146 怒涛のマスカレーダー 29

朝になっていた。
ネット上では「会社があるから〜学校があるから〜…寝ます」というコメントが続いている。が、既に騒ぎが始まった時から臨時国会が開かれており、警視庁のお偉いさんが呼び出されて質問攻めにされている。
国会では政治家は政治的なサポートをするが決定権は国民にあるため、その時間にたまたま起きていた国民1人1人が判断を下す。寝ているなか叩き起こされた警視庁のお偉いさん達は代わる代わるで質問に答えていたが、それらは兵庫県警の不祥事については知らぬ存ぜぬ、そして朝鮮人による乗っ取りについては事実無根だと主張している。ネットに転がっている数々の証拠を取り上げた保守系議員のお陰でそれらの嘘が全部バレて冷や汗を掻いているようだ。
まさに寝耳に水という状態。
寝起きで身体の調子が悪い時に極度な緊張状態になっているためか、お偉いさん達はもう今にもぶっ倒れてしまいそうに、いや、結局2人ぶっ倒れた。
兵庫県警はその機能を完全に封鎖するよう、法的な処置が決定される。
中央軍が神戸の港に強襲艦を寄越して、未だに俺やゆーすけ、坂本弁護士がいる倉庫の周囲に集まっていた県警機動隊を制圧した。
かくして、今回の事件は終わりを告げる…。
俺達は病院に居た。
坂本弁護士は救急車で市内の病院へと運ばれたのだ。
俺もゆーすけも、何故かネット右翼のコントロールしている処刑人のアンドロイドも同席した。
まだ意識の戻らない坂本の手を握ってゆーすけは泣いていた。
「俺を庇って…撃たれたんだ…」
そう言って泣いていた。
処刑人の視界を通してネットでもその様子が流れている。
無茶しやがって
今北産業
坂本弁護士が警察に撃たれた>
<おはようございます>
<↑おはー!>
<おいマジかよ>
<俺には祈ることしか出来ない、すまない>
<絶対に助かってほしい、こんな終わりかたってないよ>
<挨拶してる場合じゃないだろ、おはようございます>
「助かるのか?」
突然処刑人のアンドロイドが救急隊員にそう聞いた。
「わかりません」
そう答えられた。
病院に到着する。
そこにはチャンネル椿のスタッフやエルナもいる。
チナツさんも何故かそこにいた。
坂本弁護士は緊急手術が行われる事となった。
その手術室前に、俺やゆーすけ、チナツさん、エルナ、チャンネル椿のスタッフ、そして処刑人のアンドロイドが3体ほど来ている。
チャンネル椿はインタビューをしている。
こんな時に不謹慎だという声もあるけれども、そうは言いつつもみんなゆーすけのコメントを待っていた。
だが、ゆーすけは何も語らなかった。
まるで神にでも祈るように椅子に座って、両手を組んで、目を瞑っている。
しかしネットでは誰もそれを咎めるものは居なかった。
<ゆーすけ、祈ってるな…>
<俺達も祈ろうぜ>
<おはようございます〜>
<【速報】警視総監更迭>
<お前だけが頑張ってるんじゃないからな、心配すんな>
<みんな一緒だよ;;>
<↑挨拶してる場合じゃない>
<なんで泣いてんの?>
<バッドエンドはもう勘弁して欲しい>
<更迭ワロタww>
<祈ろう>
アンドロイドの視界にも、チャンネル椿のカメラにもゆーすけの祈る姿が映っている。
その時、チナツさんが俺に話しかけてきた。
電脳通信で。
『例の骨、調べたらどうやら元々、兵庫県警にいた刑事の1人だということがわかった。名前は、常磐和人(ときわかずと)。残された資料によれば門田家で起きた事件の捜査中に失踪したらしい』
『殺された…っていうことだよ』
『どこでそれを?』
『淀川が言ってた。「自分が殺した」って…。って、チナツさんも一度会って話してるじゃんか、ほら、あの若手の刑事の常磐だよ。あれが骨の持ち主』
『そういえばそんなのがいたな…俗にいう幽霊って奴か?』
『そうだよ、多分。っていうか、チナツさんにも幽霊が見えるんだね。てっきりアンドロイドには見えないのかと思ってたよ』
『私はアンドロイドではないのだが、何度も言うが…』
『あぁ、ごめんごめん外側だけアンドロイドだったね』
中身は人間で電脳の中に人格と記憶が転送されてるだけなんだっけ?
『それにしても、貴様はなぜこの事件を受け持つことになったのだ?警視庁のデータベースには貴様はテロ対策課という肩書きで登録されているようだが…』
『え?それはぁ…えっと、テロ対策課の刑事さんのミサカって人が、』
『貴様に応援を要請したのか?』
『そうそう』
『ミサカ…桂みさか…か。しかし奇妙だな…桂はこの案件とは関わってないようだが…。そもそも兵庫県警内で処理しようとしていた案件なので警視庁への要請がでて始めて貴様が参加したようになっていた。しかも本当なら貴様の代わりに鳥居と呼ばれている刑事が向かう事になっていたのだが、本当に本人から依頼が来たのか?』
「えーっと…あれ?なんかテロ対策課の人が、あれ?あれれ?」
俺は思わず電脳通信ではなく、声に出してしまった。
どうなってるんだ?確かに最初、テロ対策課の人から…あれれぇ?
「ふむ…どうやら、貴様の場合は『常磐』に呼ばれたんかも知れないな」
突然襲ってくる寒気。
常磐…。
幽霊の常磐…。
「ひぃぃぃいいぃぃぃぃぃ…!!!」
俺はエルナばりに恐怖に歪んだ声を漏らしてしまった。と、同時に口を塞いだ。やばいやばい。ここにはテレビ局の奴やらネット民も同席してるのを忘れてはならない。なんて言われるかわかったもんじゃない。
サイトのほうを見てみると、
<どうした?wwww>
<ドロイドバスター・キミカが突然叫んだぞw>
<なんなんだよwwwww>
<ワロタw>
<wwwwww>
ヤバイヤバイ…案の定、俺の態度が怪しまれてる。
その時だった。
手術中の表示が消えて、中から医者が出てくる。
心配そうに待っていた俺達に向かって、言う。
「手術は終わりました。大丈夫ですよ。命に別状はありません」
それを聞いてホッとしたよ。
みんな。
ゆーすけはホロホロと頬から涙を流していた。
その側ではチャンネル椿のカメラが張り付くようにゆーすけの表情を捉えていた。しかしゆーすけはそんなカメラなんて意識なぞせずに、
「よかった…本当によかった」
と言い、ただただ涙を流していた。
…。
終わった。
なんだかどっと疲れた出てきた。
最近ずーっとこの事件に縛られてたからな、しかもタダ働きだし…多分、俺の話を聞いたらテロ対策課の連中は誰一人として俺に電話なんて掛けてないっていうに決まってるよ…クッソォ…。
まぁ、いいか。
終わり良ければ全て良しって事か。
全てが終わって廊下を歩くゆーすけやチャンネル椿のスタッフや、処刑人のアンドロイド達。その姿が病院の窓ガラスに映る。
…。
…。
…。
…のだが、1人だけなんだか多いような気がした。
…いやいやいや…。
確実に多い。
多いぞ。
廊下に歩く人数と窓がラウに映った人数が違う。
廊下にはなくて窓ガラスに映った廊下にはいる者…。
常磐だ。
常磐は俺の方を振り向いた。
そして新人刑事のあの清々しい笑顔で俺に向かって敬礼をした。
俺は少し悔しい顔で、それでも無理に笑顔を作った。
そしてその敬礼に敬礼で答えた。