153 今度こそ 4

ヘリの音がする。
TAKESHIの野郎、ガウロンへ直接降下するとマコトとナツコにミサイル攻撃されるからと隣のビルに密かに降りるつもりか?って…そうはいかねーんだよ!!俺の縄張り(テリトリー)にのうのうと降りてきてタダで済むと思うなよ。
残念ながらスナイパーの装備はスナイパーライフルと短銃とナイフのみ。で、俺の場合は基本的に音が出るので短銃は使わない。つまりナイフが近距離戦の標準武器となっている。ライフルがあるじゃん?っていう人もいるけど、エンカウンター戦をすると命中率が著しく下がるだろうし、連発が出来ないので万が一一撃で仕留めることが出来なかった時にピンチになるしね。
廊下を静かに進む米兵の音が聞こえてくる。
TAKESHIが操作しているモブだ。
このビルには守りがいないと判断してか、通常よりも移動スピードは速いようだ。そのせいか微妙な布擦れ音や「パキッ」とか「ザッ」とか靴が起こす歩行音が響いてくる。住民であるNPCのモブキャラもたまにビル内にいるけれど、歩き方が違うから俺ぐらいに慣れると音だけで軍人が歩いているのかNPCが歩いているのか判断がつくんだよ。残念だったな。
俺はドアの側にナイフを構えて、背中をピッタリとくっつけて立つ。
メイド服姿の美少女がナイフ片手にじっとドアの側に立つっていうのはまったくもってヤンデレ要素たっぷりではありますね。心の中ではティヒヒと期待に胸をふくらませてニヤけている俺。
(コツコツ)
(スッスッ)
…。
と、ここで俺がオープン・ザ・ドア。
手慣れたものであっちゅうまに喉をナイフでプスっと指して、そのまま手前に向かって引っ張ると、呼吸が出来ず、血管も千切れ、血しぶきを上げながら倒れるのだ。っと…もう一人いたか。相手が気づいて銃を構えるのと同時に、俺は手に持っていた血まみれのナイフを華麗に投げつけた。
ヒット。
もう一人の米兵の喉に突き刺ささる。
ククク…今頃、俺の華麗なナイフ捌きにファビョりながらTAKESHIの奴は反応してるぞ…。ほらほら、さっきからヘリの音が遠ざかる事がない。
2名死んだからこっちにさらに送り込もうとしてる。
もし無線が俺と繋がっていたとしたら「おぉぉぃぃ…人間ンン!なんて事してくれんだコンチキショゥが!!俺様の華麗なナイフ捌きを見せてやるからタイマンはれよこのスットコドッコイがぁァァ!」とか言い出すに決まってる。
ふっ…。
今までの戦闘ではリスポーンポイントで待機してログインしたところを狙って殺すとか卑怯な事ばっかりしてたからまともに戦略練れてないんだろう!バカが!俺が本当の戦闘の恐ろしさっていうのを骨の髄まで味あわせてやる!怖くて一人でオシッコいけなくなってもしらねぇぞぉ?!
チラっと窓の外に紐が見えた。
あれは米ヘリの降下用ロープだ。
マヌケが!!ロープを見せてんじゃねぇよ!骨折してでもロープ無しでヘリから飛び降りろよ素人が!!
ん?ロープが…離れそうになる。
「ちっ」
舌打ちをして俺は廊下をダッシュする。
窓に接近。
腕を前に身体を抱くようにつきだして、一気に窓ガラスを割る。
つまり、俺は体当りして空中へと飛び出た。
そのままの勢いでヘリのロープに両手でしがみつく。
パイロットしか乗ってない?アテが外れたか。まぁいいや、このままヘリのパイロット殺して俺が操作してやるぜ!!
その時だ。
俺のビューティフルなメイド服のスカートに銃痕が残った。クソッ!先に降りてる米兵どもが俺めがけて撃ってくる。しかもヘリは俺を振り落とそうとするかのようにフラフラと宙を漂いながら勢いをつけ…おいおいおいおい!ビルに叩きつける気かよ!やんのかコラァ!!
「ぎゃー!!」
俺の絶叫の後、3メートル四方の巨大な高圧ガラスが砕け散った。
切り傷だらけになった俺は再びヘリと共に空中へと放り出される。だがまだロープは掴んだままだ。
片手でロープを掴む。
そのままハンドガンを太もものショルダーから取り出すと、パイロットが居るコックピットに向けて放つ。俺からの距離でも分かる。パイロット、筋肉を痙攣させるようにガタガタと震えた後、動かなくなった。
始末した。
再びヘリはフラフラと宙を舞う。
その間にも俺に狙いを定めて撃ち落とそうとする、既に降下してる米兵ども。が、今度はヘリのパイロットは居ないので舵の効かなくなった糞ヘリは幸か不幸か連中が狙いを定める時間を与えずに俺を適当な場所へと引っ張っていく。
どっかのビルに衝突するのか?
「げ」
俺の上空、10メートルぐらいの場所でヘリのプロペラがガウロンの窓ガラスに突っ込んでいくところだった。
吹き上げる粉塵、ガラス、瓦礫。
「これで、終わりと、思うなよォォ!!」
俺はハンドガンを窓ガラスに狙いを定めて撃ちまくる。
映画の1シーンのようにスローモーションを感じながらも俺はその身体を丸めて、割れかけた窓の中へと突撃した。
…。
せ、セーフ…。
まだ死んでないぞ。
「あっぶな…」
ガラスの中から身体を起こす俺。
「キミカちゃん!」
「あ、マコト。そっか、ガウロンに向かってヘリが墜落したのか…」
「誰がぶら下がってるのかと思ったらキミカちゃんだったんだね!びっくりしたァ…」
「ちょっと空中散歩楽しみたくてね」
と俺はゲス顔になった。
「上の状況はどう?」
「ロケット砲とか撃ち込まれてもう結構やばいよ。ナツコちゃんと一緒に下の階に降りようかなって相談してたところなんだ」
「それがいいね。ここはもうそれほど持たない…」
と、俺が言ったその時だった。
今までにない巨大な地響きがビル全体を揺らしたかのような衝撃波が俺とマコトを襲ったのだ。あまりに凄まじい衝撃で俺達の身体は瓦礫と轟音の中に巻き込まれて一瞬だけ操作が出来なくなった。
方向感覚を失ったというのが正しい。
気がついたら俺達の周囲は瓦礫に変わっていたのだ。
それでもガウロンは崩れる事はなかった…が、ここは最上階じゃないのに、空が見えてしまうぐらいにビルが吹き飛ばされている。
爆撃か?
もう見境無く攻撃を仕掛けている。
瓦礫は炎に包まれている。
その向こうにはナツコの姿が。
「ナツコ!」
「先に行ってください」
「でも、1人で抜けれる?」
ナツコは軽く笑ってから、首を振った。
そして腕時計を見て言う。
「もう20分経過しましたわ。新記録ですの。今までキミカさん、マコトさん、コーネリアさんでプレイした中でトップの成績…とても楽しかったですわ」
過去形になっている。
もうダメだってことか。
「じゃぁ…いくよ」
俺は言う。
マコトも黙って頷いた。
「負けても後悔はありませんわ。ただのゲームなのにみなさん一生懸命で…協力してくれてありがとうですわ、キミカさん。マコトさん」
「お礼はゲームに勝ってから言ってくれていいよ。まだまだ、あたしもみんなも、諦めてないからね」
「はい!」
微笑むナツコの周囲がミサイルの残留弾薬の炎に包まれた。
その炎の中、ナツコは倒れ、その死体も炎に包まれた。