148 七つの家 2

工事関係者によって雑草を取り除かれた道を歩く。
そこはかつて家があり、門があり、玄関までの石畳があり、そして玄関があった。今は石畳を邪魔と避けるように雑草や苔が埋め尽くされて、わずかにその証拠が残るのみだ。
カビ臭い匂いが立ち込めている廊下。
見れば屋内の廊下にも雑草が生えている。どこからか水が流れ込んでいるのだろうか、薄暗い森を思わせる。それよりもびっくりしたのは、それらの雑草や苔が生えている下にはまるでつい最近まで生活していたかのような日用品が転がっているところだった。
ギシギシと何か音が聞こえる。
おそらくさっきのスーツ組の関係者の方々が家の2階を回っているんだろう。
「噂どうりの場所だ…」
持ってきたペンライトがまさに今役に立ったらしい。
それほどに薄暗い屋内をケンジのペンライトが照らす。そして、それらは点々と日用品の一つ一つを照らしている。ケンジも気づいている、この不自然な廃墟に。
「普通、引越しをする時って片付けて行くよね…」
俺は恐る恐るケンジに聞いてみる。
「…ほら、テーブルの上に料理が並んでいる」とライトはキッチンの側にある小さなテーブルの上を照らす。あぁ、そういえば、そう見えなくもない…けれど、もう雑草がそこにも生えてる。
ここって、何かのタイミングで屋根が思いっきり落ちたんじゃないのか?雨水は屋根の存在を無視して雪崩れ込んでくるイメージが沸いてるんだけれど…。
「ここってどうして7つの家だなんて呼ばれるようになったの?」
「なんだ。君はそれも知らないで来たのか」
拍子抜けしたような顔で俺を見るケンジ。いや、実際拍子抜けしていた。
ため息をついてからケンジは語りだす。
その間も、ずっとペンライトは様々な日用品らを照らしている。
「ここには7家族ほど住んでいた。ある日、何者かが全員を虐殺した」
俺は生唾を飲み込もうとした。
だが、喉はカラッカラに乾いていた。
ケンジは仏壇の中をバチ当たりにも引っ掻き回して、何か探しているようだ。しかし見つからないのか「チッ」と舌打ちして別の場所を探る。
「数日後、会社に来ない事に気付いた同僚がやってくると…そこには虐殺された一家の遺体が転がっていた。ありがちな都市伝説だろ?」
「う、うん…。虐殺されたのなら、なぜ生活感が残っているのかもわかる気がする…引越しなんてしてなかったんだね」
「今から随分と前の話だから新聞に記録が残っているのかも分からないけれど、当時はまだまだ光市も下松市も住民を呼びこもうと必死だったからね。そんな中で起きた虐殺…当然だけど地元の新聞社だけに話が伝わるようにと報道規制が起きた、って僕は睨んでいるよ。7つの家族が一夜にして全員殺されたなんて、世界レベルの話題じゃないか?どしてそれが新聞にも乗らず、都市伝説だけで語り継がれているのか?変だとは思わないかい?」
「一つは、本当に都市伝説なのか、そして、報道規制がされたか」
「そう。僕は後者だと思うね…ん?暑いかい?」
ん?
別に暑くはないけれど…寒いぐらいだし。
いや、寒いな。
俺は腕を額にそっと当てて汗があるのを確認した。
「寒いけど、汗掻いてる…」
「確かに寒気は感じるね…いや、湿気が多いのかな、ここは?」
湿気か。
そういえばさっきから何かの音が気になっていた。お風呂場からなのか水が垂れ流しになっているような音だ。人の居ないはずの家で、しかも屋根なんて隕石でも落ちてきたかのようにオープンになっているのに水道は出しっぱなし?
「行ってみよう」
ケンジは廊下の奥へと進む。
位置的にはもう完全に太陽の影に入って真っ暗になりそうだ。普通、家はどの位置に太陽がきても陽が差しこむよう設計するものだけれど…どうしてこうまで暗いのか?…そして、このカビ臭い匂い…。
「うわぁ…」
目の前に広がっているのは土砂だ。
土砂崩れが起きたのか、壁は土で完全に崩されて、木々も家の中へと侵入している。そして、そこに小川が流れているのだ。
「この音だな」
「うん…」
辛うじて小川の部分には陽の光が差し込んでいる。
「酷くぶっ壊れてるな…」
そう言ってケンジは土砂によって壊れた家の壁を見ていた。ベニヤよりかは分厚いその壁は断熱材がはみ出しており、その上に苔やら雑草が生えていた。裂けたベニヤっぽい壁は空に向かってナイフの様に突き出ている。
きっとこれは工事関係者によって全部撤去されるだろうな。
更地になった後にまた家を建てるのか?
その時だった。
「うわッ!!」
その声が聞こえたのだ。
一瞬だった。
それは2階から聞こえた声だ。
その声は1階まで素早く移動して、そして声の主は俺達の目の前で今しがた俺が見ていた鋭く尖ったベニヤのような板に跨がった…様に見えた。
俺は動体視力がいいのかしらないがそれがスローで見えてしまった。
スローで、人間が真っ二つに裂けるのを見てしまった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「わぁぁぁっ!!!」
俺もケンジも叫んだ。
スーツ組の1人だ。
年齢は30歳ぐらいか、そのスーツ姿の男は板の上に跨るように落下して、そのまま心臓がある位置まで真っ二つに裂けた。言うまでもなく、臓物がズルズルと地面に流れ落ちていく。それでも男はまだ意識があるのか、それとも筋肉に僅かな電気信号が流れているのか、痙攣している。
「救急車を!!早く!!」
2階の方から叫んでいる。
救急車って、身体が真っ二つに裂けてるんだぞ?
この状態からどうやって…。それはあくまで礼儀のようなものなのか、助からないとわかっていてもとりあえず救急車だと叫んでいればいいという。
慌てふためく2階をよそにして、目の前の真っ二つに裂けた男の痙攣は暫くすると止まり、片方の足だけがゆっくりと上下に動いた後、完全に止まった。
「救急車…」
ボソリとケンジも呟いた。