6 気になる転校生(リメイク) 3

静まり返った教室で、「あ!」って声がする。
「あ!」っていう声の主は立ち上がって俺のほうを指さしている。いやいや、今一番やばい人は俺じゃなくてこの隣にいるキチガイ先生でしょ。
「あ、あんたは…!」
ん?げ…早見裕香!なんでここにいるんだよ!
「ビッ…」
危うく俺は『ビッチ』と言いかけた。
もうそんぐらいにユウカの呼び方がビッチと脳内で定着しつつある。
でもみんなの目もあるからビッチと言うのは止めておこう。
「そこ!!!座りやがれクソビッチ!!先生の言う事聞けないならお仕置き精神注入棒をケツに刺すぞこんちくしょうめ!!」
っておいおいおい!!ケイスケが怒鳴りやがった。
ビッチには間違いないが、ちょっと落ち着けよもう。
クラスには女子男子合わせて20名ぐらい。みんな揃いも揃いっておとなしそうな顔の人ばかりだった。俺が通っていた学校じゃ不良の1人や2人いたんだけど、ここはやっぱりちょっと上流階級の賢い人がくる学校らしい。
なんでそこにビッチがいるのかわかんないけど。
女子の数は4分の3ぐらいを締め、残りは男子。
元々女子高だったところにいる男子っていうのも随分と肩身の狭い思いをするというけど、ここも例外なくそうみたいで女性ホルモンが大そうな男子はネズミみたいに隅の方に机を固めている。そして今、このクラスで恐怖の中心になってるのは俺の隣にいるバカ。なんで先生になってるんだよ…。
「富永先生はどうしたんですか?」
女子の一人が手を上げてから立ち上がって、そのような質問をデブに向かってした。
ほらほら、辻褄合わなくなってんじゃん…。
まさかと思うけど、学校のデータベースに侵入して教師のデータを書き換えたとかじゃないよね。いや、それなら俺がここに転校生として来るっていう情報も書き換えた可能性がある。なんか一つのプロジェクトを成し遂げた後のような、いや、一つの大きな犯罪を成し遂げたあとのような顔をしていた。マッドサイエンティストの顔だったからね。
「奴は童貞をこじらせて死にました」
…。
「富永先生、女の人だよ?」
…。
「では処女をこじらせて死にました」
では、ってなんだよ!ではって!!
「富永先生は結婚して子供いるんだけど…」
「いいからァァ!!奴の事は忘れるんですぉ!!!今からはこのボクチンが仕切る…!」
「「「えーッ!!」」」
クラスメート達、一斉にケイスケにブーイング。
ケイスケ、器用にも白板に手で爪を立てて、「キィィィィ!!」という凄まじい嫌な音をクラス中に響かせて抵抗する連中のやる気を削ぐ。
「先生、隣の人の紹介してください」
先生、いや、ケイスケはメガネをカチリとやりながら、
「そうだったぉ。ボクチンとしたことが取り乱してしまいましたですぉ。許してにゃん。この子は今日から君たちのお友達になる藤崎紀美香ちゃん。仲良くしてあげてください」
と言ったあと、一息ついてから、
「そこの男子ぃぃぉあ!!」
ネズミみたいに隅のほうに机を並べてる男子はビクッとして目を見開いて2メートルはあるかという巨漢なケイスケのほうをみる。
それを確認してからケイスケは、
「藤崎さんに指一本触れようものなら、マイクロブラックホールの中でミンチになってもらうお」というあながちジョークではないような脅しをしていた。
「ふぅ…藤崎さん」
とデブは顔を真赤にしながら、
「あの開いている席に座りなさい」と言った。
「は、はい…」
俺はよろよろと歩いて、俺の為に用意されたと思われる空き席に座った。って、なんでこの席、ビッチの隣なんだよ。う〜ん。せめてもうちょっと距離を置かせて欲しいな。
目を血走らせて教室に入ってきたなんちゃって担任のケイスケは、一通り俺の紹介を済ませると俺を席に座らせてそして「クラスの委員長は誰ですかぉ?」と言った。
さっきの女の子、さっきケイスケに前の担任はどうなったのか、とか言っていた女の子が「早見さんでーす」と答えた。
早見は委員長やってんのか。
昔から相変わらず目立つような事をするなぁ。
「えーでは、ビッチさん。藤崎さんに学校の案内をしてあげてください」
あちゃ〜…。やっちまってますね。
「私、ビッチっていう名前じゃありません」
「はや…はや?」
「早見です。はやみ」
「では早見ビッチさん、ふじs」
「だからビッチじゃないって言ってるじゃないの!」
…。
「冗談だにゃん。そんで、これから何をするんですかぉ?一時限目は」
冗談かよ。
「ホームルームですよ、先生」
「先生、今日の体力全部使い果たしたから好きにしてていいお」
体力すくねー…。ケイスケはそう言うと、パイプ椅子を窓側に置いてそこに深く腰を掛けて座って、どこからか取り出したセンスでパタパタと顔を仰いで放心状態…っていうか白目になっていびきをかきはじめた。なんて奴。
俺がケイスケに呆れていると、
「ねぇ、どういう事なの?」
とユウカが俺に聞いてくる。
「どういうって言われても…。あたしは転校してきただけだけど…」
「担任の先生も変わるの?知らなかった」
「う〜ん。そのへんの事情はしらない」変わったっていうか、変えたというか。しかしむちゃくちゃするなぁ、あのマッドサイエンティスト
「っていうか、アンタ、キミカの葬式の時にあのデブの人と一緒に居たわよね?特徴あるデブだったから覚えてたわ。どういうことなの?」
「え、えっと、その、それは、えーっと、まぁ、なんていうか先生のお仕事をしてたっていうのはあたしも最近知ったので、さっぱり…」
ふぅ…ふぅ…。
ご、誤魔化せた…か?
「教科書とかは?」
よし、誤魔化せた。
「まだ貰ってない」
「じゃ、じゃあ、私のを見せてあげるわよ」
ツンデレっぽくなるユウカ。一応はクラスの委員長って肩書きがあるんだろうか、ユウカは俺に親切にせざる得ないみたいだ。
クラスは担任の怖い先生が寝てるのもあり、最初は静かだったけど段々と騒がしくなってきて、いよいよ転校生である俺のところに女子たちが集まってきた。
「どこから来たの?」「めちゃくちゃ可愛いよね!」「彼氏絶対にいそうだよね!」「部活とか何してたの?うちの部に来ない?」だとか色々と質問されたりして、俺は女子に囲まれるのも悪くないなぁ、なんて思ってた。ただちょっと顔については平均ぐらいな人ばかりだ。俺の事を美人だの可愛いだの言ってくるのもわからないでもない。
聖徳太子じゃないんだからそんなに質問しても答えられないよ」なんてフォローを委員長であるユウカはしていた。どうもクラスの女子からも慕われているみたいだ。意外な一面…。いや、小学の時もそんなんだったかなぁ。俺が見てなかっただけで。
お昼休み。
俺はあの巨大なカフェテラスでどんなものが食べれるのかとワクワクしながら一人そこへ向かおうとしていた。ってところをユウカに止められて、
「一緒にご飯食べない?」と言われた。
続いて、「あ、誰かとご飯食べる予定があるなら別にいいわよ」とも。
「別に、一人だけど」
この学校で知ってる奴はユウカを除いてあいつしかいないから、一緒に食べるとしたらあいつとだけど、担任の先生と食べるっていうのもなぁ。
という事でおれはユウカと一緒にお昼を食べることにした。
そういえば何年ぶりだろうかな。
ユウカと一緒にご飯食べるのは。
幼稚園の時だった小学低学年の時だったか忘れたけど、その日ユウカの家のお母ちゃんも俺の家のお袋も学校が午前中授業の日だと思っておらず弁当を作ってくれた。俺とユウカは家に帰る途中、どっかで弁当を食べようって話になったんだ。
近所のに流れてる小川。
そこの橋のしたで二人で弁当を並べて食べてたな。
沢山の日々を過ごしたけどそんな些細な、特にインパクトの無いような光景が頭の中に残っているもんなんだな。よっぽど俺の脳みそはそれを幸せだと感じたらしい。
などと思い出にふけってもしょうがない。俺は今再び、ユウカと一緒に昼食を食べようとしてるけど、色々あった。色々って言葉じゃ足りないぐらいに沢山の色々があった。そしてその色々の中に俺が女になっちゃう、じゃなかった、一度死んで、女として復活してしまうってのもあって、何年かぶりにユウカと一緒に昼食を食べる今の俺は男ではないんだな。
「こ、この方は誰なの?」
そんな思い出に浸りながら俺はユウカと一緒に廊下を歩いていると、教室から出てきた女子がユウカに向かってそう言った。この方って俺の事か。
「ああ、今日転校してきたの、藤崎紀美香さん」
その女子はおっぱいの大きなユウカに比べると洗濯板…いや、まな板みたいなおっぱいをしていて髪はショートカット、顔は紺縁のメガネで覆っていて、そのまま男の制服でも着せようものなら男の娘になっちゃいそうな感じの女子だった。背はひょろりと長く、でもその背を誇張するような素振りではなく、むしろ目立つのが嫌なのかわざと屈めている。
その姿はなんともひ弱なイメージがある。
「よ、よろ、よろしくお願いします」
頬を赤らめて俺に挨拶する。
えっと…。この人誰?
「この子はナノカ。菅原菜乃香(すがわらなのか)」
「あ、よろしくゥ」
ナノカは俺とユウカを交互に見ながら、
「二人は、ど、どどど、どいういう関係!?」
どういうって言われても、幼なじみ?
「転校生とクラス委員だけど…」
間違ってはない。
いや、その二つの属性を並べて言わないでくれ。…違うだろう。
「なんだかそんな雰囲気じゃないよ!!どこかで一度会っているような!」
鋭いな…霊感でもあるのかこの人。
「お葬式で一度会ったよ」と俺はそれに回答。
何か悔しい思い出でも思い出したのか、ユウカはぷいっと顔を逸らす。
「え〜…。なんだぁ…あたしはてっきり幼なじみみたいな感じかと…」
鋭い!なんで?
「え、なんで私がこの人と?」とユウカ。
そりゃそうだ。
「ん〜…な、なんとなく」
やっぱ霊感あるぞこの人!