156 安倍ちゃん 1

日本の夏の最悪なところは暑いだけじゃなくて湿気も多いことだ。
ジャングルに住んでるんじゃないかって気分になる。それに湿気が多いと色々なものがカビて来たり、虫や雑菌が侵入してきたりとにかく『汚く』なる。
そう、汚いのだ…。
もう至るところが全部汚い。
食べる前には焼かなきゃいけないし、飲む前には一旦は煮沸消毒しなきゃいけない。コンビニで買ったジュースを半日でも冷蔵庫に保管しない状態で放置してたら中が腐ってるとかありすぎて怖い。腐ってなくてもなんか色々浮いてる。◯◯の天然水って買ったのに濁り酒みたいな状態になってたりする。それ全部、カビとか飲むとヤバイ系でしょ…。
昼が暑いのはまだいいが、夜も暑いから眠れずにどんどん体力を奪われてしまうのだ…じゃあクーラーつければいいという話はあるけれども、今度は寒すぎて湿度も低くなりすぎて身体がダルくなる。どうすりゃいいんだよ、ヘタレが!と自らの身体のムチを打ちたくなる、そんな深夜2時に俺は暑さで目を覚ました。
いや、暑さだけじゃない。
突然、俺のaiPhoneがブーンブーンと鳴り響いたのだ。
ったく…誰だよ!!深夜2時だぞ!!
『今何時だと思ってるんだよ!!!』
『あーもう!うるさい!電話口でいきなり叫ばないでよ』
俺はその声をどっかで聞いたことがある声で、ついつい知り合いの誰かじゃないかと脳内の記憶を検索したところだ。だが、その声に一致する知り合いで検索した結果、どう考えても学校や軍や警察関係のラインから外れて別の枠へと収まる。
寝起きの俺の頭ではどうしてもそんなハズはないんだけれど、と首を傾げて、現実を受け入れないように拒絶していた。強制的に現実に引き戻される結果となる。
『もしもーし?聞いてる?』
この声…。
スカーレットだとゥ?!
なんで敵のスカーレットこと蓮宝議員が俺の電話番号を…っていうか、俺に電話掛けてきてんねん!!
『ちょっ、なんでアンタが、』
『仕事で立てこんでて今の今まで飲んでたのよ。疲れてるから要件だけ言うわ』
って、今、深夜2時だぞ!今まで飲んでたのかよ!どんだけ乱れた生活送ってんだよ!いや、それはどうでもいいとして、なんで俺に電話を、
『公安か軍からアンタに仕事の依頼が来ると思うんだけど、その時、ほら、前にアンタと一緒にいた久万田えるなって子を連れてって欲しいのよ。まぁ、本人のほうからもアンタに同行したいって言ってくると思うけど』
『いや、だからその前に、』
『んじゃ、おやすみ(ブッ)』
OFF LINE…だとぅ?!
おいいいいいい!!!!!!!
「どうしたんだよォ…キミカちゃーん。突然叫んだりして」
マコトが寝汗べっちょりの顔でうつろな目をして俺を見ながら起きた。
「いや、その、今、電話が、」
「軍からの電話?また〜?ん…たくぅ…おやすみなさい」
寝るのかよ!
かけ直そうと思って俺はふたたびaiPhoneを手にとって折り返し電話をするが、繋がりません繋がりませんと何度もセンターから返されたのち、終いには『おかけになった番号は既に使われておりません』って返ってきて目ン玉が飛び出そうになった。
意味がわからない…。
どういうことだ?
エルナとスカーレットに繋がりがあるんだろうか?
でもエルナが新たに勤めてる新聞会社はどっちかっていうと、いや、思いっきり右寄りのチャンネル椿っていうマスコミだったはず。スカーレットとは水と油の関係じゃないか。
気になりはしたけれども、さきほど付けたエアコンの素晴らしい感想した冷たい風に癒やされて身体が眠りモードへと入ってくる。睡眠に適した温度に変わったというのを検知したらしい、そのまま俺はベッドへとダイブして、普段やってる股間に布団を押し付けてなんかそれとなくエッチしてる気分を味わいながらスースと寝息を立てた。
そして朝。8時。
太陽の光がカーテンの間から差し込んではいるものの、夏の朝に相応しくない凄まじく冷たい温度の部屋…俺は白い息を吐きながら、ガタガタと布団の外へと出た。そして震える手でエアコンのリモコンを探してそれを消したのだ。
「じゅ、じゅ、10度だとゥ…」
カタカタと震える手で握ったリモコンは設定温度が10度で部屋の温度が8度を指し示している…クソ…またやっちまった…俺は男の子だから部屋の温度を覚ますときはとにかく低音をセットして、一旦はクソ寒くしてから除湿へと切り替えるのだ。
「さ、さむぃよキミカちゃぁん…」
ただでさえ薄い肌着の上に薄い掛け布団を着てガタガタと震えているマコト。
そんなマコトをグラビティコントロールで宙に浮かせ、1階へと降りる。
寒い。
2階がまだ暖かいんじゃないかっていうぐらいに、寒い。
「おはようございますにゃん!気持ちのいい朝ですにぃ!」
にんまりとスマイルを放つデブ、ケイスケが居る。この部屋の温度はこのデブが快適に過ごせる温度…つまり5度ぐらいになっているのだ。春や冬よりも温度が低いのは普段からデブ(ケイスケ)が太陽に対する反抗心を顕にした結果だ。お前がそれだけ暑いのなら、こっちもこっちなりに考えがある、と涼しい温度からあえて寒い温度へと下げることで外でも暫くの間はデブにとって生息可能にさせる作戦らしい。
「寒い!」
「寒かったら防寒具でも着ればいいんじゃないですかォ?」
「暑かったらその肉脱げばいいじゃんか!」
「肉が脱げるわけないですォォォォ!!!!」
そう叫びながらもケイスケ(豚)は俺の前で身体にまとわりつく脂肪を手でにゅーんと伸ばして「一生懸命脱ごうとしてますよ」アピールをしてみせた。
その時だ。
(ぴんぽーん)
玄関のチャイムが鳴る。
俺は昨日の事もあり、なんだかいやーな予感がしてきていた。
ケイスケの見せる玄関のカメラが捉えた様子を映したホログラムには、俺の嫌な予感的中と言わんばかりに、汗を掻いて手団扇でパタパタ扇いでいるエルナの姿がある。
「誰ですかぉ?」
「エルナだよ『久万田えるな』。マスコミの人」
「うっひょぉぉぉ!!キミカちゃんの周囲には普通の人間でも可愛い女の子が集まるんですかォオォォォ!!紹介して欲しいにぃぃぃ!!黒髪ロングの美少女エルナちゃんを!一体どういう女の子なんですかぉ?!気になりますゥ!私、気になりますゥゥ!!」
「あぁもう、シッ!シッ!」
手で犬を追い払うように豚を追い払った俺は玄関へと足を運ぶ。
嫌な予感的中だ…っていうかなんでエルナは俺の住んでる家を知ってんだ?マスコミの嗅覚って奴なのか?それとも中学の時の卒業写真集を誰かが住所録部分だけ売り払ってネットで俺の住所を閲覧可能だとか…いや、それだと俺が男の時代の家の住所しかないわけだから、
「うひぃ〜…お外は暑いのに、この家の玄関からは冷気が溢れだしてきますゥ…まるで幽霊屋敷を思わせる家が、閑静な住宅街の真ん中にありますぅ」
俺が物思いにふけっている間に…実況してるよ、この野郎は。
「ン…ダヨォ!!!」
「そ、そんな親の敵を見つけた時みたいな顔しないでくださいよぉ」
「キミカさんにお願いしたいことが、」
俺は静かに玄関の扉を閉めた。