157 土下座外交 4

「ふむ…ようやくお腹の調子がソレらしくなってきた」
と言いながら機内のトイレから出てきたのは安倍議員だ。
「今度はたっぷり出しきった感じ?」
タエが聞いている。
「雑巾絞りのごとく、小腸・大腸・直腸を絞って下痢も腸液も全てを出し尽くした…全力で全てを出し尽くしたのだ。もう思い残すことはない」
そうかよ…。
「それって出しちゃ行けないものも全部出したんじゃなくね?」
「出しては行けないものとは何だ?脱肛?脱腸?」
「ちげぇぇーよ(笑いながら)そうじゃなくて、ビフィズス菌とかそんなん」
「ふっ…それなら心配には及ばないのだ。安倍家では先代もそのまた先代も、常日頃から腸内環境については最善の注意を払っている。こうやって下痢で腸液と共にビフィズス菌などの善玉菌を排出したあかつきには、必ず補給を行う」
と携帯形冷蔵庫の中からヨーグルトを取り出す安倍幼女。
「そしてそのヨーグルトが次の下痢の候補になると、」
「おいいいいいいい!!!不吉な事を言うのはやめるのだ!!」
いや、案外、そういう結末な感じもするな…。
と、その時、機長がいる前方デッキから出てきたSPがバトウやら軍の人間とヒソヒソ話をしている。何やら深刻な顔をしているバトウ…目が義眼だけど表情が非常に豊かだから一発で感情が表にでるんだよな。
俺は席から立ってから公安の方々の椅子前に行く。
「何かあったの?」
「ん〜…中国政府から空路の変更を求められてな。お、ちょっと貸してくれるか」
SPが持っていたタブレット、aiPadを受け取るとバトウはホログラム表示モードに切り替えて航路を表示させる。点線が予定の部分だから予定では日本海側を回ってから中国の首都の一つである重慶(チョンチン)へと辿り着く事になっている…が、バトウは示した次の空路はどっちかっていうとロシアのほうまで曲がってから辿り着く。下側ではまずいことでもあるのか?
「どっちも中国の空域なのになんでだろう?」
「さぁな。反日デモをやってると言っても空だからあんまり関係ないとは思うけどな」
などと会話の後、1時間程度で目的地へと到着した。
周囲が薄い雲に覆われたような街、重慶(チョンチン)。
街の中心に流れる大きな曲がりくねった川の側には巨大なビル群があり、中国の首都の一つだと言われても何一つ疑問が起きないほどに近代化し、発展している。
朝鮮の時とは違って歓迎するような意図的な演出はない。空港も普通に機能してて、人の出入りの数はとても多い。昨日の会談では『文化的な』レベルが満たされていない国との国交は行わないと言っていたけれども、これは十分に文化的な気がする。
日本の政府専用機であっても空港の滑走路で降りろ的な事はなく、そのままターミナルビルのアレと接続して俺達は荷物を持ってビル内へと進んだ。
「へぇ〜…すげぇじゃん?日本の空港と同じ感じっていうか」
ビジネスマンや家族連れなどどこにでも見るような光景がある。ただ外国人の姿は日本人を含めて他に無い。国交を断絶しているのは日本との間だけなはずだけれど。
ん〜…でもちょっと雰囲気は違うな。
日本では俺みたいな学生でも航空機を利用して旅行してるのに対して、どうも中国人の場合は限られた金持ちが利用してるという雰囲気だ。身につけている装飾品が厭味ったらしくも高価なものばかりなのだ。
予定ではこれからリムジンでホテルまで総理や議員を含めて移動する。
夜までの間は自由時間となる。
ただし総理と議員は外を彷徨くことは出来ないのでSP達に守られた状態でホテル内に監禁されると言ってもいいぐらいに押し込まれた状態になる。
さて。
ホテルへの道すがらは朝鮮の時と違って全くもって普通に人が生活しており、片道3車線の広い道路を自転車やバイクや車が激しく行き交っている…ま、中国人らしいと言えば中国人らしいか、派手に時々車と自転車の衝突が起きたりもしてる。
あの日本国旗を振り回す光景が懐かしくなるぐらいに無関心だった。
きっと日本の今の総理の顔なんて知らないんだろうし、まして安倍議員なんてのは名前すら聞いたことないのではないだろうか?
程なくしてリムジンは街の中心地にある高級ホテルの地下駐車場へと入っていく。
自由時間だ!!
俺は急いで荷物を…と言ってもキミカ部屋にしまってあるので基本的に荷物は持ってないのだけれど、形だけは部屋に一旦戻ってから内装を確認した後、大急ぎでロビーまで戻っていく。途中で何か俺を追ってくる影に気づいてはいたが振り向く余裕すらない。
自由時間は俺だけのものだ。
他の誰にとっても一分たりとも俺の時間は使わせない。
「ちょっ、待てよ(大笑い)そんなにクソ急いでどこ行くっての(息切れ)」
あぁ、この声はタエか。もうひとつの足音はくまのぬいぐるみ野郎だな。
「散策に行くんだよ!ついてこなくていいよ!!」
「なんか面白そうだからついていくわ!!(大笑い)」
クソッ!!
余計なものがついてきやがった!!
などと思っていたらもう一つ足音が増えるではないか。チラ見するとベレー帽に質素な服装のカメラ持ってる日本人…あぁ、エルナだ。見つかってしまった。
「もー!!」
俺は走るのをやめてから振り向いた。
「き、キミカさん、足早すぎ…(息切れ)」
「クッソワロタ!!つか、なんていう速さで逃げてんの!!笑える!」
「自由へ向けての進撃…帰宅部で鍛えたダッシュ力をナメんな!!」
などと俺は歩きながら、
「なんでエルナまで来るんだよ!!何か起きても守らないからね!」
と言った。
「ちょっ、なんですかァ!!酷いじゃないですかー!」
「そうだよ、めっちゃ酷くね?ドロイドバスターなら守ってやれよ!(肩パン)」
クッソッ!
触るな!
「あたしは異国の街を1人で歩いてみたかったんだよ!」
「オマエ、それ脳内でヨーロッパの町並みに変換されてるだろ?」
「なんで分かったの?」
「スタバが好きな奴はアジアの街のイメージはないんだよ!バーカ!」
確かにそうだが…だとしたらこのアジアの街の一つである重慶はどうなんだろうかと小一時間自問自答したくなる。マクドナルドはあるらしいけど、なんでも出されたジュースの汚染度が便器の水よりも汚かったっていう報告もあるぐらいだ。
それでいてある程度は大人しい報告っていうぐらいだから、本当のところは便器どころかケツの穴の中よりも汚かった事になるんだろう。
だとしたらスタバはどうなるのだろうか?
仮に存在したとしても便器の水よりも汚かったら…と思うと尻込みしてしまう自分がいる。Mapple信者にとって聖地であるはずのスタバに尻込みする。
「キミカさん!スタバはやめたほうがいいですよォ?」
「な、なんでだよ!」
「便器のウンチよりも汚い水出すんですから!」
と語尾にハートマークでも付きそうなぐらいに嬉しそうに言うエルナ。
タエはタエで、
「ま、アジアの街は熱したものを食べたほうがいいんじゃね?ナマモノはフルーツとかアイス系以外は全部ヤバイって誰か言ってた」
クソォ…まじかぁ…。
そうは言いつつせっかくきた異国の地での自由時間だ。
SPやら公安やらが俺達の代わりに警備しているから与えられた自由だ。
ホテルの中に閉じこもっていては警備してることとなんら変わりない。俺は迷わずホテルのロビーを出て街へと繰り出したのだ。残念ながら、それにはタエとエルナとタエのペットのドロイドらしき田中くんを引き連れてだけれど…。