5 キミカお葬式会場(リメイク) 3

例のデブの運転するあの「ちっこい軽」で市内の葬儀屋さんへ乗り付ける。
既に黒い服を着た人が沢山集まっている。
ああ、これは現実なんだ…って思ったよ。
受付は親戚のおばちゃんがやってた。営業周りをやってるおばちゃんだから、こんな感じの仕事が好きなんだろうし慣れてるんだろう。涙一つ見せない。顔はちょっと笑顔にすらなっていたよ。でも人が通りすぎて周りに居なくなったとき寂しい顔をした。
このおばちゃんと俺の親は親しかったからなぁ。
俺とデブが受付のおばちゃんの前に来たらまた笑顔に戻った。
「ここに名前を書いてくださいね」
そう行って一覧を見せた。
名前がつらつらとある。
俺のお父さんの会社の人の名前が殆ど。それから俺の友達の名前もちょっとあった。クラス全員が来てる…わけはないか。仲のよかった奴の名前を見つけることが出来た。
さて、俺の名前を書いておこうか。
葛城きm…。
ちょっと待った。ここに死んだ人間の、しかも葬式されてるうちの一人の名前が書かれてあるとかありえない!何のジョークだって話じゃないか。
やばい。
なんて名前にしようか。
俺はケイスケ(でぶ)をヒジでこついて「(やばい)」と言った。
「ほぇぇ?」とアホな声を出すデブ。
「(名前どうしよう?)」
「んぉ?書けばいいじゃないですかぉ?」
「(いや、あたしの名前を書いてもしょうがないし!)」
「うほッ!!じゃあボクチンが書いてあげるにゃん!」
「(おいやめろ!なんであんたがあたしの名前を書くんだよ!)」
「じゃあ…名前を決めてあげますにぃ…フヒヒ」
ケイスケは腕を汲んで目を瞑ったり開いたり、空を見上げたり地面を見下ろしたり、時々親戚のおばちゃんを直視したり、参列する黒ずくめの人達を見たりとかを繰り返したあげく、
「整いました!」
「(うるさいよ!)」
「ふじさききみかさん!」
「(ほうほう…字はどんなの?)」
「電車で行く四国お遍路紀行の紀に美しいに香り。紀美香」
俺は言われた自分の名前を台帳に記入した。
「紀美香(キミカ)かぁ。あたしの前の名前もキミカだからちょうどいいかも。ところで苗字の藤崎っていうのはどっからとったの?」
デブは一瞬顔を赤くしてから恥ずかしそうに、
「ふひひぃひひぃっ…『藤崎紀美香』っていうのはエロゲの登場人物だぉ」
…。
「…この…マジで殺s」
「まぁまぁ、どうどう。落ち着いてにゃーん」
それから、名前を記入した後に親戚のおばさんは俺とデブを見ながら「ん?」って顔をしている。なんだ。名前を書いて終わりじゃないっけ?
「あ」
とデブが突然声を上げる。
「どしたの?」
「香典忘れた」
「こうでん?」
「葬式とかでお金を包んで渡すアレですにゃん。フヒヒ…急いでたから忘れちゃいましたにぃ…。よし、財布から香典を出すぞーばりばりー」
ケイスケがマジックテープ付きのちょっと…いや、かなりダサい財布を取り出して、そのまさにバリバリという恥ずかしい音を立てながら開いた。
子供が持つような財布だ…。
もしかしたらこの人、小学生の頃から使ってる財布変えてないんじゃないのか?っていうか今時の子供でも持たんぞそんなおもちゃみたいな財布。
「千五百円なり…」
「ちっ…」
「すいません、香典袋忘れました。これで勘弁してにゃん」
このマジキチ、裸銭をそのまま台帳の上に置きやがった。パラパラチャリチャリと音を立てて小銭が俺と俺の親の葬式の台帳の上に転がって、その中の10円球とかが勢い良くテーブルの上を転がって、お手伝いさんが落ちないようにパシンと叩いて止めた…。
コンビニの買い物じゃねーんだぞ!
人の葬式をなんだと思ってやがるんだ、くっそ!!
「釣りはいりませんぉ」
誰が釣りを出すかよ!!香典にお釣りがあるわけないだろう!!
ふぅ…。
興奮冷めやらぬまま、俺はケイスケの後に続いて葬式会場へと入った。
綺麗な花が沢山飾ってあって、これは何の冗談なんだ?って思えるぐらいにデカデカと俺の顔の写真が貼ってあった。隣には両親の写真も。俺だったらここに生きてますよっていう『死んだけど死んでるのに気づいてないでそのまま自分の葬式に参加してる幽霊』ってこんな気分なんだろうな、なんて思いながら椅子に腰掛けた。
ん〜…。
俺の通ってた学校の人もいるが、クラスメートの男子が俺のほうをジロジロと見てる。なんかすっごい気になる…。一瞬「あれ?生きてるじゃん?」って思われたのかと思ったけれど、これは単純に男として可愛い女の子を見た時の反応なのだ。
あとは葬式に参加する上で場違いな格好の女が居る、って思うことぐらいか。
…。
葬式が始まった。
前には棺が置いてある。
3つ置いてあった。
普通は棺って顔を見る部分があるんだけど今回はそれが無かった。
「あの棺、蓋がない…」
「損傷が酷くて顔を再現することが出来ない時は、棺に蓋はつかないんですにぃ…一応は死に化粧を付ける人が上手いことやってれば顔を見せる事も出来るんだけれども…今回は相当酷い状態だったんじゃないですかにぃ…ご冥福をお祈りしますぉ」
最後なのに母さんも父さんも顔を見ることが出来ないのか。それが幸せな事なのか不幸な事なのかわかんないな。親の死に顔を見たいかって言うと、綺麗な状態ならいいけれど、今の話を聞いたら飾られてる写真の笑顔の母さんと父さんを見る…それだけでいいや。
まぁ、自分の顔なら見てみたかった気はするけれど、火傷で酷い状態ならそれはそれで見なくてよかったかもしれないな。夜中トイレに行けなくなっちゃうし。
すすり泣く声が時々聞こえる。
俺のクラスメートも来てくれてる。
泣いてるかな?いや…泣いてない。
俯いてるな。
寝てるとかねーよな?そりゃまぁ、あんまり仲がいいってわけでもなかったから…ただの遊び友達って感じだから。もしこの会場でヘラヘラ笑ってたら思いっきり延髄に蹴りを入れてやるところだったよ。よかったな笑わなくて。
ん?
俺のクラスメートじゃないけど俺と同じぐらいの年齢の人がいる。誰だ?母さんか父さんの関係の人か?どこかで見た覚えが…その女の子は俺達の前側に座っている。
ん〜後ろ姿だからわからないな。
まぁいいか。
それより気になってる事があるんだよ…ふと思ったんだけど、俺の遺体が入ってる棺桶をみて、遺体があそこにあるって事は、『俺』はなんなのかと。
「あのさ、ちょっと気になる事があるんだけど」
「んぉ?」
「あの棺桶の中に入ってるのってあたしだよね?」
「そうですにゃん」
「じゃあ、ここにいるあたしは?」
「キミカちゃんですにぃ」
「じゃあ、あの棺桶に入ってるのは?」
「キミカ君ですにぃ」
「じゃあ、ここにいるあたしは?」
「キミカちゃん!」
「棺桶の中は?」
「キミカちゃん!」
「おい」
「はい」
「なに?…脳みそをくり抜かれた状態のキミカなの?」
「脳みそもありますにぃ。司法解剖で脳みそなくなってたら大騒ぎだから!」
「おいちょっとまて」
「ん?」
「脳みそ移植しなきゃここにいるあたしはどうやって考えるんだよ」
「ふっふっふ…脳みそから情報を全部コピーしている…と思っていただければよろしいかと…思いますにゃん!」
「ちょっ…マジ…ハードディスクとかが頭に入ってるわけ?一体ナンテラバイトなの?Mapple製のメモリとかじゃないと嫌だよ、まさかUindows系のパソコンで使われてる奴じゃないだろうね?!安いから面白いようにぶっ壊れるって噂だからダメだよ!」
「…」
「な、なんだよ、そんな目で見ないでよ、そんなアホでも見るような目で見ないでよ、ちょっ、マジでやめてくんない?これでもパソコンにはちょっと詳しいんだからさ」
「ん〜…。キミカちゃんの知識レベルでボクチンが言う事を理解するのは難しいと思いますにぃ。ま、機会があればいつかは説明する予定ですにゃん。とにかくキミカちゃんの記憶や人格は完全にコピーされて今ここにいるわけだにゃん!」
「『だにゃん!』じゃないよ!」
「だぁぁぁ〜!!もう、キミカちゃんの脳みそは完全に情報を抜き取ってから一旦はUindowsPCに録画してからDVDに焼いてその後フロッピーで1万枚ぐらいに圧縮コピーした後にWinnyで配布してから有識者の皆さんで吟味し色々と修正を加えた後に今のその身体の中へとインストールしたんだけど、途中で3回ぐらい書き込み途中で停電になって再起動を繰り返してからなんか面倒くさくなって放り出して1週間ぐらい後にMappleのOSのCD-ROMをインストールしたから大丈夫ですにゃん」
「おい!あたしのデータが入ってないよ!いくらMappleが好きでも頭の中にOSのCD-ROMをインストールしないでよ!!っていうかなんであたしのデータ途中で入れるの諦めてるんだよ!おかしいでしょうが!!」
「とにかくキミカちゃんに説明しても馬鹿だから理解出来ないと思っておもしろおかしく馬鹿でもわかるように語ってあげただけですにぃ」
「くっそてめぇ…」
と俺とデブが話していると会場の脇に居た葬式屋のスタッフらしき男が静かに俺達に近づいてきて人差し指を立てて口元へ当てる。
すすり泣く声の中で元気に喧嘩してるのは俺達だけだった。