149 簀巻きラバー 5

日曜日。
俺にとっては貴重な日曜日だ。
本来なら朝からスタバに行って夕方までそこでMBA弄りながら過ごす予定だったのに。クソッ!!
俺は何故か駅前にいる。
ユウカとナノカも、まるでスパイか探偵のように車の影に隠れて駅前を見張っている。
何を見張っているか…ユウカ妹のデートの様子を見張っているのだ。
待ち合わせよりも30分ぐらいに到着して駅前で立って待つ。
ユウカの予測では30分前から既に待機してるのが男ってもんだとかほざいてるけれどさすがに今時の男で30分前集合なんてありえないよ、漫画の中の話かよ。ほら、駅前にはこんな早朝だからか誰もいないじゃないか。
「あ、来たよ!あれかな?」
違うだろう…。
カラフルな服に身を包んだオサレ帽子を被ってる男達3人が駅前をウロウロし始めたのだ。どう考えても体格からして違うじゃないか。
「ナンパでもしそうな雰囲気ね…」
ユウカ警戒中。
確かに超がつくほどに美少女が駅前に一見するとセクシーな雰囲気がにじみ出るような服を着て佇んでいるのだ。いわゆるナンパ待ちだなんて思える男はいるはずだ。ほら、件の3名はユウカ妹に近づいてくる。
「キミカ!出番よ!」
クッソォ…血液型がO型の奴が全裸で林の中にツッコんで行くみたいに蚊が…虫どもがよりついてくるな。失敗したか、あのルックスは。
駅前に近づく俺。
「やぁ!彼女!待ちぼうけかい?俺達と一緒に面白いところいかない?」
などとユウカ妹に言ってる。
妹は妹で「ヒッ!」という人見知り特有の反応を示す。
「こらッ!嫌がってるでしょうが!」
とズカズカと男達に近づく。
3名の蚊(雑魚)は俺の存在に気づくと、え?何この子は?俺達にナンパをしかけてきてるの?みたいな希望を感じさせる顔をして見ているのだ。
俺は姿勢を低くし身体を半回転させてまず手前の男の鳩尾に肘をキメる。その男が前のめりに倒れる前に隣の男の足をキックでなぎ払って、バランスを崩させ、腹の中へ140センチぐらいの小さな俺の身体を滑り込ませ、タックルをキメる。そして、最後の男は顔面にグラビティコントロールを効かせたストレートパンチをキめ、衝撃波で吹き飛ばしてさしあげる。
あっという間に俺の周囲には3人の男達が「うーうー」とうめき声をあげながら倒れるという地獄絵図が広がったのだ。
俺が車の裏(ユウカとナノカが待機してる場所)へ行くと、
「やりすぎよ!!」
とユウカの第一声。
「手加減なんてできるわけ無いじゃんか!」
反論する俺。
「キミカっちマジすげぇ…カンフー映画見てるみたいだったよ」
「ほんと、クラスの外国人馬鹿3名とキミカは冗談レベルで強いからね。前に不良どもと喧嘩した時なんかグロすぎて途中から気を失ったわよ」
「マジでェ?!」
さて…。
10分ぐらい経過しただろうか。
モノレール到着と同時に人が降りてくる。サラリーマンや部活のある高校生など。それに混じって眼鏡を掛けたボサボサ髪の男の子、そう、ユウカ妹にコクった奴も現れた。ユウカ妹を駅前で探してるぞ。
おいおい、お前の目の前にいるだろうが、気づけよ。
「あぁ〜…うちらと同じ反応だァ…(白目」
そうか。
ユウカ妹のあまりの変わりっぷりに別人だと思ってるんだ。
しかも妹の周囲には3名のうーうーと唸る男達が横たわっているのだから、本能的に恐怖を感じるのも無理はないかもしれない。
それにしても…ファッションセンスはダメダメだなぁ…。オタク達がスイカブックスに同人誌買いに行く時のソレじゃないか。まぁ、全裸で登場するよりかはいいけどさぁ…もう少しデート意識しろって男の俺がふと思ってしまうよ。こっちは先輩女子高生2人を巻き込んで色々とショッピングモールで買い物したりしてお洋服選んだのに、男のほうは普段着だからな。
あまりにも気付かないので俺達がユウカ妹の正確な位置を彼に教えてあげようと思っていたその時。ようやく気付いたのだ。
目の前に2次元の世界から飛び出してきたような美少女がいるのを。
時が止まるというか、心臓が止まるというか、まるでそういうリアクションをわざとやってるんじゃないのかって思うぐらいに彼は硬直し、ユウカ妹のほうを見てる。ユウカ妹もさすがはコミュ障と言うべきか、じっと彼のほうを見つめている。やぁ、待った?とか何か話せよお前等っていう…。
「ここからじゃ二人が何を話してるのかわかんないね」
とナノカが言うと、
「こういう時の為にマイクを装着してるのよ」
などと言い、バッグの中から携帯ラジオ大のスピーカーみたいなのを取り出す。まさかそこまでしてるとは…。
スピーカーからは二人の会話が流れるわけか。
ユウカが電源を入れる。
風の音。
「ユウカっち、これ壊れてるんじゃないのォ?」
「そんなわけないじゃない…」
すかさず俺は言う。
「いやいやいや、壊れてない!!壊れてないよォ!!!二人がずっと会話せずに睨み合ってるから風の音しか入らないんだよォォ!!!」
「うわぁぁぁぁあぁぁぁ!!」
と、俺とナノカが大騒ぎするなか、ユウカは「ちょっと説教してくるわ」とか言いながら立ち上がって2人が居るところまで歩いて行こうとする。
…のを俺とナノカが止める。
「とりあえずちょっと様子を見ようよ!」
「何分様子をみるのよ!固まって動かない状態で既に3分よ!」
そう。
3分である。
3分もの間、3人のうーうー唸って横たわっている男達の中に二人が見つめ合って立っているのだ。この光景を何かで例えるのなら、「お前が噂に聞くユウカ妹か…俺の可愛い部下3人をこんな目に会わせて、タダで済むとでも思ってるのか?」「…」「それがお前の返事か…いいだろう、俺が相手をしてやろう」っていう少年チャンプにあるような1シーンだ。
と、その時。
ようやく風の音ばかり聞こえてたスピーカーから人の声が聞こえる。
『あの、早見さんですか…?』
震える声はどうやら彼さんのほうだ。
『は、はい』
同じく震える声でユウカ妹が返す。
ため息をつく俺とナノカとユウカ。
『その、全然めちゃくちゃ可愛くて、気づきませんでした、いや、普段からめちゃくちゃ可愛いんですけど、今日は一段と可愛いです』
と最初っからベタ褒めである。
まんざらでもないようでユウカ妹は顔を赤くして無言で頷く。
そして二人は海浜公園へと続いている商店街(おみやげ物売り場)の間を歩いて行く。どうやらデートスポット的には定番な海浜公園に向かうらしい。
「なんか良い感じじゃん?!」
と期待に胸を膨らませているナノカ。
俺も遠目で二人が並んでいる様子を見ているのだが、彼くんのほうは震える手でなんとかしてユウカ妹と手を繋ごうとしてるのだが、キモっ玉小さいのか手を握れないでいる。見ていてイライラするぐらいにその手はウロウロと空を彷徨う。
でも、俺も人の事は言えないかもしれないな。初デートで男の身体だったとしたら、こんな感じになってたのかもなぁ…。
俺の初デートは女の子になってからだから…。
「キミカっちどうしたの?髪を掻きむしって…行くよ?」
「ちょっと人生に絶望してたァ(白目」
「悩めよ乙女!」
乙女じゃない…乙女じゃないんだよォ…。
俺達は救急車の鳴り響くサイレンの音を背にしてユウカ妹と彼くんの後を追っていった。振り返ると駅前でうーうー唸っていた男達をタンカで運んでいく救急隊員達の姿があった。