146 怒涛のマスカレーダー 28

もうドロイドの機動音は聞こえない。
つまり、倉庫の中には息を潜めている県警の刑事どもしかいない。
後は、坂本弁護士とゆーすけの2人だけだ。
「キミカさん」
突然暗闇の中から声がするから俺は心臓が止まりそうになった。
「ちょっ、びっくりさせないでよ!常磐じゃんか!」
目の前には常磐がいる。県警では唯一、年配刑事共と疎通をせずに熱心に門田の家について調べていた若手刑事だった。銃も持ってない様子、俺に敵意を抱いているわけじゃないのか。
「こんなところで何をしてるの?」
「人質を助けに来ました」
「1人で?勇気あるね…」
「淀川さんが人質を連れてコンテナの中に隠れています」
「どこ?」
「(コンテナの1つを指さす)」
常磐が指さしたコンテナは倉庫に積み上げられたコンテナの一番上にある。あんな高いところに隠れているのか。確かにあの位置からでは下から来た連中を狙撃するには十分だな。
と、その時だった。
「藤崎ィ!!居るんだろ?そこにぃ!」
コンテナの中から淀川の声が聞こえた。
「人質を放して。もう終わりだよアンタは!!」
「あぁ、もう終わりなようだ!最後の仕事でこの二人を殺して終わりにしようかと思っててなぁ〜!!ぁ?お前はどういう気分なんだ?警察組織をメッチャクチャにぶっ壊しといて!!お前ももう終わりじゃねぇのか?ぁぁ?!」
俺が本当に警視庁から来たのなら、俺は終わりかもしれないけどね(笑)
「こっちももう終わり。でも意見が合ったじゃん?あたしもアンタを殺してから終わりにしようと思ってるよ」
「お前はマジキチだよ。『マジキチ』あの栗原って奴もそうだ。自分の首もかけて俺達を本気で潰しに来るんだからな。想定外だったよ!!」
どうやら今まで警視庁からは何度か警告が来ていたらしい。相当に目の上のたんこぶだったんだろう。ただ、警視庁が本気で兵庫県警を潰しに来れば自分達が大炎上するのは火を見るよりも明らかだった。
だから今まで放置していたんだろう。
常磐は言う。
「身内の不祥事だから情報公開を躊躇うし、強く注意したら自分達がダメージを食らう可能性もある。腫れ物触れずにしてきたツケです。でも警視庁がもっとも想定外だと感じなければならないのは、県警の刑事や職員全員が朝鮮人に乗っ取られている事でしょう」
「しょ、職員も全員ンン?!」
「えぇ。そうです。朝鮮人による乗っ取りや成り済ましは彼等自信にとってもビジネスなんですよ。それをもっともやりやすくするのは法律に携わる人間に成りすますっていうこと。連中は戸籍の乗っ取りをもっと確実に、楽に、安全に行うために邪魔をしていた警察に目をつけました。人間でいうのなら侵入した細菌やウイルスが免疫機能を真っ先に攻撃するのと同じです。免疫がズタズタに破壊されたら後はもう次から次へと細菌やらウイルスが侵入してくる。ただ、ウイルスや細菌は人間と違って宿主が死ねば死にますけれど、彼等の場合は、日本人に成りすまして生活を続けますからね。これから未来永劫寄生し続けるんです」
「じゃあ、門田の家以外にも、籍を乗っ取られた人って…」
「えぇ。兵庫県内を中心に沢山いるはずです」
と、その時、コンテナの中から淀川の声。
「藤崎、お前頭おかしくなったんじゃねぇのか?なぁ?」
「は?」
「は?じゃねぇよ、お前、さっきから誰と話してるんだよ?」
「え?誰って、アンタにも聞こえてるんじゃないの?ほら、新人刑事の常磐だよ。何度か一緒にいるところを見たけれど…」
「と、常磐ァ?そんな刑事いねぇよ?」
は?
何を言い出すんだ?
常磐は言う。
「淀川さん。気分はどうですか?日本人に成り済まし、警察官に成り済まし、好き放題してきた気分はどうですか?…それがバレて、この日本のどこにも『逃げ場』がなくなった気分はどうですか?自分が産まれた国を捨てて名前を捨てて、日本に勝手に居座る…それは自らのアイデンティを否定することです。そういう人間達はどんな国でも受け入れられないのは歴史が証明している。戸籍を乗っ取り日本人に成りすまし、好き放題悪事を働く、そんな人間が差別されると『レイシスト!』と怒鳴り散らす。レイシストだろうが、差別主義者だろうが猿だろうが、どう呼ぼうと一向に構いませんよ。だが、あなたは『寄生虫』だ。この日本に巣食う寄生虫だ。宿主と共存することも出来ない、出来損ないの寄生虫だ。いまさら自分の国に帰ることも出来ない、あなたを待っているのは無残な死だけだ」
「誰と話してるんだ?なぁ?」
震え声で淀川が言う。
「だから、ここにいるじゃん…え?」
常磐の姿が…。
どんどん薄くなってくる。
透けている。
足も見えなくなった。
「ひッ…」
ゆ、幽霊…?!
見たことがあるぞ、俺はこの薄いけれどもある程度形のある幽霊に見覚えがあるぞ…これ、門田の家の中で台所で床を指さしていた、あの…。
「ひぃぃぃいぃぃぃぃいいいぃぃぃぃ!!!!」
…。
おしっこもらしそう。
っていうか少しもらした。
常磐常磐…そいつは自分の事を常磐と名乗ったのか?」
「え…うん…」
「そんな馬鹿な…そんなわけないだろう…あいつは死んだんだ。あいつは俺が殺して家に埋めた。確かに俺がこの手で殺して…」
おいおいおいおい!!!
幽霊ってことじゃないかよォォ!!!
俺は叫びそうになるのを何とか口を手で抑えることで堪えた。女って身体はこういう時に自分の意思に関係なく叫び声を上げてしまうよな…。
コンテナの中から淀川が現れた。人質2名を連れて。
ゆーすけは自分のシャツを脱いで、それで坂本のお腹あたりをぐっと強く抑えている。坂本のお腹からは真っ赤な血がじわじわと染みている。
撃たれたのか。
「どこだ?常磐は…どこにいる?」
「今、あたしの目の前にいたんだけど…」
「どこだ?あいつは?どこにいるんだァァァ!!」
パニック状態だ。
二人も人質をとって余裕をぶっこいてた淀川がまさか幽霊でこんなに驚くなんて思ってもいなかった。いや、既に何度か見ているのか?顔は汗びっしょりで目の下にはクマが出来てて窶れているのだ。
「はッ?!」
淀川は人質を放し、背後を振り向いた。
そしてそこに銃を向けている。
何もない空間に。
そこには倉庫の窓があり、朝日が差し込もうとしていた。ただ淀川に見えているであろうものは俺には見えない。
「は…はははは…寄るな…俺に寄るなァ!!」
ハンドガンを窓に向かって撃ちまくる淀川。
(カチカチ…)
あっという間にマガジンがカラになる。
「来るな…やめろォォォォォ!!!」
その時だった。
俺には何も見えなかったが、淀川は明らかに何かに『ドンッ』と突き落とされたのだ。淀川の身体は背中のほうから地面に向けて落ちていく。ただ、途中でクレーンに思いっきり頭を打ちつけて、それどころかクレーンの鋭利な先端が後ろから首を貫通し、口から飛び出た。
自らの首元を貫通し口から飛び出てくる鋭利な金属を見つめながら、淀川は自分がそろそろ死ぬことを悟ったようで、「ンーンーンーッ!」と叫びながら涙を流していた。しばらく体全体をガタガタと揺らして、いつしかその揺れも無くなって、ぶらんとクレーンに垂れ下がっている淀川の死体がそこにあった。