157 土下座外交 5

「つか初めて来た中国でどこへ行けば買い物できるのとかわかるのかよ?」
と笑いながら言っているタエを後にして俺はスタスタと歩いていく。
「ちょ、おいいいいいい!待てよぉ!」
などタエの声と、
「まってくださ〜い!」
エルナの声が遠くに聞こえる。
場所は重慶オフィスビル群の谷間。
太陽の光はビルとビルの間に遮られて涼しい通りの中をびゅ〜びゅ〜と風が通り過ぎて行く。大通りを除けば車はまばらで今俺達が歩いているところは自転車や歩行者がワンサカいる。
さて、エルナとタエだけれど、突然ながら俺が評価させていただくとする。
奴らは『情弱』だ。
情弱とは情報にアクセスするだけの知恵や最低限度の金を持ち合わせていない者を言う…彼ら彼女らは情弱ゆえに感覚と本能だけを頼りにして動くから知らない国の知らない街で突然行きたいところはどこか決めなければならない時、ひたすらパニックを起こすことしかできない。そして全ての情報をシャットアウトしてホテルに篭もらざる得なくなる。
しかし。
『情強』の俺には少なくとも、この地球上で人が行ったことが無い場所で迷うことなんてありえないのだ。何故ならaiPhoneに内蔵された『Coogle Map』があるからさ!!
Coogle Mapアプリケーションを起動すると俺の電脳の視界にはCoogleのサーバ内に保管されている膨大な地形データがAR(拡張現実)として展開され、街のいたるところがそれぞれ何の店なのか表示することができる。
表示することなら大したことがないと思っちゃってるオマエ、鼻をへし折られたいようだな…表示するということは既に俺の電脳とこれらの情報は直結しているわけだから、例えば、ふと肉まんの匂いが漂ってきたらそれを電脳に接続されているaiPhoneが検知し、匂いの元、肉まん系の店をサーチして拡張現実内に展開する。
店までのルート案内をホログラムのように電脳化された視界の拡張現実として表示して、例えば初音ミンクに道案内させることだって可能だ。
だがわざわざ案内させるまでもなく、目の前に店が存在していた。
ちょっと電脳空間内に入り浸り過ぎてしまったようだ…注意しなきゃね、たはは。
「しかし…この店…」
俺は親指で顎を少しこすってから言う。
「はぁはぁ…やっと追いついた…ん?くんくん…くんくん…!!いい匂いがしますね!ここで食事をしていくんですか?私の安月給ではキミカさんにおごれませんよォ?」
なんて感じに俺にようやく追いついたエルナが言う。
「もう昼飯食うの?オマエ等腹減りすぎ!!」
などとタエも言う。
しかし俺は冷たく言い放った。
「この店は…ダメだな」
驚いた目で俺を見てエルナが言う。
「えぇ〜!!どうしてですかァ?」
どうしたもこうしたも俺はaiPhoneの画面に展開されているアプリケーションをエルナの顔に押し付けるようにして見せて、
食べログの評価が重慶内で5位になっている」
と言った。
「10本指に入っているじゃないですか!」
確かに。
日本では10本指に入るっていうのはそれだけ凄まじい事だ。それは日本人の繊細な舌と正直な評価と店と客の間に癒着が無いから出来る芸当である…。
しかし、中国では違う。
この中国では!!
「この店に入った日本人のうち、34人が満足して帰り、22人が食べた直後に嘔吐し、12人が旅行から帰った後、突然の腹痛で病院に運び込まれて腸を切断する手術をしてる。しかも34人の日本人のうち日本国籍IDを持ってる人は1人で残り33人は日本人になりすました中国人」
「ヒッ!!ヒィィィイイィィィィィイ!!!」
馬の鳴き声みたいな泣き声を出すエルナ。
「とりあえずARとCoogle Mapのアプリケーションがきちんと動くことが確認できたから、本来の目的である電子部品とかデジモノを漁るかなぁ」
「え〜!中華料理食べましょうよォ!!」
「中華料理は夕食で出るだろうから、お昼ごはんは簡単に済ませたいなとか思ってたり」
エルナは何かを思い出したようにハッとすると、お腹の肉を人差し指と親指で挟んでから苦虫でも舐め舐めしてその味を味わっているかのような渋い顔で、
「あぅぅ…ダイエット中だから我慢しますゥ」
と言った。
ま、あえてマジレスするのなら逆に中華料理を食べてしまったほうがダイエットになる可能性が高い。脂っこいから腸内で油が吸収できずに下痢となって排出されるし、いざ吸収できたとしても含まれた得体の知れない薬品成分によって身体がガン化した時みたいにどんどんやせ細って、そしていずれは死んでしまうだろう…死ぬ前に綺麗な状態になれるはずだ。
それにしてもこの街はとても日本の都市ににてるなぁ、なんて思った。
時々街の脇にひっそりと腰を下ろしている年齢様々な男女は乞食だろうか。それを除けばとても日本の街に似てる。あと、重慶と一言言っても中国映画に登場するようなごった返した横浜中華街を連想してはいけない。オフィス街や工場地帯や港に空港と日本となんら変わらない町並みが広がっているのだ。しかし、庶民の台所的な位置づけの中華街はちゃんと残っていて、市民の多くはそこで買い物をしているみたいだ。
そして俺達はいつの間にかその庶民の台所的な位置づけにある場所へ来ていた。
目の前に広がるのは洋服やアクセサリ、電子部品に穀物などの種を売る店、野菜くだもの、肉、加工品、食堂に魚屋などなど、日本のショッピングモールなどが見たら店の配置にイライラするぐらいのごった煮状態だ。
だからこそARシステムのCoogle Mapが役立つわけで俺は躊躇なく中国産似非デジモノを扱う店の中へと入っていくのだった。