156 安倍ちゃん 3

翌日の朝は約束通りにバトウが俺を迎えに来た。
マコトは案の定、参加してはならないことになっているのだが、準備をしてる俺をさっきからずっとジト目で睨んでいたからそうとう俺と一緒に行きたがっていたようだ。
「キミカちゃん、お願いだから変な男についていくことだけはしないで」
「いやいやいや!ありえないから!マコトにも中身が男だってこと話したじゃんか!中身が男のあたしが男についていくとかありえないから!」
「それはわかってるけど…キミカちゃんちょっと変態入ってるからなぁ」
「え、ちょっ」
などといういつものやりとりをしながらもバトウと共に家を出る。
暫くの間は戻れないな…。
今まで日本国内ではウロチョロしてたけど、まさか国外に行くことになるとは…今まで散々銃弾の雨の中を暴れまわるぐらいの度胸はつけているはずなのに、自分が知らない土地に家族以外の人間と寝泊まりを含めた付き合いをするという意味で、まるで修学旅行前の中学生がホームシック状態になっているのと同じような心境に陥っていた。
とりわけケイスケは俺が自分がよく知らない連中(公安)の人達と一緒に国外へと行くことを一番気にしてるみたいで、マコト以上に変な男についていくなだとか、バトウとはどういう関係なのだやけに親しいみたいだけどだとか、散々聞いてきたりした…。
そうはいいつつも、今回の任務では堅苦しい制服じゃなくフリーな衣服でOKなどと言われたからか、キミカ部屋に置く衣装も合わせてお出かけ用衣装を沢山俺にくれたのだ。
「うっひょぉぉぉ!!可愛いですにぃぃぃ!!」
そう言ってこれみよがしに俺の華奢な身体をデブの肉が包んでくる。
サバ折りならぬデブのハグである。
変身状態で参加してくれと言われたので既にドロイドバスターに変身済み。ただし、ケイスケは何日もドロイドバスターの状態のままでいるのはやめて、と警告をしてきた。どうも不安定になって色々とまずいことになるらしい。
向こうで安全なところで通常の人間の状態に戻る必要があるってことか。
ドロイドバスターに変身後、一旦は戦闘服であるセクシーな衣装はキミカ部屋へと収め、ケイスケが用意した黒のワンピースタイプのドレスにガーターに黒ストッキングというお姿…このクソ暑いのにこれはないんじゃないか、って思ってたけれども意外とドロイドバスターに変身している最中は暑さ・寒さは感じない作りになっているようだ。
その可愛らしいお姿で家を出発して、公園で待ち合わせたアサルトシップに乗り込んで福岡空港まで移動。そこで総理と合流して中国へ専用機で向かうという話になっている。
何故かアサルトシップ内にはエルナが既に居て、俺の姿を見るなりシャッターを押しまくっている。「うっひゃぁぁ!!可愛いですね!可愛いですねぇ!!」などと言いながら。
「やっぱりキミカさん、お出掛けとか意識してるんですか!うふふ…」
「ケイスケが勝手に用意したものだよ…あたしは別に、」
(ぷにっ)
エルナが俺のほっぺたに指をツンと押し当ててやがる。
そして言う。
「きゃー!!ツンっちゃって可愛いィッ!!」
それよりも気になっているのはエルナのしているメガネだ。
ただのメガネじゃぁないようだし…それにだて眼鏡じゃないか。
「それってもしかして…」
「お!キミカさ〜ん、さすがお目が高い!」
「やっぱり…」
「そう!CoogleGlassですよ!キミカさーん!」
CoogleGlassっていうのはCoogle社が開発したメガネタイプのデバイスで、電脳化していない人間にも電脳化した時と同じようなメリットを享受させえてくれるほどの機能を満載したデジモンの一つである。基本的なメガネとしての機能…つまり望遠やらサーマルサイトやら光学式サイトやらの機能に加え、録画とか写真とかバーコード読み取りとかOCR変換とか、さらに視覚の中にホログラムを表示したり、ARを表示させたり、HUDみたいな事も出来るのだ。
「ふぅ〜ん…」
「あれ?キミカさんがあんまり反応しなーい…変ですねぇ〜」
「あたしは既に電脳化してるからあんまりありがたさがわからない…」
「なるほど!!」
「それってやっぱりずっと録画・配信してるの?」
「ん〜…中国は電波事情も悪いし、プロバイダも対応してないと思われるので、今のところは録画だけですゥ…でも滞在期間中はバッテリーが続く限りずーっと録画できますよ!」
などと言ってエルナは敬礼した。
そうこう話してるうちに既に福岡空港へと到着。
俺達やバトウ、エルナ、そして公安から来てる他のメンバーである斎藤(サイトウ)さん、坊間(ボゥマ)さんと共に、さっそく用意された政府専用機へと足を運ぶ。
エルナはここで一旦はお別れで、マスコミ専用機へと乗る。
ただ、マスコミ連中は既に政府専用機の周囲を陣取っており、この日中首脳会談について大喜びの左翼と険しい顔付きの右翼レポーターが機体の前で絵を作っていた。
「みなさん!ドロイドバスターキミカです!この度、公安と共に総理の護衛に付きます!」などと喜び勇んで右翼のレポーターが俺にインタビューをしようとするが、それをボゥマやサイトウがブロックする。どうやら要人護衛をする人達はマスコミの前に至らぬ言葉を発しては『何か悪いことが起きたら』後で厄介な事になるっていうので禁止されてるっぽい。
意気揚々とする右翼系マスコミとは裏腹に左翼系マスコミは急にカメラを止めて俺達が通りすぎるのをただジッと待っている。
『あれって、なんなの?』
電脳通信でバトウに聞くと、
『兵器、軍隊、ドロイドバスターと、連中はそういう暴力装置が嫌いなのさ。自分が使うものについてはその限りではないが。それが日本の左翼だ』
『なるほど…』
俺達に続いて後で来たのが中央軍から来たらしい護衛。
いちおう軍人ぽい服装で装備もきちんとしてる…けれど、一人だけお侍さんかと思わせる格好の奴がいる。盲目で杖をついて歩いているおじいさん…だが、何を隠そう、コイツはジライヤの右腕、いや、ひょっとしたらジライヤを後ろで操ってるかもしれないっていうテロリスト集団『不知火』の幹部なのだ。誰も知らないだろうけど。
やっぱり寄越してきやがったか。ジライヤ本人は日本に残るんだろう。
俺達も政府専用機へと搭乗完了した。
椅子と椅子の間隔がとても広い!それにリクライニングチェアだし、ひとりひとりの椅子それぞれにテーブルがついてるし!
…飛行機そのものが既にファーストクラスという感じじゃないか!
悪くない…悪く無いねぇ…!
これで料理にお酒に素晴らしかったら俺は何にも文句はないよ!
「キミカ君ではないか。お久しぶりだな」
そう言ったのは以前俺が護衛した柏田総理だ。結構時間が立ってるというのに、それほど記憶が古いと感じないのはテレビで時々見てるからだろうか。
「お久しぶりです」
と軽く頭を下げる。
「今回も色々と迷惑掛けるかもしれないが、よろしく頼む」
と言ってくる。やっぱり普段通りに腰が低い人だ。
で…後は、ネットでは右翼に絶大な人気を得てるって言われてる安倍議員だけれども…。ん〜…どこにも安倍『議員』らしき人がいない。っていうか俺はその安倍って人はテレビでも見たことはないんだけどね。
すると、飛行機の後方にある廊下の奥のほうから、背の小さな女の子が歩いてくる。スーツ姿だからひょっとしたら軍関係者で護衛をしてる奴なのかと思ったが、どうも歩き方からして腰の低さは感じられないし、髪とかリボンで結んじゃって軽くツインテ状態だし、俺よりも背が低いじゃないか…こんな小学生みたいなのが政府専用機に乗っていいのか?
「なんか小学生が乗ってるんだけど、出発前に降ろしたほうが…」
と俺はその女の子を指さして言うと、総理がその女の子に向かって言うのだ。
「議員、トイレの確認は終わったかな?」
ぎ、議員だとゥゥゥゥ!?!
こ、こここ、この子供が、安倍議員だとゥゥゥゥ?!
「ウォシュレットも完備されているのだ。これで何かあったとしても対応できる。さすがは我が国の技術の推移を結集し創りだした政府専用機だ。じつに素晴らしい。うはは!」
清々しいまでの微笑みをまき散らしながら、ちょっとサイズがあってないスーツを着ている小さな女の子が椅子に…議員席に腰を降ろした…。
そう、この子供が、安倍議員だった。