148 七つの家 1

山口市駅から光市駅、そしてそれを通りすぎて岩田駅へ到着する。
特に観光スポットがあるわけでもないのに心霊スポットまで行くのに何ら交通的な不便を感じさせないのは入念な下調べをオカ研の会長がやっているからだ。
住んでる場所が首都認定されてるから交通機関は発展しててバスとかも10分間隔でくるんだけど、少し山奥に入ると交通機関の充填率は大きくバランスを揺らがせる。酷いところだと半日に1本のバスとかザラである。
うちの会長はそんな酷い山奥がある光市に一気通貫で心霊スポット行きのバスを見つけ出していたのだ。なんら待ち時間は無く、あっちゅうまに県道の片隅に放り出された俺達。ここからは歩きか。
空は曇っている。
春の天気は秋の天気と同じ、とても変わりやすい。さっきだって晴れてたのにパラパラと冷たい雨が降り注いでいた。身体を冷やす程度には降ってはいないからまだ大丈夫ではあるけれども。
カーブを描いた県道には時々農業用のトラクターとドロイドがセットで移動している程度で車は道路の整備費用が勿体無いんじゃないのかっていうぐらいに行き来していない。
田舎の市境の独特の雰囲気がそこにある。
こんなクソみたいな山の中に突然現れる目立つ建物は大抵はラブホテルだと相場は決まっている。街では人目があって悪さのできないおっさん連中はこういう辺鄙な場所にあるラブホを利用してオネェちゃんを呼びセックスに勤しむのだ。そして、案の定だが、カーブを描いた先にある目立つ屋根の建物はそういう類のものだったようだ。過去形なのは近づいたらそれは廃墟であることを確認したからだ。
「まさか7つの家ってこのラブホの事じゃないよね?」
俺は冗談半分にそう聞いてみる。
知らない人がこの場所を見て7つの家と言ってしまうのは仕方ない気がする。何故なら門の奥へ続く道の先に、7つぐらい同じ形の家が並んでいるからだ。ま、言うまでもなくラブホの中にある家なわけで、田舎だからちょっと豪華なのだ。ちなみに入り口には『満』と『空』というランプが飾ってある。
「いや、このラブホは目印として使われるものだよ。今は産業廃棄物置き場になってる。この奥に小さな小道があって、その先が7つの家だよ」
あぁ、やっぱりそうか。
ラブホの敷地手前に来た所で山の奥へと続く小道がひとつあるのを見つけた。車が入れるかどうか微妙な広さである…俺がもしここに家を持ったとしたらこれは非常に危険な出入り口と言わざる得ない。
車を運転したことがないから詳しくはわからないけれども、カーブを描いている県道の真っ最中に小道があって、県道側の車の運転手であれば突然脇道から出てきた車とゴッチンコする可能性があるし、脇道側の運転手からするならカーブを描いている見通しの悪い道路で車が来たかどうか判断が難しい。
これは立地が悪い、嫌な場所に住宅地があるんだなぁ。
と、脇道が見えたところでケンジは舌打ちをした。
「どしたの?あ…」
と俺が言う。
キリカも何故ケンジが舌打ちをしたのかわかった。
あぁ『先客』が着てるわ。
しかも俺達と同じ心霊スポット巡りならまだ目的として合っているからいいものの、どうやら工事車両っぽいトラックが停まっているのだ。
「まいったな…せっかくここまで来たのに」
急ぎ足で7つの家入り口に向かう俺達。
そして強引にも工事車両の脇を通って中へと入っていく。
噂に名高い7つの家、そこは本当に7つの家が切り開いた山の中に造られていた。錆びた看板には『分譲地』と書かれている形跡があるけれど、殆どはペンキが剥がれて見えない。値段のところなんて廃墟にありがちな事だけど、哀れにも落書きが上から書き足してて『一兆円』とか書いてある。
こんな山奥で一兆円なら物好きな金持ちでも買わないだろう。
家々は侵入者をまるで巨人が見下ろすかのように、中央の広場を囲むように建てられている。しかし背の高い雑草がその脇にところ狭しと生えて侵入を拒む。草刈機が転がっており、今しがた工事関係者の誰かが雑草を取り除いたようだ。
草の乾いた香りが漂っている。
しかし、あれだけ強く吹いていた春一番はまるでこの空間にはバリアでも張られているかのように止んでいる。
興ざめ…でもまぁ、俺的にはよかったかな。こんなクソ物さみしげな場所に3人で入っていって恐怖体験するよりか、工事関係者が居るなかで歩きまわったほうがいい。何か起きても人数が多いと安心度マシマシ。
訝しげな表情で俺達の姿を見ている工事関係者の金髪の兄ちゃん。手に持っている草刈機をトラックに積みながらも時々睨んでいる。あぁ、そうか、睨んでいるっていうより「お、可愛い女の子が何してんの?」って表情だ。
幸いにもこの土地は誰かの所有と決まっているわけでは無さそうで、俺達が廃墟を行き来してても工事のおっさんやら兄さんやらは文句ひとつ言わない。
ん?
工事をしにきたんじゃないのか。
下見って奴なのか?
スーツ姿の連中もチラホラ。作業着姿のおっさんはリーダーっぽい男で腕章には『責任者』って赤ラベルが書いてある。何の責任者なのかは置いといて、彼はこの廃墟をスーツ組に説明してまわっているようだ。
「しかたない。最低の心霊スポット巡りになってしまうけれど、家に入るか」
ケンジはそう言いながらも工事関係者の1人である金髪の兄ちゃんにガンを飛ばしながら進んでいく。美少女2名を引き連れて歩いてきたウチの会長、そりゃガン飛ばされるのもわかる気がするけれど、高校生が社会人にガン飛ばし返すなっていう。喧嘩にならないか心配しながら俺は進まなければならない…。
あれ?
「キリカ、行かないの?」
キリカは首を横に振って、
「私はここで待つ」
そう言った。
「なんだよ、怖いのォ?」
俺は引きつった笑顔でキリカの脇腹に軽く肘で突く。
キリカは少し苦しそうな顔をして眼帯をしているほうの目を手で抑え、
「私の蛇王心眼がアカシック・レコードの痕跡を検知した…ここは危険だとサイレンを鳴らしている…」
「ちょっ、こんなに人が居るんだから大丈夫だってば」
しかしキリカは表情は崩さない。
俺に向かって、
「『こんなに人が居るんだから』今、危険になった…彼らは怒っている…」
そう震えた声で言う。
中二病臭いセリフだからと安心していたけれど、どうやらマジで怖がっているようだ。一体何が見えるのか、いや、待て。また見てしまうのは怖い。それは後でゆっくりと聞くことにしようじゃないか。
「早く行くよ?何をしてるんだい、君達は」
既にケンジは7つの家の一つに入っていてこちらに向かって手を振っている。
「キリカは行かないって」
俺はそれに返す。
ケンジはそれを聞いて今日始めてあの不気味な笑顔を見せた。
興奮しながら彼は、
「そうか!キリカ君が入りたがらないほどにここは霊力に満ち溢れているのか!がぜんやる気になってきたぞ!!さぁ!行こうかキミカ君!黄泉の果てに!」
黄泉の果てって、死んでどうするんだよ。
三途の川超えてんじゃんかよ。