2 キミカ出動(リメイク) 3

俺の指の中に現れたその球体は一瞬で俺をも包みこむ巨大な空間となった。
身体全体を冷たいような感覚が襲う。
なんかちょっとSMチック?な際どくて露出の高く、ぽんぽんが丸見えになってるスーツ、それから口元すら覆い隠すぐらいの漆黒のマント。球体と同じく光を吸収するかのような黒い素材で出来てる。その後、ぱっと球体が吹き飛んだ。
気がつけばトイレは壁から便器から全部粉々に砕け散り、男2名が便器に顔を埋めて倒れている。衝撃波で吹き飛ばされたような感じだった。
『どうどう?どうどう?変身した?』
『うん、なんかエロイスーツだな』
『うひひひひひひ!!!!』
『これも趣味?』
『ふひぃぃ!「エロカワ」バンザイ!』
『…』
この萌豚がァ…。
『早く観てみたいぉ!飛び出てきて欲しいにゃん!』
とケイスケは言うものの…。
「飛び出るっつったって…」
俺は服が入っているバッグを手に持ってトイレを出ようと…。したんだけどなんか違和感がある。ん?足が地面についてない?なにこれ?
『う、浮かんでる!』
『ふひひ!変身したら浮かぶ事もできるんだぉ〜!』
『なんで?何が起きてるの?』
『半重力!』
『なんだかよくわかんないけど、すげーっ!』
自分の意志で移動出来るみたいだ。俺は宙を浮かんでみたり回転してみたりして無重力装置の感触を楽しんでいた。素晴らしい…。空を飛ぶのは人類永遠の夢なのだ。その権利が今、ただの高校生(男)だった俺に与えられた。女の子になっちゃったけどねェ…。
おっと、こんな事をしている場合ではないな。
敵を討たねばならぬ。
なんだか武器とかねーけどこれなら勝てそうな気がする。空を飛ぶっていうだけで十分な攻撃力ないかな?
そうそう、バッグバッグ。あの中に服が入ってるんだった。忘れるところだったよ。俺は個室のフックに掛かっているバックをとろうとした。そしたらとんでも無いことが起きた。
バッグも宙に浮いてる。
正確には俺の周囲のものは俺の意志で宙に浮かせる事が出来るみたいだ!
これはマジで面白いぞ!
浮いてるってことは…俺の意思でそれを引っ張ってきたり受けせたまま空を移動させたり自由にできるのだ。バッグを俺の手元まで浮かせて引っ張ってくる。
トイレの窓から外へとでた。
何故かって?
さすがにこの格好で店内を歩くのは…罰ゲーム以外の何物でもない。
だけれど、ケイスケの好みではあるけどこの戦闘服はいいセンスはしてる。エロカワと言ってもなかなかこういう格好が似合う女子はいないよ。それは俺のスタイルが良いからか、それともケイスケの戦闘服選びのセンスがいいからか…。
ま、ここに居てもしょうがない。
外に出て空を自由に飛び回ろうじゃないかァ!!
トイレの窓から店の外に脱出すると、街の通りの方で慌てふためく一人のデブが居たのが見えた。ケイスケだ。
それに駆け寄ってからまるで恋人同士の待ち合わせのごとく俺は、
「おまたっ」
と語尾にハートマークでも付きそうなぐらいに可愛らしい声で言う。
が、ケイスケはそれどころではないと言った様子で顔を真赤にしてから、
「おまたじゃないですォ!!!」
と叫んだ。
「ん?人が居ないな」
さっきまで通りにはたくさんの人が居たのに今は全然居ない。カフェの中の客も店員も居ない。何があった?
「ここにも避難指示が出たにぃ!!…わ、悪いけど、ぼ、ボクチンも避難する!!それではご武運を祈っていますぉぉ!!!」
「なんーだ。せっかく変身したのに。んじゃ俺も避難しy」
「ダメダメダメ!キミカちゃんは残って戦うのォ!」
その瞬間だった。通りの向こう。突き当たりの信号のところを中心に爆風が起きた。周囲の建物のガラス窓が衝撃で吹き飛ぶ。その衝撃音の中から明らかに爆風とは違う音がする。機械音。それは爆風の中心にありながら全く衰えることなく規則正しく響いている。
「きたきたきたきたきたーーーーーー!!!に、逃げるゥ!」
ケイスケは車に乗ってエンジンを始動させる。
「あ、クッソ!卑怯者!」
「離れた場所からキミカちゃんに指示を送るから安心して欲しいにゃん!」
「電波が届かないところまで離れるんじゃねーぞォ!」
もくもくと立ち上がる煙の中からバンッ!と射出音がした。その瞬間、その煙は両サイドに消える。中から本体が姿を表した。4本足のカニのような姿をした『多脚戦車』と呼ばれる兵器だ。
射出音はその多脚戦車タイプのドロイドらしきものと対抗している警察のドロイドに向けて放たれた戦車砲だった。
一列に並んだ警察の蜘蛛タイプのドロイドの端っこのが木っ端微塵に壊れて爆風でビルが吹き飛んだ。貫通したのだ。戦車砲が貫通して背後のビルで爆発した。
ドロイドを攻撃していた警察の機動隊は一斉に後ろに下がり始める。
その時だ。
俺の頭上をパラパラとヘリの音がする。
てっきり戦車に攻撃でも仕掛けるのだと思って俺は少し期待の気持ちを込めて空を見上げると…そこにはお腹の部分に『朝曰(あさいわく)』と書かれている…マスコミのヘリだった。
よくまぁこんな近距離で戦車を撮ろうって思うなぁ…。
なんて思っていたら、機動隊の連中はヘリに向かって手を振っているのだ。それは決して「俺達を映してェ!頑張ってる俺達を映してェ!」って意味じゃない。それは俺でもわかる。
「逃げろ」と言ってるのだ。
そして、一瞬だった。
機動隊と対峙していた戦車はそのバルカン砲の向きを空へ合わせ、そしてバララララララララララララという発射音と共にマスコミのヘリを攻撃したのだ。
凍りつく空気。
煙と埃と火薬の臭い。
リアルの戦場がそこにある。
ゲームの中では味わうことのできない場所…。
俺は目の前に降ってくるヘリの残骸や、乗っていたマスコミのカメラマン、レポーター達の肉片を見ながら、今、居てはならない場所にいるんじゃないのか、とそんな疑問が頭を過ぎった。
身体中の神経が逃げろと俺に教えている。
再び多脚戦車周辺の埃が衝撃波で吹き飛ぶ。
(ガガガガガガガガガガガガガガガ)
俺がFPS(ファースト・パーソン・シューティング)ゲームでも体感していた対戦車戦闘と同じ音が聞こえる。いや、それよりも凄まじい。音は音だけでなく、地響きや肌へ触れる空気の揺れとなって俺に襲い掛かってくる。
俺の周囲が吹き飛んだ。
戦争映画では機銃掃射は兵士の身体に直径0.5センチぐらいの穴が開いてそこから血が噴き出るが、そんなレベルじゃない。俺の目の前に生えていた樹木などは幹が一瞬で白い『埃』と化した。埃だ。鉄は粉々に砕け、道路も土埃と化す。人間なら一瞬で真っ赤な水蒸気に変わるだろう。
空気すらも衝撃波で吹き飛ぶ。空気が衝撃波で吹き飛んだら呼吸も出来ない。音は空気を伝わってくるから音までも吹き飛んで周囲が一瞬だけ無音になる。
そして目の前が真っ白になりそうになる。
身体が今の環境を受け付けないのだ。
駄目だ。
死ぬ。
俺は息をせずに走った。
走って、走って、さきほど出てきた喫茶店に逃げ込んだ。
窓ガラスが一気に真っ白になったかと思うと店内にガラスのシャワー。
「ムリムリムリムリムリ!!無理に決まってんだろ!!目の前の障害物消えちゃったじゃんよ!!どうやってアレに攻撃しろっていうんだァ?!」
叫んでいた。
叫ばずにはいられない。
それから俺はゆっくりと喫茶店の入り口のドアから顔を覗かせて、先ほどの多脚戦車の様子を伺う。
元気に動いてる。
街中を闊歩してる。
警察のドロイドの大きさが全長で3メートルぐらい。で、この多脚戦車タイプのドロイドらしきものは全長10メートルぐらい。FPSゲームで言えば背景や障害物レベルだ。辛うじて倒せたとしてもボスレベル。決して人が正面から向かっていくものじゃない。あえて攻撃するのなら近い距離からRPGと呼ばれるロケット砲や、グングニルと呼ばれる地対空小型ミサイルを放つぐらいだろう。
対して俺の持っている武器は…。
何も持ってねぇよ!!なぁぁんにも持ってねぇよ!!!!