158 重慶の春 3

バトウが俺に聞きたいことがあると言っていた。
電脳通信でのバトウの指示に従って向かった部屋は個室タイプのオフィスを貸しきっているような部屋で、中にはMBAを始めとして様々なコンピュータ機器が置いてある。
雰囲気的には元々その部屋にあったものではなくて、わざわざ日本から持ってきたという感じで雑に配線が接続されていた。
公安の私物か…MBAのある職場…。
「公安ではMapple製品が使われてるのかぁ!いいね!」
「今はそんなことを言ってる場合じゃねぇんだ」
「何をしてるの?プログラミングとかならあたしも少しはわかるから教えてあげれるよ?」
「こんなところまで来てわざわざ機械並べてプログラミング始めるなんてバカな事誰がするっていうんだ?おぉっと…キミカ嬢ならウケ狙いでそこまでしそうなオーラが漂ってきてるなぁ…」
「ティヒヒ」
「そんなことはどうでもいいんだよ、とにかくこれを見てくれ。ボゥマ、さっきの映像から流してくれ」
ボゥマの不器用そうに見えるぶっとい指がMBAのキーをカタカタと軽々しく、そして美しく流れるようにタイピングしていく…なんでこんな厳ついオッサンが華麗なテクニック持ってるんだよ。俺は中身が男だけど、中身も女だったら本当にこれ見ただけで濡れてきそうだ。
流れてくる映像は監視カメラのものだ。
重慶市内の映像なのだろうか?
重慶市民っていうのは俺が驚いたところでもあるんだけど、映画にあるような中国人の衣装や国民服などを着ているわけでもなく、日本と同じく人それぞれスーツやら洋服やら様々なわけだ。
映像ではそんな中で一人だけ違和感がある衣装を纏っている女がいるのだ。そう、俺が映画の中で見た『映画の中に出てくるような衣装』の女が。日本で言うところの羽衣?というのに近い。しかも全盲なのか目を瞑ったまま歩いている。ただ、イチと違って杖をついて周囲を確認しながら歩いているわけじゃなくて、どうやって見えているのか、他の人間と同じようにスラスラと歩いているのだ。
「んん?!ちょっと止めて」
「ん?これはなんだか分かるか?」
目を凝らして見てみる。
「拡大してみて」
ボゥマがセクシーにもタイピングをして監視カメラの映像が一部分だけ、その女の部分だけ拡大されて、カメラの映像で表現しきれない部分はコンピュータで解析、補完されて表示される。
「この羽衣みたいなコスチューム…横乳が見えてる」
「確かに、そのようだが…それがどうかしたのか?」
「エロい」
「…」
隣でバトウが軽く拳で俺の頭を叩いた。
「いて」
「真面目に見てくれ」
「あたしはいつも真面目だよ。本能に忠実に、真面目」
「本能に真面目にならなくていいから」
再びボゥマが映像を再生させる。
その女が人の流れの中で突然立ち止まって、手と手を合わせた。拝んだりでもするのだろうかと見ていると、女は息を吸い込んで身体を大きく仰け反ったのだ。
そして次の瞬間…。
女の前の空間がグニャリと捩れる。
「え、ちょっ…」
その空間からドロイドが現れたのだ。ちょうど駐車していた車の上に現れたので紙細工のようにぺしゃんこになる車。
これは、どう考えても俺の物体転送の能力だ。
「もうパニックだな…」
次から次へとドロイドやら多脚戦車やらを転送してくる。まるでゲロでも吐いているかのように口の前あたりの空間がネジ曲がって召喚されていくのだ。
そして周囲の人々は銃撃の中で伏せたり叫んだり逃げまわったり倒れたり倒れたり倒れたり…。市民に容赦なく攻撃しているからこれはテロ以外の何物でもないだろう。
あっというまに道路はドロイドと戦車に占拠される。
「この次だ」
バトウが言う。
今までは多脚戦車やらドロイドなどを転送してきていたのだが、その女、今度は『人間』を次から次へと転送してくるのだ。兵士だ。完全に武装した、中国軍の軍服を来た兵士である。
そこで女は突然、監視カメラのほうをジッと睨んでから、ニタァと笑うと、始めてそこで目を開いた。
空っぽだ。
空っぽだったのだ。
目を開いた時、目玉があるはずの空間が何もない。
真っ黒い穴がそこに広がっている…うっすらと奥のほうが青く光っているような気さえする…だから奥行きがあるわけで、それはつまり、頭の中が空っぽで空洞があるような感じだ。
そして女はペロンと舌を出すと、監視カメラの映像はそこで止まった。というおり、女が指さした為、隣にいた兵士が銃を向けた後、止まった。つまりぶっ壊されたってことか。
「どう思う?」
「気持ち悪い」
「そういう感想じゃなくてェ…」
「ドロイドバスターの物質転送の能力だね」
「知ってるのか?」
「え?あの女には会ったことはないよ?キモいし」
「いや、その『物質転送の能力』っていう奴を」
「あたしが使える能力でもあるし…ただ、あたしの場合は自分の為に用意されている異次元空間の中から物質を転送するだけ。その空間は本来は宇宙空間にとても似てて、生物が生存可能な空間じゃないから、あの兵隊達が気になるね…。どこか地球上の特定の位置から転送してるんじゃないのかな?」
バトウとボゥマは腕を組んで二人揃って「ん〜」と声を出した。
それからバトウは、
「こりゃまずい事になったな」
と言う。
「大抵の場合、何かしら非常に『まずい事』になるのはドロイドバスターが絡んでる時だね、かなり高確率で」
「それをお前が言うかぁ?」
「とにかく、この糞野郎を見つけ出してボッコボコにするか、さっさと中国から脱出するかしかないよ。まともに普通の人間がやりあっても勝てる見込みはないね…あぁそうか…」
嫌なことを思い出してしまった。
「どした?」
「『何かを待ってる』ってさっきバトウさんが言ってたじゃん?」
「ん?あぁ…」
「こいつだよ、こいつ!!」
「…」
「こいつがこのビルの前に来たらアウトだよ!!」
「やべぇんじゃねぇの?」
「やばいよ!」
その時、さっきまで止んでいた砲撃音が再び響き始めたのだ。
それは遠くで聞こえるものじゃない。
ビルのすぐそばからだ。