155 デス・ノート・オブ・ネクロノミカン 2

「というわけで…ちょっと今日は学校をお休みするよ」
と朝俺は一言言う。
まず制服を着てなくて、普段のパジャマ姿ではなくどこかに出掛けるような格好の俺を見てナツコもマコトもケイスケも驚いているのだ。
そんな中での俺のこの発言にやっぱりみんな驚いた。
「ちょっ、キミカちゃゃぁあああぁあぁぁぁん!!不良になっちゃうよォォ!!!どうして学校を休むんだよ!休まなくても学校帰りに用事を済ませればいいじゃないかァ!」
とマコト。俺の洋服を千切れんばかりに持って揺らして言う。
「いや、朝から行かないともう夕方には無くなっちゃうかも知れないんだよ」
と俺はその手をどけるが、今度は別方向からニュッと手が伸びて俺のおっぱいを掴み言う。
「キミカちゃんが不良になってしまうのは先生の教育が行き届いていないからですにゃん!!ここは先生の精子…いや、精神注入棒をキミカちゃんの肉壷に」
「おい」
「はい」
「とにかく、あたしは今日はちょっと有給をとるから。年に何回かは自分の自由でとっても文句言われない事になってるから。そう法律で定められてるから」
「それは社会人の話ですにぃ!!」
などと言われながらも俺は家を飛び出してバスに乗って出かけたのだ。
小一時間で俺の元住んでいた家に辿り着いた。
バス停も懐かしいし俺の家へと向かう道路も懐かしい。公園も、コンビニも、何もかも懐かしい。そして懐かしい頂点にある家が…。
「なんだか…ちょっと色褪せた感じがするなぁ…」
そうだ。
ここに俺は生まれてから17年間住んでいた。
両親はもっと長い時間、ここに住んでいて、思い出を染み込ませていた。それが明日から他人のものになる。他人がここに住んで他人としての新しい思い出を作っていく。
玄関に差し掛かって2階を見上げていた俺に気づいたのは、親戚のおばちゃんだった。
「あら、あなたは…」
俺の中に懐かしさがこみ上げてくる。
俺を知ってる人で俺と親しくて、まだ生きている人がいま目の前にいる。素直に俺は「おばちゃん」と、男の時のあのままで応えたかった。けれども、おばちゃんの目の前にいるのは俺ではない。男の俺ではなく、既に女の子となってしまい、別人になっている俺だ。
「あ、あの、どうも」
喉のところまでグッとこらえて精一杯に発した言葉が「あ、あの、どうも」
「お葬式に来てくださってたわねぇ…キミカのお友達?」
「あ、はい…」
「たしかフィアンセだとか…ほら、幼なじみのユウカちゃんと一緒に言い争ってたわよねぇ…今日は来てくれてありがとうね、この家、明日で最後なのよ」
「あ、あの。えっと…キミカの…なんていうか思い出の品を、もし捨てちゃうのがあったら、あたしが貰って帰ろうかなって」
「あら、ありがとうね。いいのよ。好きな物を取っていって」
そう言われた。
俺は軽くペコリとお辞儀をすると、今まで住んでいた家に入っていった。
あの日、家を家族で出て行った時とは違って片付けられている。そりゃ明日からおそらくは不動産屋の所有物になるわけだから…ほとんどのものが片付けられているだろう。金目のものは特に早く売り払わないと税金を取られるからな…。
リビングを見渡す。
生活感のない、まるで展示場のような家。
でも、そんな中で唯一思い出を形にしたようなものがあった。
写真だ。
ここで過ごしていた時間の中では見向きもしなかった。あのまま、ずっと続くと思っていたから、写真なんて沢山あっても無駄だと思ってた。いつまでも思い出に浸ってしょうがないだなんて格好のいいことを言っちゃったりもしていた。
恥ずかしそうにピースサインなんてする家族の中で何もせずに写真に映っている俺。
「もっと笑えばよかったな」
ぽつりとつぶやいてから、俺はその写真を自らのバッグに収めた。
どうやら家はある程度はすぐに売りに出されるようにと荷物を外に運び出している感じがする。生活感ないどころじゃなく、色々なものが家からなくなっている。
冷蔵庫とかも中身はないし…当然か。
2階に上がってみよう。
俺の部屋がある。
幾度と無く出入りした部屋に、1年ぶりぐらいに入る。
女ってのは男に比べるとダラダラと汗は掻かないし、それどころか服やら髪からコロンの香りさえ匂わせる。ってのは普通に女だけじゃなく、俺みたいなのもそうであって、まさかそのような女が初めて俺の部屋に入るタイミングが、今この瞬間とは。
誰が想像したか、自分が女になって初めて俺の部屋に入る『女』にもなろうとは。
「たしかこのベッドの下に…」
と俺はベッドの下に隠しておいたエロ本を…。
「ない」
ですよね〜。
これから家を売ろうってのにエロ本が息子さんの部屋から出てきたら、家を買いに来たのが男ならムスコさんが反応しそうである。
金目のものも…
「ない」
やっぱりそうか。ま、あの頃に買えたようなものは、今の俺の財力をもってすればあっちゅうまに買い揃えてしまうからな。MBAとか。
「ここでしか手にはいらないものを持って帰ろう」
とポツリと呟いてから俺は押入れなどを開けて中身を探し始めた。
殆どが綺麗に整頓されてて、いつでも引越し屋さんが持っていけるようにしてる。そんな中で唯一、他では手にはいらないであろうものを取り出してみる。
「じゃーん…。卒業写真ンン〜」
それをベッドに寝転がって見てみる俺。
あぁ、そうだ。このベッドに女の子が寝転がるのもこれが初めてなんだな。昔のキミカよ、こんな美少女が君の部屋に勝手に上がり込んで卒業写真を見ながらキャミソールから石鹸のコロンを漂わせながら、肌に滴る汗をベッドに擦りつけながらヘラヘラと笑いながら、君の卒業写真を見ることになるよ、1年ぐらいしたら。
と、その時だった。
俺の身体にピトっと生暖かい湿った感触があるのだ。
それこそ俺と同じく汗を掻いてベッドに寝転がっている女の子のような…。
「あぁ、これがキミカのベッド…すんすん」
「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は隣に貞子が居た時ぐらいの驚きで心臓が一瞬だけ止まりそうになって、いや、実際一瞬だけ止まってしまってグラビティコントロールでなんとか無理に動かして飛びのいた。2メートルぐらい飛び退いた。
「人ン家入って何してんだよォォォォォォォォオオォォ!!!」
俺はめいいっぱいグラビティコントロールを効かせ、マスター・ヨーダがシスの暗黒卿を殺しにかかる時のように目の前にいるキリカを空中に吊るしあげて叫ぶ。
「く、くるしい…フォースの暗黒面に堕ちるからやめて」
「来るなら来るって言ってよぉぉォォォ!!!」
「びっくりさせようと思って」
「びっくりするわ!貞子かと思ったわ!」
珍しくゴスロリ的な衣装ではなくキャミソールを着ている。俺とおんなじだけれども色やデザインはゴスロリ調ではある…俺と同じく学校をサボって俺の家に来たキリカがそこにいる。
「キミカの香りを肌に染み込ませて帰る…」
などと言ってる。もうカビとか埃とか1年ぐらい閉めきった部屋の香りが肌に染み込んでると思うよ…そのうち水虫みたいな人の肌に住むタイプの菌類の苗床にされちゃうよ。
「そ、そうだ!!」
俺の脳に電気が走った。
もう電気が走りすぎて体中が痙攣するぐらいに電気が走った。
「な、なに?」
「キリカ、今すぐあたしを男にして、そして部屋でセックスをしましょう」
キリカはあの青いジト目で俺を睨んでから、
「そこまでストレートだと恥ずかしい…心の準備だってできてない…」
ってお前人の家に勝手に上がり込んでベッドに潜り込んですんすん匂いを嗅ぎまくってたくせに同じ口でよくそんな台詞が言えるなぁぁぁぉぃ!!
まぁいいよ!とにかく急いでセックスしないと明日には俺の部屋は他の誰かの部屋になっちゃうんだからもうこうなったらシチュエーションとか関係ない。俺は自分の家の部屋に彼女を呼んだって設定にして、すぐさま汗でベトベトになってるキリカをがっしりと抱きしめて唇に吸い付いた。もうちゅちゅちゅちゅするように吸い付いた。そしてもう片方の手で思いっきりキャミソールをぺろぉんと脱がして片方のおっぱいだけ露出させちゃうという暴挙に及んだ。
「え、あ、ちょっ、キミカ、や、やん…汗でベトベトぉ」
「はぁ、はぁ…んちゅ…ちゅ」
(ギシギシ)
ん?
ベッドが鳴ってるのか?
って廊下のほうから音が聞こえるし!
クッソ!親戚のおばちゃんじゃんかよ!
「ああッ!もう!タイムオーバーですかァ!」
すぐさま服を正す。もちろん、片チチが出てるキリカのですが。
やっぱりおばさんが入ってきた。お茶を持って。
「ごめんねぇ、電気も止めてるのよ。暑いでしょ?お茶、ここに置いておくから」
とか言ってる。アレぇ?キリカには無反応ゥ?
「あらあら、キミカの彼女さんも来てくれてるのねぇ」
とかキリカを見て言うおばちゃん。
俺は目ン玉飛び出るぐらいに驚いてキリカを見る。
キリカはあの仏頂面のまま、ゴキュゴキュとおばちゃんが持ってきたお茶を飲んでいた。