156 安倍ちゃん 2

「ちょっと!キミカさーん!」
などと叫びながらドンドンドコドコと玄関の扉を叩いたり、ぴんぽーんぴんぽーんとチャイムを鳴らしまくったりする。そろそろ警察を呼んだほうがいいのだろうか、玄関の前には暑さで死にそうなエルナがいるわけだが。
「なんだか怖そうだから警察呼びましたぉ」
呼んだのかよ!!!
「いや、冗談で扉閉めたら発狂し始めて、正直あたしも警察呼ぼうと思ってたところ…」
などと俺とケイスケが会話をする後ろではもう太鼓の達人ならぬ、壁ドンの達人じゃないかっていうぐらいにリズミカルに玄関の扉を叩くエルナの姿が。
「あけてくださーぃーょぉぉぉぉ!!!」
「なんか警察は既に向かってるとか言われましたにゃん」
「え?」
なんだかいやーな予感がしてくるぞオォォ!!!オラ、いやーな予感がしてっくッゾォォ!!!みんなオラにパワーを分けてけろォ!!
「あぁぁぁ〜…玄関の扉の表面が…冷たくて気持ちィィ…」
なんかエルナが顔をスリスリしてくる映像が浮かんでくるんだけど、そんなスリスリ音が玄関から響いてくるんだけど…。
リビングの方からナツコの悲鳴が。
「ひぃぃぃいぃぃぃ!!!黒髪の女が玄関に張り付いてますわ!!」
そりゃ驚くよね…。
渋々俺は玄関の扉を開ける。
いちおう、体重をかけてくるであろうエルナから身体を守るためにグラビティコントロールで遠隔開閉をする。案の定、エルナは雪崩れ込むように玄関へと転がり入ってきた。
「あえぇぇぇぁぁぁ…玄関の床も冷たくて気持ちィィ…」
「ひぃぃぃいぃぃぃ!!!」
リビングから出てきたナツコは玄関に転がっている黒髪の女を見てまた悲鳴を上げる。
その時だ。
俺の嫌な予感的中2発目が、エルナの背後から向かってきた。
「おいおい、こりゃどういうことだ?」
これも見覚えのある声。身長2メートルは軽く超える巨漢にマッチョな体躯、白髪オールバッグで義眼の男…馬頭さんことバトウが来たのだ。
「バトウさんン…何しにきたの?」
「ん?いやな、ちょっとお願いごとがな」
さっき警察が既にこっちに向かったっていうのはバトウの事だったのかよ…。
さすがにここまで来てもう一度玄関のドアを閉める事は難しい。エルナも既に玄関に入ってきてるし…。ケイスケはバトウの事は既に知ってるのだろう、リビングへと彼を案内していくのだ。そんな光景を見ながら俺はあーあ…嫌な事が始まりそう、と頭をボリボリ掻きながら、リビングのソファへと腰を降ろした。
まず、バトウの依頼というのは、要人護衛だった。
以前、公安のお願いで柏田総理を護衛した一件で俺の公安での評価は非常に高いものになっていた。で、今回も柏田総理を護衛して欲しいとお願いされたのだ。
ただし。
今回の護衛任務は前回のとは比べるまでもなく難しい、とバトウ含め公安の皆さんは考えているようだ。何故なら、柏田総理だけではなく、安倍議員という柏田総理と中の良い議員を護衛しなければならないという点、それから、中国での護衛になるという点だ。
先の大戦では休戦協定を特定アジア国家やロシアとの間で結ぶことで戦争は集結した。今は日本と中国は休戦状態になっていると言っていい。
その『敵国』へ国の代表である柏田総理が会談に向かうというのだ。
ある意味、周囲がテロリストだらけの空間で護衛しなきゃいけないのだ。一体誰がこんな危険な事を考えたのだろうか、って俺がバトウに質問するとそれ来たかと言わんばかりに身を乗り出してバトウはニヤケながら答えた。
「左翼系議員は全員が声を揃えていつも言ってることだぜぇ?国交が再開すれば日本にとって、ではなく、中国にとってとても利益が高い事だからなぁ」
いつも言ってることォ?
「いつも言ってるはずなのに、なんで今回はそれが通ったの?」
「右翼の議員も賛同したからさ。そんなに行かせたいなら一度ぐらいは行ってもいいんじゃないかってね。それでどれだけ国と国の溝が深いのかを、夢見がちな左翼どもに教えて差し上げるんだとさ。で、右でも左でもない俺達が犠牲になる…と」
そこまで話をして、何故か沸騰間際のヤカンのようにピーピー興奮し始めたケイスケは俺やバトウに怒鳴るのだ。
「絶対にダメですぉ!!危険なところにキミカちゃんを向かわせる事だけでも十分に反対する理由になりますにぃ!それに加えて、どうせ、そういう珍事を戦争に利用する輩が色々やらかすに決まってるんですォォ!!」
「わかってる、わかってるって。だから俺達が一緒に行くんだよ!それに、オデブちゃんはキミカ女史の恐ろしさを知らねぇんだからそんなにビビってんのさ。コイツは『か弱い』女の子なんかじゃねぇんだぜぇ?戦車だってバッサバッサと斬り倒して行くんだから」
「そんな事は知ってますォォォ!!でも中国はもっと色々と危険な事があるんですにぃぃ…」
「例えば?」
「中国と言えばレイプ!」
「「おい」」
俺とバトウが同時にケイスケに突っ込む。
「だからお嬢はレイプされるようなタマじゃねぇって」
「レイプがなければ合意の上でのセックスとかもありますにぃぃ!!それに!!ここ!これ!日程表には(バトウが持ってきた会談の開催内容のパンフ)朝鮮でも会談することになってますにぃぃぃぃぃ!!!朝鮮といえばレイプ!!!オリンピックの協議にレイプを加えようとしたとかしてないとかそんな逸話があるような国にキミカちゃんを行かせるわけには!!」
「もぉ〜レイプの話はいいってば。それより、戦争に利用されるってのは何なの?休戦協定中なのにどうして戦争なの?」
「もしキミカちゃんの任務が失敗して要人が向こうで殺害でもされたら、もう完全に右翼ブチキレになって一気に軍事作戦がスタートしますにぃぃぃぃ!!!」
でもそれならばハナっから右翼系の議員は総理を向かわせたりしないだろうに。
何か狙いがあるのか?
それはそれとして…
「確かに柏田総理って右翼には絶大な人気があるからなぁ」
と俺は腕を組んでいつぞやの要人護衛作戦で柏田総理を護衛した時の事を思い出した。バスの乗客や牛丼屋の客にしたって、そこら中の人が総理に熱い信条を持ってたからな。
「柏田総理だけじゃありませんにゃん!安倍議員だって右翼に絶大な人気がある議員ですにぃぃぃぃ…どう考えてもこれは胡散臭い、プンプンプンプン臭ってくる会談ですォ…」
睨みを効かせるケイスケにバトウは、
「まぁ心配するのは無理はないと思うが、今回は警察だけじゃなく軍も護衛を手伝う事になってるからな、こんな豪華メンバーはないぜ?心配も薄れてくる豪華メンバーだ」
「軍?南軍からは何も要請受けてないけど…」
ケイスケも首を傾げる。
「南軍は管轄外だからな…中央軍からだ」
「中央軍ンン!?」
「どした?」
ジライヤやイチが参加するってことか?
確かに右翼な2名と中国っていうキーワードが、ここで出てこなきゃおかしいだろお前ら的な雰囲気を醸し出している。むしろ守るっていうよりも、中国人・朝鮮人を殺しに向かいそうな雰囲気すらある。
「それはジラ…司令官の東条が来るってこと?」
「さぁな。普通に考えると司令官はそういう作戦に参加はしないと思うが?」
まぁ、日本の総理が海外でピンチって時にドロイドバスターに変身して戦ってましたって説明しても誰も許さないとは思うわ。ってことはイチが参加するのかな?
ん〜…面倒くさい事になったな。
柏田総理とは以前話はしたけれども、彼女はいい人だけあって、なんとか守らねばという男のプライド的なものがふつふつと沸き上がってくるわけだ。でも夏休みに入ってるし俺は家でのんびりしたい派だし、クッソ危ない中国に行って足とか擦り剥いたり手とか荒れたりするのが嫌なのは事実だしなぁ…向こうはトイレだって紙がないとかドアがないとかなんでしょ?メイリン見てたらトイレでドアを開けっ放しでクソしてるからわかるんだよなぁ。
「お察しの通り、俺がキミカ嬢と直接会ってこうやって頭下げてるのはこの話が『アンオフィシャル』ってことなんだよな。嬢が嫌なら断れる話なんだよ」
「え?そうなの?」
「中央軍からもドロイドバスターキミカを呼んでまで守ってもらうまでもない!ってタンカ切られてるからな。ま、俺達はメンツを守るために公安として参加するわけで、向こうは目を光らせるのは無理もない話だがな」
「それはその、どっちが総理のお役に立ってますか的な?」
「そういうこった」
俺は腕を組んでからうーんうーん唸ってから、それから30分ほどうーんうーん唸って答えを出した。もう途中からバトウもテレビ見たりケイスケも朝食を食べ始めたりしてた。
「わかったよ、参加するよ」
「お?!本当か?」
「総理には色々と仮もあるしね…。それに中央軍も張り切ってくれるらしいから、たぶんあたしの出番もそれほど多いことにはならないだろうし」
「そりゃ助かるわ!!んじゃ!明日、専用機で迎えに来るからな!」
そう言ってバトウはさっさと家を出て行った。
残されたのはエルナだけだ。
さて、俺は朝ごはんを、
「キミカさぁぁぁん…」
「わ!いたの!?」
「ずっと居ましたよ!」
「で、なんだよ?涼みに来たとかならもう帰ってください…」
「違いますよ!お願いがあってきたんですゥゥ!!」
「も〜…今の話の流れを見てわかったでしょ?あたしは明日からずっと国外に居ますから、エルナのお願いは聞けません!!以上…ではまた来週」
「私も国外ですぅ!!キミカさんと同じところですゥゥ!!」
俺は目ン玉が飛び出るかっていうぐらいに驚いた。
「どどどどどど、どういうこと?」
「さっきバトウさんの話にもあったじゃないですかァ。今回の会談を左翼・右翼両マスコミが一大ニュースとして取り上げるんですよ!!もう金魚のフンっていうぐらいに沢山同行しますからぁぁぁぁ!!」
「ウザァ…」
「え、ちょっ」
「それで、何のお願いなの?」
「実は私のおばあちゃんが、中国に取材に行ったまま戻ってこなくて、それである人からおばあちゃんが中国でまだ取材をしてるっていう証拠の映像データを送ってきてくれて…」
ある人ォ?!
ここで昨日の2時近辺と線と線が繋がった。
スカーレットの奴が言ってたアレか。
「その中国で行方不明になったおばあちゃんを探して欲しい…と」
「もちろんそれができればいいんですけど、でもお仕事ついでだから探しまわるのは無理なんです。おばあちゃんが居るであろう場所まで一緒に来てくれるだけでいいんです!」
「一緒に行くだけならいいよ」
「本当ですか!!」
「一緒に行くだけだから、銃弾の飛び交う中でも自分の身は自分で守ってね」
「え、ちょっ、それってアリなんですかァァァァァァ!!!ヒーローのキミカさん的にアリなんですかァァァァァァァ!!!」
エルナが泣きながら俺にしがみついてくるのを払いのけながら、俺はケイスケの準備した朝食をもぐもぐと食べていた。