156 安倍ちゃん 10

夕食後は何故か総理の部屋に招かれていた。
スイートルームということで海外からの客を想定した洋式の作りになっている。安倍議員曰くトイレにウォシュレットが無いとかトイレの水の出が悪くてトイレットペーパーを流したらクソと一緒に詰まって大変な事になったとかトイレの手を洗う水道がトイレの便器と同じ匂いがするとか色々と曰くつきのスイートルームだ。
「さっきはすまないな。ちんすこうをまたごちそうになってしまって」
「いいえ、いいですよ…また買えばいいですし…(白目」
冷たい風が7月なのに流れこんでくる。
カーテンが揺れているからそれが分かる。
物憂げな表情の総理は朝鮮の一都市の夜景を見ながら言う。
「一つ頼まれてくれないか」
まだ俺にたかる気かよ!と思って言ってみた。
「ちんすこうはもうありませんよ…」
…そうでもないらしい。
「安倍議員の事だ」
「え?…えぇ」
総理は一呼吸置いてから、話始めた。
「彼女の家系は昔から日本の国政に関わってきた。そして昔から右翼の強い支持にある。だから必然的に左翼の攻撃対象となるのだ。彼女の父親がまだ若くして亡くなったのも、左翼や三国人が行ったテロによるものだ」
そうだったのか…。
確かにあの幼女のキレっぷりはまるで親の敵でも前にしたかのような感じだったし、なんで幼女が議員として国政に参加してるんだよってツッコミ入れたくなってたけど、ちゃんとこれらの話には筋が通ってたんだな。
「ま、まぁ、総理を含めて守るのがあたしの任務ですし…」
「そうだな…いらぬ心配だったかもしれない。しかし、安倍議員は特に、な」
「?」
「私に危機が及ぶのと議員に危機が及ぶのとでは、一体どちらが日本国民にとって逆鱗に触れるのだろうかね、と思ってね」
「年端もいかない幼女ですしね…」
「テロで三国人に父親と母親を殺され、そんな中でも自暴自棄にならず国を想い国の為に両親と同じ政治の道に進み出ていた安倍議員は、右翼やネットウヨクや国民の多くの支持を集めている。彼女をまるで自分の子供のように思っている人だっているだろう」
「…」
「そんな議員が日本から遠く離れた…と言っても隣国だが、その地でテロに襲撃され命を落としたら、右翼でなくとも怒りを覚えるだろう。想像力と判断力が欠如している左翼どもはこの国と一部の特定の近隣諸国が冷戦状態から解放される事を歓喜しているようだが…それは一変して再び戦争状態となることと薄皮一枚隔てて同じ状況なのだ」
「じゃあ、どうして他の議員はあの幼女…安倍議員を死地に向かわせたんです?」
窓から冷たい風が入ってくる。
今日本では夏だ。だけれどここは夜は涼しい…。
総理は窓を閉め、カーテンを閉めながら言う。
「それが戦争の本質だからだ。人の欲があって、人の策略があり、そして感情が後押しして戦争が始まる。戦争の動機は人それぞれだが、結果はほぼ同じものになる。勝つか、負けるか、勝ちも負けもなく滅びるか、だが大量に人が死ぬことは同じだ」
「安倍議員の死が戦争のきっかけに…ってことですか?」
「0と1では言い切れないが火蓋の一つと思ってもいいかもしれないな」
確かに、右翼系マスコミと左翼系マスコミで放送に温度差があるのはわかっていた。左翼系はまるで地上の天国のように貧相なこの国を、貧相な国民を着飾らせて放送していた。逆に右翼系は「ほら、やっぱり異常な国だ」と思わせる演出をしている。何も演出しなくても十分に異常性は伝わっているのはさっきのホテルの食事の部分だけで伝わるけれど。
だから…何かが起きることを望んでいる人間がいる。
異常性を垣間見ても、まだこの国から離れずカメラを回し続けるのなら…それは、つまりそういう事じゃないのか?
「私には政治の世界での力しか無い…政治の世界の力というのは、証拠を揃えて民衆に説明し、支持を得るという力だ。弾丸を防いだり戦車を破壊するだけの力はない…だからキミカ君。君に頼んでいる」
総理はそう言った。
あの落ち着いた声で、しかしひとつひとつの言葉を強く。
でも1つだけ俺には疑問がある。
総理はドロイドバスター3名にガードされてるのに、なんで俺だけをここへ呼んで話を聞かせたんだ?タエやイチにも同じように安倍議員を守ってくれと言えばいいのに。あいつらは最も安倍議員と近い立ち位置にいる…つまり軍関係者じゃないのか?
黙っていても仕方がない。
聞いてみる。
「なんでそれを…あたしだけに言うんですか?」
「キミカ君。君の背景には何もないからだよ」
「な、何もないィ?」
何もないって頭カラッポってことかよォ?
「君の立ち位置はただのドロイドバスターだ。ただの日本国民の1人がドロイドバスターになったというだけ…物事を見据える時には余計なものが目に映る事は見ているもの全てを濁らせる事に繋がる。純粋な眼で真実を見据えるのは意外と難しい。家柄、歴史、組織、そして経験と過去。政治家とて生まれた人間には政治家の視点からしか物事を見ることが出来ないし、技術者として生まれた人間には技術者の視点からしか物事を見定める事ができない。あの2名のドロイドバスターはキミカ君とは違う。親を軍属に持ち、家柄からその歴史を子供の頃から叩きこまれ、軍に属し、戦争を教育されている。任務として安倍議員を守るように言われていても、本当にそれを成し遂げるか、いや、成し遂げようとするかはわからないのだ」
「そ、それは責任重大です…ね…。っていうか、あたしも公安に言われてここに来たんだけど『強制じゃない』って言われたし、もしあたしが断ってたらどうしてたんですか?」
そう俺が言うと総理は笑って、
「正直、私は最初は絶望していたんだが、君が偶然にも参加してくれているからもしかしたらと希望の光が見えてきたんだと思ったんだよ。前にも君は私を助けてるしな」
と言った。
希望の光って言ってもなぁ、俺のは本当に豆電球レベルじゃないのか…?
「そりゃ…そうだけど…あたしだって人間なんだからミスったりするし、総理も安倍議員も二人共銃弾の雨の中で助けるとかは…ミスったらゴメンナサイ…」
「心配するな。私は恐らく助かるだろう。そして、ラッキーガールの君がいるから、後はそれに賭けるだけだ。失敗しても誰も君の事は恨まんさ。しかし、悲しい結果にはなるだろうな」
「…」
それから総理の部屋を出た。
さっきの話が頭の中をまだ渦巻いている。
総理は柏田重工の代表取締役社長から政治の道に歩んで総理になった人だ。もともとはどっちかっていうと軍事産業関連の色が濃い人じゃないか。それがなんで右翼の肩を持たないのだろう?もし戦争を起こしたいと願っている連中が沢山居たのなら、その中に日本トップの兵器メーカーである柏田重工があるのが筋っていうものじゃないか?
それに総理のあの口調や話の内容から考えても、中国や朝鮮を嫌っている事は違いない…右翼のソレと同じはずなのに、戦争に流れこんでいくのは避けたいと願っている。
もしかすると一貫してるわけじゃないのかもしれない。
あぁ、そうか。
それはあるな。あるある。
2chとかでも右翼は一貫してるわけじゃない。ある者は中国人や朝鮮人は敵国人だから殺せと叫ぶけれども冷静に分析して最善の道を歩む人間もいるわけだし。戦争したい派と、単純に三国人を嫌ってて関わりたくない派と…奥は深そうだ。
ん〜…。
それにさっき、総理『あの2人のドロイドバスター』って言ったよな?
超秘密事項じゃないのか?
タエのあの驚きぶりからすると俺が中央軍関係のドロイドバスターを知っているだけでも凄いことだという素振りじゃないか、総理は軍属じゃないのになんで知ってるんだ?そりゃ確かに雰囲気が独特だから「あれ?もしかしてドロイドバスターじゃね?」的に思ってて、俺との会話でカマかけたら知ってる俺がそれとなく答えたから「やっぱそうかよ」と納得して話をつなげた可能性はあるな、あの人、頭良さそうだし。
色々と思うところはあるけれども、今日はもう寝よう。