147 オカ研へのいざない 7

遥か昔から山口大学前には学生達が消費をするということで人が集まり、巨大なショッピング街が出来上がっていった。
オープンテラスメインの喫茶店のテーブル席を陣取って軽い昼食を取る俺達。一番年上のイサゴが奢ってくれた。
俺が注文したのはパサパサしたフランスパンの中にタップリと照り焼きソースにつけた鶏肉やサラダ、ピリカラのマヨネーズが挟んであるイタリアンなミラノサンドだ。そして飲み物には少し季節としては早いけれどもアイスコーヒー(アイスクリーム入り)。甘党の俺にはこれでもまだ辛いぐらいだから、粉末砂糖を瓶ごと取ってコーヒーにかき混ぜながら投入する。
片方の手でカチャカチャとアイスコーヒーのコップ内をかき混ぜながらミラノサンドをムシャムシャとむしゃぶりつく。
そんな甘党の俺からすると正気の沙汰とは思えないようなブラックコーヒーを注文して喉に流し込むのはイサゴだ。ケンジに向かって言う。
「どうして山口市に心霊スポットが集中しているのか、そのヒントとなるのが山口大学だよ、少年。大学生は常に知識に飢えている。特にこういったオカルトな知識は暇を持て余すのに最適だからね。ちょっと酒が入ってどこかへスリルを味わいたい、だけれどそう簡単にスリルが味わえる場所なんてあるわけがない。だったら自分達で作ってしまおう、それが真理さ。学生寮が建て替えの為に移動を迫られた時なんて、古くからある寮を捨てるのは気持ちの整理が追いつかないと学生達は反発したが、教師達は『幽霊が出るから建て替えを行う』という噂を流す事で強制的に気持ちの整理をさせたのは記憶に新しい…」
「せっかく山口まで足を運んだのに、とんだくたびれ儲けになってしまったわけか…でも全てが噂だけで彩られた嘘心霊スポットというわけではなくて、本当の意味での場所も中に含まれているわけですよね?」
「そりゃもちろん。21世紀の森なんてのは過去の新聞を調べれば焼身自殺の事件についても、幽霊が出たことについても出てくるしね」
って、あんたそれを知ってて休憩所として使ってたのかよ!!
なんて危ない奴なんだ!!
「今から山口市内の心霊スポットを周回しようと思ってたのに…中には本当にただの噂の場所もあるってことか、しくじったな」
ケンジは悔しそうにこれまた彼の師匠と同じブラックのコーヒーを飲む。
「まぁそう腐るな。映画でもそうだけれど、たて続きに色々と見るのは身体に毒だし感動も薄まるっていうじゃないか。私は一日に見ていい映画は1つまでだと決めてるのさ。じっくりと感動を味わって、頭のなかで何度も妄想を膨らませて、また次の映画に備える。感情にも休憩が必要だからね。そうだ!一つだけ確定的に心霊スポットな場所を紹介してやろう!」
活き活きした目でイサゴは弟子であるケンジに言う。
「どこですか?それは」
「ちょっと遠いけどなぁ、ほら、光市にある『7つの家』」
ケンジはおもむろに地図を取り出すと光市の場所を探す。
確かに心霊スポットが集中している山口市とは異なって突然ぽつんと現れる場所だ。しかも随分と山の中にある…集落がここにあるのか?
「噂に名高い7つの家ですか…ここだけ巡っても時間が余るかなぁなんて思ってたんですけれど、師匠がそう言われるのなら言ってみましょう。時間的にも行って帰るぐらいはちょうどありそうですし」
「少年ン!気をつけろよ?いつものアレを持っていったほうがいいんじゃないか?」とイサゴはニヤニヤしながら首吊りロープのジェスチャーをする。いつものアレって樹海で手に入れたというアレか…。
「勿体無くて使えませんよ」
とジト目で師匠を睨むケンジ。
自殺者がクビに巻いていたロープの何が勿体無いんだか…。人の皮脂がついてるんだぞ。俺だったら焼却して手足にめいいっぱい塩を振りまいておくよ。
そんな話を二人でしている、その様子をキリカはじっと見つめていた。どうやら山口県の地図を見ているっぽい。
「何か思うところがあるの?」と俺はパフェに長いスプーンをツッコんだまま固まっているキリカの腕を肘でツンと突く。
まるでそれがスイッチになったかのように、キリカはパフェを食べるのを開始する。しかし、どこか思うところがまだあるのだろうか、
「なんとなく、嫌な感じ」
と地図を見ていった。
嫌な感じ…。
それはやはり霊感的な意味での嫌な感じだろうか?
今までの心霊スポットも俺にとってみれば十分過ぎるほどに嫌な感じだったんだが、それすらを凌駕するほどの恐怖が待ち受けているのだろうか…正直既に1週間分の恐怖に対向するためのHPを使い果たした感があるのに。
突然冷たい風が吹いた。
春特有の強い風で、わずかだが悲鳴のようなものも学生達の間から溢れた。
「じゃ、私は午後の授業があるから!」
そう言ってイサゴは席を立つ。
彼女が俺達の前から消えてから、ケンジは彼がいましがた飲んでいたコーヒーをジット見つめて言う。
「ちょっと苦いな、これ…」
俺は既に注文したものを平らげて、ケンジも飲んでいたコーヒーはあと少し、で、残すところはキリカが食べているパフェ。それを食べ終わったら午後の探索に光市に向けて出発しようかという雰囲気の時だ。
(イサゴはお昼休み、本来なら教授のところに居なければならなかった)
突然俺の頭の中にキリカの声が響いた。
電脳通信ならぬ、テレパシーの能力である…ドロイドバスターの『アカシック・レコード』にある能力の一つだろうか。
教授のところに居なければ?
都合がついたから出かけたんじゃないのか?
(そう。突然都合がついた。いつものように心霊スポットにいけるよう、教授の用事はキャンセルされた)
まぁ、そういう偶然でしょ。
そこで俺達と遭遇したっていう。
(そう、偶然私達と出会った。そして偶然にも、彼女にとって貴重な休憩時間をキャンセルしてでも、7つの家を私達に紹介した)
俺はゆっくりとキリカのほうを見る。
彼女はいましがたスプーンで掬い取ったパフェのチョコの部分を口に放り込む瞬間だった。そのまま口に放り込み、俺を見てから、
「このチョコ、少し苦い」
そう言った。
再び強い風。
春風っていう奴か。
今度は店のショーウィンドウ横に立てかけてあった看板がひっくり返ってそのまま近くのテーブル直撃した。テーブルの上にあったコーヒーカップが地面に投げ出されて粉々に割れる。そして、その音や悲鳴を聞きつけた店員が慌ててテラスへと出てきて「大丈夫ですか?!」と片付けをしている。
胸騒ぎ…がする。
俺の背中から首筋にかけて、ゾクゾクとした感覚が伝わる。
風が強いからちょっと身体が冷えただけだ。
多分。