155 デス・ノート・オブ・ネクロノミカン 1

深夜2時頃だった。
もう夏真っ盛りでそろそろ学校は休校して夏休みに突入して欲しいと思えるほどの熱帯夜。クーラーを付けて寝れば少しは眠りやすいのだがいかんせん人間の身体というのは、寝始めは涼しくても寝ると体温が下がってしまって結果的に身体の体調を崩してしまう。
年寄りが暑いからと扇風機を身体に直接当ててるとそのまま朝にはポックリ逝ってしまったというぐらいに、冗談ではなく睡眠時の突然死の話もチラホラと聞くぐらいの頃には、最初から窓を開けて扇風機を回しながら寝ようということになる。それに、この女の子の身体というのは男の身体に比べるとどうも寒さには若干弱いらしい。特に俺みたいに生まれたときは男で今は女の子(美少女)になっている人間はここら辺りを気をつけないと。
「あっちぃ…」
無意識下で俺は窓を閉めてクーラーのスイッチを入れる…。
(ピピッピピッ…)
ん?
おっかしいなぁ…スイッチ入れた後に警報みたいなのがなるぞ。
壊れてんのかァ?
(ピピッ…)
「あーもう…壊れてるのォ?」
またかよォ…。
と、今しがたここで俺は目を初めて開けてクーラーの方を見てみる。
うわッ!電脳通信が入ってるぞ。
軍用回線からじゃないか!クソッ!この糞熱い夜に出動かよォ…給料高めにしてもらわないと割りに合わないぞコレェ!!
『はいはい…なんですかァ…』
って俺が電脳通信に出たところで、その通信先が南軍ではなく中央軍、しかもプライベート回線であることに気づいたのだ。
『すまないな、起こしてしまったか』
って、この声、ジライヤじゃないかよ!!
ちなみに、ジライヤっていうのは中央軍司令官の東条であり、不知火という日本人右翼のテロリスト集団の首領でもある男である。
『な、なんのようじ?』
俺はいましがた効き始めたクーラーの真下で冷たい風で汗を乾かしながら応答。
『貴様の事について調べさせてもらった。別に悪い意味ではない。共に軍属にあり、仕事をする関係だから隠し事はあってはならない…という私個人の拘りからだ』
『ま、まぁそれはいいけど…っていうか、いつかはバレる事だったし、それにあたしもアンタの裏の顔を知ってるからそんなのお互い様だと思ってるし。っていうかそれだけでこの時間に連絡してきたの??』
『すまないな。私もそれほど暇ではない。この時間でなければ回線を暗号化出来ないのだ。ほうっておいてもよかったのだが…貴様がテロリストに両親を殺されたという話を聞いてて、これも私自信の拘りで伝えなければならないと思っていた』
『(ごくり)…』
電脳通信ながらにも俺は生唾を飲み込んでいた。
この時間に俺に伝えなければならないことって?
『貴様の両親の家が、明日、売り払われる事になっている』
『え?』
『親戚の人間の間で決めたことだと思われれる。いつまでも家を残していても税金を取られるだけだからな…身内も誰一人として生きていない事になっているのだから仕方がない。必要なものがあれば取りに行くといい…まぁ、今のその身体なら、まともに行ったとしても追い返される可能性が高いだろうが…』
家が売り払われる…。
俺の思い出が、家族と過ごした家が…売り払われる。
俺達家族の身体はもう火葬場で炭になって墓の中に骨として眠っている。残っている思い出が染み付いたものも、完全に消し去って俺達がこの世にいたってことを無かったことにされてるような気分になる。でも、でも…それは俺は随分前から覚悟していたことじゃないのか。
…ショックは大きかった。
覚悟はしていたはずなのに。
『ありが…とう…』
とりあえずお礼だけは言えた。
だけれど、俺の頭のなかは不安で、不安と他の様々なものがグルグルとミキサーで混ぜられてどうしたらいいのかわからくなる。
『それにしても貴様が男だったとはな…。女にしては芯が通っているので不思議に思ってはいたが。これで筋が通った』
『そうですか…』
それからジライヤは俺に『入って思い出の品を取るのであれば、事を荒立てないように内密にやるべきだ』などと説教臭く語ってから回線を切った。あいも変わらずジライヤは神経質な学校の先生みたいな性格だ…絶対あいつ血液型はA型だろう。
明日は学校だけれども…行くべきか。
今行かなければ俺は後悔しそうな気がする。いや、ある意味、これは区切りなのだろう。誰か神的な何がが用意している俺にとっての区切りなのだ。
17歳の俺が何を言っても生意気だと思われるかもしれないけれども、人ってのが生きていくってことはどんどん別れていくことなんだと思う。
友達と別れ、恋人と別れ、家族と別れ、最後にこの世界と別れる。その時、どれだけの思い出を持っているかがその人の人生に対する価値じゃないのかと思う。
俺は強制的に両親と別れることになった。
だから脳はまだ俺は両親と共に家に住んでいるんだと勝手に認識していたんだ。
そうじゃなけりゃ…家を売り払われるなんて聞いて動揺するわけがないじゃないか。