156 安倍ちゃん 7

ビッチことタエは部下?のくまのぬいぐるみである田中くんを引き連れて空港のエントランスへ向けて走る。朝鮮語の標識はまるでわからないが絵がExitを示してるからルートがわかる、というその程度の地理感。
「ちょっ、なにマジになってん!!!」
息切れしながらも笑いながらもタエは俺の前を走る。
「無茶苦茶するから!!」
「いや、あれマジでキチガイだろ?!」
キチガイは分かったから!」
あんな事したら追いかけてくるに決まってるだろう!
ロビーを望む2階テラス部分へと俺達が辿り着くが階下に望むロビーは想像だにしなかったとんでもない光景が広がっていた。
群衆が窓ガラスを割らんと押しかけているのだ。
群衆は日本国旗を持ってそれを押し付けるようにエントランスのガラスドアに見せている。警備員はとっくに中に避難しており、ガラスがミシミシと音を立てて内側に木っ端微塵に粉砕される様子を黙って見てるだけだ。
総理や議員がもし仮にエントランス側から空港のロータリーへと向かっていたとしたら…おそらくこの群衆と衝突することになる…。つまり、こいつらはそういう予定を知ってる上で何かしらの抗議を示すためにここに集まっている。
「おいおいおいおい!マジかよ!人多すぎじゃね?!」
「しょうがない。空から総理のところまでいくかな」
「そうやって逃げるようにコソコソ空を飛ばなくてもいいって!」
「あ?」
「『勝者』は『敗者』達を脇にどけて、真ん中を堂々と闊歩するんだよ!あたしがお手本見せるからよーくみときな!」
タエは腕を2本、手前にすっと伸ばしてニヤリと笑うと、
「召喚!」
そう言った。
隣ではくまのぬいぐるみである田中くんが同じ格好で目を瞑っている。
召喚…まさか…??
タエの手のひらより少し前の空間がビリビリと波動を立てながら歪んで捻じれて、その捻じれの中からゴツゴツとしたボディのサイの形のドロイドが姿を表したのだ。もちろん、2階テラス部分から『召喚』行為を行ったのだからそれだけの重量の物体は地響きを立ててエントランスホールへと着陸する。床のタイルが衝撃で吹き飛んだりめくれあがったり粉砕されたりする。
この能力…人知を超えたこの能力はドロイドバスターのソレではあるけれども、物体の転送をしてたのはジライヤ以外は見たことがない…こいつ、ジライヤと同じ能力の持ち主なのか?もしくは俺のようにどこか個人的なスペースがあってそこから召喚してるのか?
サイの形のドロイドは興奮した様子で地面を爪のついた前脚がゴリゴリと削り、壊れたタイルの領域をどんどん広げている。
このスタイルは映像なんかでは見たことがある。映画でも『これからサイが突進します』という合図になっているのに他ならない。むしろ、これだけの挑発をしてるのはタエ自身のサービス精神だろうか?
大挙してた群衆は空港のエントランスに突然現れたサイの姿のドロイドを見て、しかもそれが前脚で地面をゴリゴリと掘っているという状況を目の当たりにして、ようやくこれって逃げなきゃやばくね?と思い立ったのだろう。
後ろのほうからどんどんその場所から後ずさっていく…が、窓ガラスに張り付いて叫んでいる連中はそんなのはお構いなしである。
現状を分析するだけの能力を持っていないのだろう…これは頭が悪い云々の話じゃない。現状分析の思考回路を使う前に感情の思考回路が働いてしまって、、目の前にサイ型のドロイドが地団駄を踏んで今にも突入してきそうであっても、それよりも俺の怒りのほうが強いんだとでも言いたいのだろう。
サイは己の身体の『頭』の部分にカブトのように装甲を展開させ、ブォンという音と共に装甲の上にさらにプラズマフィールドを発生させている。
そこでようやく連中は自分達の後ろに今まで一緒に叫んでいたものが誰もいないという事実を知る…もう時既に遅し。
サイ型のドロイドは真っ直ぐに群衆の残りに向かって突入、その瞬間、玄関ガラスは一瞬で粉砕されて飛び散ろうとしたガラス片がフィールドの対物理作用に反応して解けて黄色の液体に変わり、周囲に湯気と共に撒き散らされる。そして、黒いいくつもの塊がロータリの辺りまで飛んで転がっている…。
そう、黒焦げになった肉片…である。
それでも暴れるのを止めないサイ。
頭についている肉片を振り落とすようにブルンブルンと身体を震わせ、フィールドの振動波を地面に、壁に、窓ガラスに響かせて、容赦なしに逃げ惑う群衆を追いかけ回す。
もう玄関に押し寄せていた群衆は一人も居なくなっていた。
乗っているのは黒いガラス片やら肉片やらだけだ。
くまのぬいぐるみの田中くんが叫んだ。
「やったねタエちゃん!死体が増えたよ!」
田中くんはそう叫ぶとくるりと回ってステップを踏む。
ゆうゆうとした笑みで軽くジャンプすると4、5メートル下のロビーへと着地するタエ。それを追ってゆっくりと空を下降する俺。
「き、気持ち悪い…ドン引き必須」
俺はオタクでも見るような冷めた目でタエを睨む。
「勝者!それは、こうやって道の真ん中を歩く…じゃなくね?」
そんな俺を無視してステップを踏みながら歩くタエ。
いつのまにかサイ型のドロイドが走って戻ってきて、タエの目の前で身体をブルンブルンと震わせると、身体に絡みついている肉片やら服やらが赤い霧と共に宙に舞う。それから、その巨体はタエの手のひらの前あたりに吸い込まれるように消滅したのだ。明らかに、それは俺と同じ『物体転送』の能力だった。
「つか、土人は繁殖能力が高いから何人殺ってもどんどんどんどんウンコみたいに産み出されるんだぜ?知らなかった?」
「知らないよそんなん!」
一台のリムジンが死体の転がるこのロータリーへとやってくる。
迷彩服姿の男が運転手で、その姿が政府専用機内でタエに色々と指示を出していた男だということがわかる。
その軍人はタエに『乗れ』という意味のジェスチャーをする。
俺もタエも揃ってその後部座席へと乗った。
そうでもしなければ本当にタエの言うとおりではないが、次から次へと産み落とされた朝鮮人がここへ集まって来そうな雰囲気だったからだ。