149 簀巻きラバー 8

ステーキバイキングの店に入る。
この店では目の前で焼いてくれてそれを皿に盛ってくれるらしいのだ。けれども、俺は子供の頃にしか来たことがない。記憶は遥か脳味噌の片隅に追いやられて忘れてしまっている。
外観は色々と変わったなぁ。
「あら、あの子達もこの店に入ってきたのね」
ユウカが顎で指し示す先には二人が手を繋いでレストランへと入ってきてる様子が見て取れる。お金は…やっぱ男が全部払うわけか。この辺りはネットで調べた通りセオリーに従っているな。
そういえば俺って簀巻き(ユウカ妹)が簀巻き解除して食べてる様子は見たことがないんだ…簀巻きであんなに器用に食べれてるんだから一体中でどんな食べ方をしてるのかずっと気になってたんだよ。今日はそれが見えるのか。
「あちゃぁ〜…」
突然、ユウカが頭を抱える。
「へ?どしたの?」
「妹は食べ方が下品なのよね…心配だわ。ドン引きされないかな?」
「そりゃドン引き確定だよ。食べ方が下品な女って男には好かれないよ」
「うわぁ〜…ちゃんと勉強させとくんだった」
ユウカはユウカ妹と何度か接触しているところを見られてるので、彼くんの前にはあまり姿を現さないようにするらしい。で、俺とナノカがバイキング形式の料理群を持ってくる事にする。
「わたしはなんでもいいから。そんなに取ってこなくていいからさ」
などと言ってるが、ハナっからそんな事気にしてるわけないだろうが!せっかくの俺の貴重な休日を台無しにしやがって!ここぞとばかりに食ってやるぞ!
俺はステーキ用生肉をボテンボテンボテンと3枚皿に盛って焼いてくれる人の前に並ぶ。そしてナノカはボテンボテンと2枚の生肉を持って並ぶ。
「ユウカっち、余ったら食べてくれるっぽいから余計に盛ってきたァ」などと今にも涎を垂らしそうなほころび顔で言うナノカ。
俺達の肉は肉焼きさんの店員の手によってミディアムな肉汁たっぷりのステーキへと変貌する。その鉄板がじゅーじゅーと音を立てているうちにサラダバーの場所から米軍基地の配給のように積まれているマッシュポテトをペトンペトンペトンと鉄板の上に盛る。真似てペトンペトンと同じく鉄板へ盛るナノカ。
「ユウカァ、持ってきたよ〜お食べェ」
「ちょっ、なんで肉とマッシュポテトしか盛ってないのよ!!どんだけ偏った食生活送ってんのよアンタ達は!!」
叫ぶユウカに俺は、
「なんでもいいって言ったじゃんか!」
と反論。
「確かになんでもいいって言ったけど2種類しか持ってこないだなんて予想しなかったわよ!ありえないじゃないの!しかも同じ肉3枚とか馬鹿じゃないの?!」
さすがに俺はムカついた。
アメリカ人が使うような不慣れな日本語で、
「貴様ノ最期ノ晩餐ニナルカモシレナイ肉トポテトダ!アリガタク食エ!」
と言いながら皿の上にはみでんばかりの肉及びポテトを盛る。
その隣ではナノカが肉をほうばる。
「ンメェェ!!肉の味がするぜェ!!」
おい、店員さんに失礼だろうが。
俺もお上品にフォークとナイフを使って肉を切り取ると、それを今にも涎が溢れ出そうな口の中へと放り込んだ。あぁ、これは幸せの味だ。口の中に油が溢れ出てくる。ジューシーなステーキ肉だぁ…。
ユウカもお上品にカチャカチャと小さく肉を切り出す。
太るからと肉は食べないようにしてるユウカが俺達の前で肉を食うのは珍しい。サラダ8割、残り2割を肉という感じで口に入れる。
「まぁまぁ美味しいわね」
で、でたー!あたしは肉食べない派だとか言いながらいざ食べたら幸せそうに頬を赤くして満面の笑み奴〜!!
さて。
ユウカ妹がどれだけドン引きさせる食べ方をしてるのか見てあげましょうかしらァ?ホホホホホホ…レディの嗜みとも言われるのはお食事のマナーですのよ。下品でしたら『育ち』がバレるわけですからねぇ…。
俺は意気揚々と振り返ってからユウカ妹の席をジッと見つめてみる。
「「な、なん…だと…」」
俺とナノカは驚愕した。
皿の上に肉が5枚盛ってある。
俺とナノカはユウカの顔を見る。その後ユウカ妹の顔を見る。またユウカの顔を見る。その後ユウカ妹の…っていうのを5回ぐらい繰り返す。
「5、5、5、5枚ィ?!」
とりあえず驚いてみる。
ユウカ、悔しそうに顔を歪ませて、
「あのバカ、家族で食べ放題のお店に来た時と同じ様な事をしてやがるわ…」
それにしても多すぎだろうが、レディが5枚肉を盛って席に戻ってるぞ。
「き、キミカっち、アレ…」
「うぉぅ!!」
思わず叫ぶ俺。
ユウカは既に顔を隠して恥ずかしさを耐えている。
ユウカ妹はフォークとナイフは使わず犬のように肉にかぶりつくと、くっちゃくっちゃ言いながら肉を端のほうからゆっくりと口の中へと放り込んでいくではないか。こいつマジキチ。
『くっちゃくっちゃ』
『か、変わった食べ方だね』
『くっちゃくっちゃくっちゃ』
『おいしい?』
『うん。くっちゃ』
ひぇ〜…。
育ちが悪いっていうより、『育ってない』的な…まだ人間の域に達してないという…犬とか猫のレベル。でも勢いだけはある。胃のどのスペースに肉を放り込めるのだろうか、5枚の肉をそのまま平らげてしまった。
そして、最後、何やら怪訝な表情になったユウカ妹。吐くのかと思っていたら、口のなかからポロポロと白いものを皿の上に落としていく。
「な、何やってるのかな…?」
恐る恐る俺はユウカに聞いてみる。
「軟骨の部分を吐き出してるのよォ…きっと…」
「うわぁ…」
皿の上にはステーキ肉の軟骨部分が綺麗に軟骨部分だけリアルな形でポロポロと皿の上の落ちていく。舌が器用じゃなきゃ出来ない技だ。きっとユウカ妹は舌だけ使って折り鶴を折ることすらやってのけそうだ。
店員や他の客の視線を集めていたユウカ妹だったが満足したのかデザートを食っている。その側では彼くんが恥ずかしそうにサラダを食べてた。