156 安倍ちゃん 8

空港から離れていくリムジン。
複数台で分けて総理や議員、そして俺達を乗せた車の一行は移動する。
俺にとっては初めての外国の都市だったんだけれど、どうしても頭の中からハテナマークが消えなかった。さっきの空港での一件だって十分にハテナがいっぱいになる要因はあった…けれど、反日的な国家で日本人の総理や議員がやってきて、民衆が押し掛け抗議をするのは至って『普通』なんだ。しかし、今は違う。
今、俺が見ている光景はその『普通』からかけ離れている。
「なんだこりゃ…」
俺の隣ではタエが俺と同じ意味で異常性に気づいて声を上げている。
街路ではさっきまで日本国旗をめちゃくちゃにしていたはずの国の人達が、日本国旗を空に掲げて振り回して『歓迎』を精一杯見せている。
でも笑顔は殆ど無い…いや、顔は笑っているのだけれど、それは本当の意味で楽しいから笑っているのとはかけ離れた…無理矢理に作った笑顔だ。街路で旗を降っている人達がその状態で、ビルの間、少し奥へと入ったところで歩いている人達は一点して無表情だから。
少し空を見上げるとオフィスビルの窓から見下ろしているスーツ姿の男がいた。
目があった。
死んだ魚のような目だ。
空港であった朝鮮人達とも違う反応…俺達日本人を見て怒り狂うわけでもない。喜んだり、畏怖の目で見るわけでもない。ただ、淡々と目の前を凱旋する政府要人を乗せた車両を見ている。
気づいたら俺はそこから目を放していた。
「キモ…っつか、気味悪い」
隣で率直な感想を言うタエ。
「なんか…全部が演技のような…そんな気がする」
俺もそう呟いた。
タエはそれからゴソゴソとバックの中からPSPを取り出した。
ゲーム機でもあるけれどテレビやネット機能なども充実してる。とどのつまり、ポチポチと何か操作してからテレビを見始めたのだ。
それから笑いながら俺にPSPの画面を見せてきて、
「ほら、見ろよこれ。左翼マスゴミどもがパレードを中継してるぜ」
画面を覗きこむ俺とタエのペットのような存在である田中くん。
レポーターは興奮気味に「見てください!朝鮮国民が我々の凱旋を喜んでいます!」と伝えている。画面には日本国旗を降っている民衆の姿。
さっきまで空港では同じ日本国旗を踏み潰したり噛んだりケツに入れたり、しまいには火をつけて燃やしたりしてたのに。
一緒にPSPの画面を見ていたくまのぬいぐるみ田中くんが言う。
「後ろに映ってる死んだ魚の目をした民衆も映せばいいのに〜!」
「右翼系のマスコミは何報道してるの?」
そう俺が言うと田中くんはPSPのボタンをいくつかポチポチと押してチャンネルを切り替える。そして俺の目に飛び込んできたのは大戦持の映像の数々だ。
そうだ。右翼はこのパレードを放送していない。
「凱旋パレート放送すらしてない」
放送する予定すら無かったって事か。
田中くんは言う。
「そりゃそうだよ!だって右翼にとっては敵国の国民が旗振って喜んでる様なんて〜、国民に伝えたくないもん!でもさっきの空港でのあの抗議はもしカメラが回ってたらさぞ視聴率とれただろうねぇ!!あぁ〜特に朝鮮人どもが身体吹き飛ばされて木っ端微塵になってる様なんて!!思い出しただけでもゾクゾクするゥゥゥ!!」
田中くんは顔を真っ赤にして身体をプルプルと震わせた。
そして隣のタエも顔を真っ赤にして今にも涎を垂らそうとする勢い。
「ゾクゾクするだって?あんなの見せられたらすぐにチャンネル変えるよ!そんなのマジに見入るのは変態かサディストかぐらいじゃん!…っていうか、それ以前に…」
そう俺は言ってから旗を振る民衆を前にして、呟いた。
「これそのものが嘘臭い」
結局、今夜宿泊するホテルへ続く道路は全てがその状態だった。
最後の最後まで、左翼系マスコミが放送する内容の中にこの街に住んでいる本当の民衆の姿が移される事はなく、延々と日本国旗を嬉しそうに降っている朝鮮人だけが映されていた。
ホテルに到着。
SPと軍の警備に周囲を囲まれ総理と議員が足を下ろす。
俺達ボディガードのドロイドバスター組もリムジンから出る。
ふと俺はその時、民衆らしき中から気配を感じ取った。
「キミカさぁぁぁぁぁ〜ん!!」
大きく手を振って民衆、いや、マスコミ組の中から人を掻き分けて登場したのはエルナだ。
そして案の定、俺の方にむかって駆け寄ってくる…。
ってところで軍やSPが一斉にエルナに銃を向ける。
「ひぃぃぃぃいぃぃぃぃ!!!」
「手をそのまま頭の後ろに!跪け!!」
兵とSPに包囲されるエルナ。泣きそうな、いや既に泣きながら俺の方を見て、
「私はキミカさんと知り合いなんですゥゥゥ!!」
と叫んでいる。
SPが俺のほうをチラりと見る。俺は目を逸らす。
「ちょっ、キミカさぁぁぁぁぁ〜ん!!なんで目を逸らすんですかァ!!」
「あ〜わかったわかった。知り合いだよ、その子は知り合い」
SPが武器を解除する。
っていうか俺の知り合いだったら通してもいいのかよ…俺と同じような意見を思ってるマスコミ面々が恨めしそうにエルナのほうを見てるぞ…。
「よかったァ…撃たれて死ぬかと思いましたァ…」
「もうちょっとエルナの飛び出る勢いが良かったら、勢いよく撃たれてたね」
「その時はキミカさんが止めてくれるんですよね!」
「あたしがいる方向に弾が飛んできたら止めれるけどエルナの方向だったら無理だよ」
「酷い!!」
そうこう話しながらも俺達は、マスコミ一団を除いてホテルのロビー内へと入っていく。
今日はここに一泊してから明日、朝鮮大統領と会談を行う事になっている。
「エルナだけ総理や議員の間近で撮影できる権利を得てるなんて凄いね」
「ふっふっふ…撮影はダメなんですよォ」
「そうなん?」
「だ・か・ら!これを持ってきたんですゥ!」
そう言ってエルナは自らの指をCoogleGlassへと合わせる。
なるほど。
確かに、撮影してるようには見えない…でもデジモンに興味を持っているSPさんがいたらすぐに発覚しそうだけれどな、CoogleGlassなんてMapple信者の俺だって知ってるし。
「まぁ私が本当に撮りたいのはキミカさん、いえ、ドロイドバスターの勇姿ですから!」
えっへんと胸をはるエルナ。
意外と胸は大きい…俺よりかは大きい。
しかし、『ドロイドバスター』ってキーワードに反応するのは俺以外にもいる。案の定、くまのぬいぐるみ田中くんが真っ先にそれに反応してハッとしてるジェスチャーで続いてエルナのほうをジッと見つめている。続いてタエもニヤニヤしながら話に食いついてくる。
「へぇ〜。熱烈なキミカ・ファンクラブ団員がここにもいんじゃん?」
「キミカさん、この人は?」
「この人もドロイドバスターだよ。えっと、ドロイドバスター・タエちゃん」
「おい!タエちゃんとか言うな」
エルナは胸を張っているくまのぬいぐるみ田中くんのほうも見て、
「このくまのぬいぐるみさんは?ドロイドですか?」
そう言った。
田中くんは言う。
「僕はドロイドじゃないぞ!!『田中くん』だ!」
「田中さんですか〜」
「『くん』をつけろよデコ助野郎!!」
いや、そこは『さん』に感謝しようよ…格が少し上じゃないか。
「田中さんくん?」
そうやってくっつけるんじゃねぇよ…。
「『さん』をとれよデコ助野郎!!」
周囲を見渡して俺はイチがいる位置を確認して、
「エルナ、あの人もドロイドバスターかな、確か…」
とイチを指さして言う。
「へぇ〜…3人もいたら準備万全ですね!」
そう言った俺にタエは驚いている。
「なんで知ってんの?!」
「え?だって司令官の側近でしょ?」
「ちょっ、おまッ」
ん?なんだぁ?
タエは俺を抱き寄せるように引っ張ってエルナの位置から離れ、柱の後ろ辺りまで連れてくる。それから、
「オマエ…どこまで知ってんだよ…どう考えても東上司令官と知り合いじゃないと知らない情報だぞソレ…」
「まぁ、知り合いっていうか、以前は戦っていたっていうか…」
目を見開いで驚くタエ。
「マジかよ!!ウワッ…超ありえねぇんですけどォ…マジで?!じゃあ東上司令の正体とかも知ってるってこと?!つか、なんでソレで消されねぇのオマエ!!」
「うるさいな、あたしを消そうと思った奴はみんな消されてるっていうぐらいにあたしが強いからに決まってんじゃん!!こいよ!!オラァ…(白目」
っていうか俺はキミカって名前があってオマエじゃなぃんですけど。