156 安倍ちゃん 5

飛行機は離陸した。
最初の目的地は京城キョンソン)。
朝鮮の首都の一つである。
一旦はここで朝鮮の大統領と会食・会談ののち、中国の首都の一つである重慶(チョンチン)で国家主席と会食・会談する事になっている。
通常は首脳会談では通訳アンドロイドぐらいしか部屋の中に通されないのだけれど、敵国での会談や相次ぐテロを懸念してか俺達ボディガードも会談に同行することになっている。もちろん、口出しをすることは禁止とある。
マスコミは会談には基本的に参加できない。
これは他の国も同様だけれども、日本などの一部の『完全』民主主義国家の場合は政府の意向を決定するのは国民一人一人であるので、途中の映像は全てリアルタイムで国会…つまり日本国民が国民IDを使ってアクセスすることが出来る専用動画サイトへと流れる。
マスコミが会談に参加することが出来ないのは右翼・左翼それぞれが好き勝手に編集した映像を国民に流す事が国の不利益に繋がる可能性があるからである。
というのは…俺が中学校の時に習った『政治』の授業で得た知識からのモノローグ。
中学生で政治の授業をある程度習ってからは国民IDを使って専用サイトへとアクセスすることは出来るけれども俺はそんなものには興味が無いし時間は有効に使おうと思ってたので今まで殆どそういった国民IDで接続可能なサイトへは繋げたことすらない。
さて、飛行機は高速飛行区域ではなくなるのであと30分ぐらいか。
この30分…これをどう使うかが男の人生を決めると言ってもいい。それはとても大げさな物言いだとは思ってるし一部の人にとっては笑えるような事かもしれない…が、人生というのはそんな短い時間が断続的に続いているものだと言っても過言ではないのだ。30分をどう過ごすかがその30分の連続である人生をどう過ごすのか、に深く結びついている。
軽んじれる時間ではないし、まぁ今度、気が向いた時にやりましょう的な事を考えてる奴は、結局死ぬまでの間に自分がやりたいことは殆ど出来ないままで終わる。
だから俺はこの30分、初めて飛行機のファーストクラスへ座った俺が今この30分でしか出来ない事…『ドヤリング』をしようと思う。残念なのは周囲には俺を妬むような輩が一人としていないところだろうか…一番いいのは俺と同じくドヤリスト魂の熱い奴でMapBookAirを所持しててそれを堂々と広げたのち、ちょっと専門的な事をして周囲を驚かせる輩…。
いないだろうなぁ。
幼児(安倍議員)は不思議な事をしてるだろうと俺を見るし、総理は「随分と高価な端末を使っているな」などと言うだろうし、ビッチに至ってみればさっきからPSPをピコピコとプレイしながらヘッドフォンでは音漏れ必須の爆音で洋楽っぽいのを聞いている。俺にはまったく目もくれない…くまのぬいぐるみである田中くんは時々俺の方を訝しげな目で見ているけれども。
俺は華麗なる手さばきでスッとキミカ部屋(異空間)からMapBookAirを取り出してさっそうとディスプレイを表示させる…すると俺の前には家で事前にやっていたプログラミングの様が広がる…そう、美しいディベロップメント環境『XCodex』の画像が。
それから先日はエルナには持ってないって言ってた『Coogle Glass』を取り出して装着。実は持ってたわけでありまして、こうやって格好を付ける時に着用するわけです、はい。
画面が見えたところでさてさて機内のドリンクサービスであるシャンペェーンを飲みますかね。指をパチンと弾いてCAを呼び出す俺。その音に驚いて椅子の隅から顔を覗かせて「あわわわわ」とか今にも言い出しそうな田中くん(ぬいぐるみ)
見るがいい…俺のドヤリ様を!
運ばれてくるシャンペェェェェーンをグビグビとやりながらXCodexの画面とにらめっこで、さて、このObjective-cという言語、どう料理してやろうか…サンプルばっかり見てきてもムカデの行進ぐらいにしか見えないというほどに複雑怪奇なコード…だが、それがいい
このプログラマーが見たとしても何をやっているのか『わからない』様、それが素晴らしい。ドヤリストの魂を揺さぶるじゃないか。
こんなのを見た女の子は「凄い!何かよくわかんないけど、わかんないことをわかってるってことが凄い!かっこいい!濡れるゥ!」などと思うわけですよ。フヒヒ…。
「うわ…オタク…キモォ」
「」
ん…だと…。
ん…だとゥゥゥゥゥゥ?!
今の声は明らかにあのビッチの声だ。
俺はだて眼鏡であるCoogle Glassをクイっと指で軽くお仕上げてから、ジロリと声の主であるビッチを睨む。奴は俺のほうを見ながら鳥肌を立てて「きもォ…」と言ってるし、その隣の席ではくまのぬいぐるみである田中くんがあたふたと震えながら俺とビッチを交互に見てる。
俺はスッと立ち上がり、
「おい、クソビッチ」
と一言。
「ン…ダヨォォラァァァァァ!!!」
ヘッドフォンとPSPを椅子に放り投げて立ち上げるビッチ。側ではくまのぬいぐるみの田中くんがファイティングポーズをとる。
音ゲーオタのほうがキモぃ」
「ン…ダトォオォオォォォォォ!!!!」
「きもーい」
音ゲーはリズム感覚が大切なんだよマジで謝れよ音ゲーの神様にオマエ!!」
「その音ゲーだって作ってるのはプログラマーさんなんですけどォ?アンタがオタクだと煽ってるプログラマーさんが一生懸命作ってるんですけどォ?」
「ンなこと分かってるよキモぃもんはキモぃんだよォォォラァァァァア!!」
「表でろやコラァァァァァッ!!!」
「表は高度1万メートルだコラァァ!!!」
「がるるるるるるるるる…」
「ぐるるるるるるるるる…」
俺とビッチ野郎が飛びかかるのはほぼ同時だった。犬と犬の喧嘩のように4本足で地面を転がりまわりながら引っ掻いたり噛み付いたり散々暴れまくって、途中でくまのぬいぐるみの野郎は包丁で俺を邪魔するもんだからグラビティコントロールで飛行機の後部座席の辺りまで吹き飛ばしてあげたりした。
さすがにその様子を見かねたバトウとボゥマが前の席まで移動、
「おい、お前らいい加減にしろ!」
とバトウ。
「がるるるるるるるるる…」
髪も服も乱れた俺が吠える。
「ぐるるるるるるるるる…」
ポニーテールがセミロングに変わってパンツまで露出しているビッチ野郎が吠える。
「こりゃ獣の喧嘩だな…」
ボゥマが言う。
おうおう!獣の喧嘩で悪かったな!喧嘩を売ってきたほうが獣なんだからこっちも目には目を歯には歯をで獣には獣をやってみただけだよ!!
俺達がそんなやりとりをしている時、飛行機後部のトイレデッキの辺りからお腹を抑えて青い顔をしている安倍議員が現れたのだ。もう俺とビッチもドン引きするぐらいに青い顔だ。
「くぅぅ…さっき飲んだジュースがさっそく腹にヒットしたのだ…」
げっそりとしている議員。
「中国や朝鮮となれば水が日本と異なって煮沸されてても合わないなどもあるから、今更ながらだが日本から水を持ってきたほうがいいと思うぞ」
心配する総理。
「それに関してはご心配に及ばないぞ。飲料用の水は専用タンクで運んでいるのでな。ふ、ふはははは…」などと青い引きつった顔をする安倍議員…が、そのままトイレへと戻っていった。どうやらまだ残弾(腸内の残り便)があったようだ…。
そういえば議員は飛行機に搭乗してからすぐにトイレの設備を確認してたような気がする。お腹が弱い人はトイレマップとかも作って外出時はいつでもトイレでウンチすることが出来るように対策してると言うけれども、安倍議員のあの行為もその一環なんだろうか。
などと考えている俺に再び中央軍の人間が話しかけてくる。
「こちらに席をご用意しました」
え?!ちょっ、もうクソビッチと一番離れた位置に座るように仕向けてるじゃねぇか、んだよ!俺が悪いのか!問題ある奴は遠くへ遠ざけてるのかォォァァァアア?!
しかし、俺が静かにプログラミングに勤しむ事が出来る席というのならそちらに座るのに異論はない。どうやらバトウの席と交代ってことになってるみたいだし。
そうこうしつつ、飛行機は小一時間程度で無事、朝鮮領空へと入り、護衛機と共にキョンソン空港へと降り立った。