2 キミカ出動(リメイク) 2

失礼だとは思いつつも。
茶店に入ってからまっすぐにトイレへと向かった。
店員のいらっしゃいませぇって声が虚しく響く。
店内には客がちらほら、のんびりとコーヒーを飲んだりしてるけれど…、大丈夫なのかな?ちょっと向こうの区画ではドロイドが暴れてるはずなのだけど。
トイレに入る。
それから個室へと入って俺は服をひとつひとつ脱いでいって…。
って、一体、俺は何をしているんだ?
なんでトイレで全裸にならなきゃいけないんだ?
っていうか、俺、今、間違って男子トイレのほうに入っちゃったし。
なんだか情けなくて涙が出そうになってくる。
『変身は終わりましたかぉ?』
ウワッ!
びっくりしたぁ。
個室のトイレをケイスケに覗かれてるのかと思ったよ。
突然頭の中に声が響いたのだ。
…なるほど、これって通信機能だったのか。以前からテレビでもやってた『電脳通信』って奴なのかもしれない。もしかして、電脳化されちゃったのか?だとしたら俺は女になってから唯一幸せになれる機能を1つ手に入れた事になるぞ?
電脳化なんてちょっとお金持ちの家じゃないと出来ないからなー。
『今、服を脱ぎかけてるところォ』
と返信する。
俺はブラウスのボタンを外してブラを外そうとした。
その時、ふと思ったことがある。
ここまで来てこれに気づくというのもアレなんだけども。
『あのさ』
『んぉ?』
『変身する時ってどうやって変身するの?変身!って叫ぶとか?』
『決められたセリフと共に胸の前で手の指で四角を作ってくるりと回すんだよ。ふひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ』
と怪しげな声が俺の頭の中に響く。
『決められたセリフゥ?』
『えっと、今から言うにゃん』
『…うん』
今まで外にいたのだろうか。
デブは車を開けて中に入ったみたいだ。
音質がちょっと変わったから解った。
っていうか、まさか言うのが恥ずかしいセリフだから車の中に入ったんじゃないだろうな?存在すら恥ずかしいアニオタデブ野郎のケイスケが恥ずかしがるようなとんでもないクソセリフを俺に言わせるのか??!!
『私の心、アンロック!!』
『ん?』
『私の心、アンロック!!』
『いきなり叫ぶなよ、なんだよ…』
何を言い出すのだと思ったらデブ(けいすけ)はアニメの見過ぎのようだな。アニメを見過ぎるとアニメの中のセリフがリアルの会話に突然出てきたりするからな。危ない危ない、あんなのに近づいいちゃダメだなぁ。
『えっと…これがセリフなんだけど…』
おいおいおいおいおいおいおい!!!!
『え?マジでェ!?』
『マジマジ』
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!!
『いい大人が…心とかアンロックとか全然変身に関係ねーじゃん。よくそんな中2病患者も真っ青なセリフを考えつくな。お前そのセリフを両親の前で言えるのかよ。言えるのならまだ分かるけどさ。どうしてアニオタってそういう恥ずかしいことが普通にできちゃうんだ?ってか、それがアニオタの才能みたいなもんなのか。いらねー…そんな才能』
『はぁはぁ…』
『おーい』
『き、キミカちゃんの可愛い声に罵られるのもまた快感だよ…。でもそれセリフだからァ!やらないと変身できないからァ!』
『…クッソ…』
ケイスケのドヤ顔が脳裏に浮かんでくる。
「えっと、私の…心…アンロック…だったっけ」
『もっと大きな声で言わないと!あとちゃんと胸のあたりで指を四角にして回転させながら!!!これで視聴率が5%ぐらい上がってるらしいんだから!』
『わかってるよ!ったく…』
…何が『私の心アンロック』だよ、殺すぞ。
俺は胸のあたりで指で四角を作る。これが一体何の意味があるんだ。
ヒーローの変身セリフもモーションも特に深い意味なんてなくてカッコ良かったりすりゃあそれでいいんだけどね。改めて考えると本当に恥ずかしい事を平気でやるよなぁ、ヒーローって。あぁはなりたくないな。
今度は四角を作ってそれを回転させながら、
「私の心、アンロック…」
しーん。
「んんん?」
『おい、おいおいおい!!壊れてるんじゃん!!!』
『たぶん…声が小さい…』
『声が小さいとか体育会系かよ!小さくてもちゃんと相手に聞こえたらそれでいいんだよ!大きけりゃいいってわけじゃねーじゃん!そういう事を言う奴に限って長時間残業してたら凄い奴とか思い込んでるんだよ!優れた才能が無い奴はそうやって努力してますよってアピールするぐらいしか出来ないんだよ!』
『もうちょっと大きな声にしないとシステムが反応しない…』
『…』
…。
「はぁ…」
ため息がでたよ。
と、その時だった。
「ん?誰かいる?」
俺は身体が一気に硬直するのが自分でも解った。全神経が研ぎ澄まされてトイレの中にいる誰かに集中する。
男子トイレだから男が入ってくるわけだ。
別にそれ自体は不思議なことじゃない。
何が不思議かって、そりゃ君ィ、その男子トイレの中で素っ裸の女子(おれ)が『私の心が』どうとか精神異常者も真っ青のセリフをブツブツ言ってるわけだ。
反応しないわけがないだろォ?!
「え?どしたの?」
二人いるのかよ?!
「いやなんかさ、女の声が聞こえた」
「え?マジで?俺トイレ間違え、てないか。小便器があるしな」
「間違えてるのはその女のほうだろ」
「だよな」
「おーいお嬢さん、ここは男子トイレですよ?」
うるせーよ!
わかってるよ!
俺は姿は女だけど中身男だから間違ってトイレに入っちゃったんだよ!
それぐらい察しろ!
俺は無言でその場をやり過ごす事に…。
「こんこんこん、お嬢さん〜ここは男子トイレだよ〜」
しつこい!!!
「痴漢じゃねーの?」
痴漢はてめーらだろうが!
「痴女か!やっべぇ!興奮してきたぞ」
「開けようぜ!全裸かもしれねーし!」
やべぇ!
全裸だよ!俺。
なんて感が鋭いんだよコイツ!!
男2名はトイレの扉をガチャガチャと開こうとする。
でも鍵が閉まっていて開かない(もちろんか)のを知ってか、今度はジャンプして上から覗いてやろうとしてきやがる。
やばい…。
キミカ始まって以来のピンチだぞ!!!!
この野郎どもマジでブッ殺したい!!
まだ戦車のほうがまともな敵じゃねーか!!
俺は連中がジャンプしても見えない位置(扉の真下)にピッタリと身体をくっつけ…素っ裸の身体をくっつけて必死に隠れていた。
「みえた?」
「だめ、たわねぇ。ちょっとお前肩車して」
うおおおおおお!
やめろおおおおお!
もうこうなったら…。
「私の心、アンロック!!!!」
言われたとおりに胸の前で指で作った四角を回転させながら叫んだ。
一瞬、その指の四角の中に黒いものが、まるでそれは光を全て吸収するかのような、完全な漆黒の球体…それが現れたんだ。