゥマ』
電脳通信がボゥマに切り替わる。
『偶数階のトイレだな』
ってことは上の階か下の階かよ!
迷ってる時間はないから俺はとりあえず下の階へ移動した。幼女の体力から察すると下へ下へと移動するのが楽なはず。特にポンポンペイン(腹痛)状態で無理に移動することを考えると。
同じ階のトイレのそばの窓ガラスをブレードで叩き斬ってから、身体をビルの外へと放り出して自由落下…そして途中で下の階の窓を再び叩き割って、グラビティコントロールで廊下へと着地。
ビンゴだ。
タエの声が聞こえてくる。
「こんな時にも便意が来るなんてキモッ玉の座った肛門だなぁ」
褒めているのか貶しているのか…というより、肛門じゃなくて腸じゃないか?あとキモっ玉が肛門や腸にあるのかと言われるとNoだし…などと俺が思っていると個室のほうから幼女の声が聞こえる。
便意、時と場所を選ばずなのだ…」
「なんだそれ?」
「我が安倍家に古くから伝わる家訓の一つなのだ」
家訓っていうよりもお腹が弱い人のサガみたいなもんだな…。
「つか、今、その便意にあたしが振り回されてるんですけどォ?」
俺もね…。
俺も女子トイレに入ってタエに言う。
「もう出発するよ!!第二波が来るって!」
急がないとあのテレポーター野郎が再び中国軍をどっかから召喚する。その前にズラからなければ籠城することになる。
「…ちょうどいま、私も第二波が来たところなのだ…」
そっちの波じゃねぇ!!!
タエは幼女がいる個室のドアをコンコンコンと叩きながら、
「さっさと捻り出せよ!!命と肛門とどっちが大切?!」
「どっちも大切なのだ!!というか、出しきっておかないと再び下痢の種が腹の中で他の正常なウンチをも下痢にしてしまうのだ…」
ウイルスみたいなものか?
「そんなの超どうでもいいし!!っつぅか、ケツにトイレ紙突っ込んで栓しとけばいいじゃん?!」
その時だった。
1階のほうから凄まじい銃撃音と砲撃音がわたっている。ビルからは粉塵が巻き起こって周囲の光と閉ざすほどにだ。
…嫌な予感がしている。
中国軍、それからドロイドバスター、この組み合わせはたまたま産まれたものじゃない、今回の戦闘用に念に念を入れて練られた計画の一端なのだ。それは日本側が寄せ集めのドロイドバスターと最低限度の軍やSPを連れてきたのとはわけが違う。
本当に急がなければまずいことになる。
「ふぅ…終わったのだ。本当ならあと1時間ぐらいは便器に座っていたい気分なのだが、さすがに命と肛門を天秤にかけると命のほうが重いのだ」などと呑気なことを言っている幼女。
「天秤にかけないでよ、そんな汚いものと」
「汚いもの言うな!!よし、ウォシュレットがないのは玉にキズだが、おしりは綺麗に拭いたぞ。次の便意にも備えてトイレ紙を拝借しておこう…(ごそごそ)…よし、準備完了なのだ」
…。
幼女がウンコを済ませる頃には何故かさっきの砲撃音も銃撃音も聞こえなくなり、不気味な静けさが階下に漂っていた。