146 怒涛のマスカレーダー 25

時計の針は午前3時を差していた。
チナツさんから再び俺に連絡が入る。
『マズイことになった』
チナツさんから『マズイこと』という言葉を聞くのは珍しい…それに、この人にとって大抵の事は『楽しいこと』なのでそのチナツさんをもマズイことだと思わせる何かはとんでもなくマズイことに違いない。
『えぇっと…それはあたしが聞いてもマズイと思う事なのかな?』
『おそらくはそうだ。あまりにマズすぎて胃液が口から飛び出るほどだと思われる。だから聞く時は口を両手で押さえておくか便器にでも顔を突っ込んだ状態で聞くのがベストだと思われる』
『ご親切にどうも…』
『とてもマズイこととちょっとマズイことのどちらがいいか?』
2つあんのかよ!!!
『それじゃぁ…ソフトランディングで…ちょっとマズイことのほうから…』
陸山会から貰ったデータをネットに公開した。とても好評を得てて興奮冷めやらぬネット民はドロイドをハッキングして県警ビル手前に集まった。そしてつい5分前ぐらいから集中砲火を浴びている。既に2名の警官が殉職した』
それがちょっとかよ!!
人が死んでるじゃんかよ!!
陸山会はデータを公表されると自分達にも警察が手を出してくるからいいタイミングを考えてくれって言ってたけれど…もう公開しちゃったのね』
『あぁ。陸山会なら、今、ネット右翼のコントロールするドロイドの隅から援護射撃をしているようだ』
一緒になって攻撃してんのかよ!!!
何が被害が及ばないようにだよ!!!
お前等が率先して警察攻めて来てんじゃんかよ!!!
『はい…で、とてもマズイことっていうのは?』
『ゆーすけが釈放された』
『よかったじゃん?』
『ゆーすけ釈放と同時に数名の刑事の姿が見えないのだ。そのタイミングでドロイドが攻めてきたからな…坂本弁護士はゆーすけの身に何かあったらマズイからとしばらくは同行すると後を追っていったのだが…』
嫌な予感がする。
もうこうなっては警察にとってはゆーすけなんてどうでもいいはず…それなのに、何故かゆーすけに固執している。嫌な予感が拭い去れない…。あのクソみたいな証拠で裁判が起こせると本気で思っていた連中だ。ひょっとしたら、ゆーすけを始末すれば本気でこの一件が収まるとでも思っているのか?それとも、諸悪の根源であるゆーすけだけはケジメとして始末しようとしてるのか?
『ゆーすけがどこに行ったのかわからない?』
『それがわかれば苦労しないのだが…』
『チナツさんらしくないなぁ…ちょっちょっと警察の監視カメラでもハッキングしたらわかるんじゃないの?』
『実は今、県警ビル全体の電源がシャットダウンされていてな、ネットワークにアクセス出来ないのだ。なんとか電源を復旧できないものか?』
さすがのチナツさんもネットワークが使えないとダメか…。
「さっきから何を1人ぶつぶつ言ってるんですかぁぁ…」
震え声でエルナが言う。
それから、
「ひょっとして…幽霊に憑依さr…」
「いやいやいや…電脳通信してたの。チナツさんと」
「何かあったんですかァ?」
「大炎上中らしいよ」
「ブログ大炎上ですかァ?!」
「ブログじゃなくて…。あぁ、そうだ、今から県警に戻るよ」
「え?こんな夜中に何があるんです?」
「フェースティバール!!」
「お、お〜ぅ!」
いまいちよくわかってないエルナは俺に雰囲気をあわせて腕なんか振りあげちゃって、そんなエルナをグラビティコントロールで持ち上げてそのまま県警まで空輸してさしあげた。
さっきの幽霊屋敷とは違って今度は本当に夜風がリアル体温を下げ、エルナはまさに雪山で遭難したサンダル姿の登山者よろしく、ガクガクブルブルと震えて体温を体内に産み出そうと必死のようだ。
「きぃぃぃ…みぃぃぃぃ…かぁぁっ、さぁぁぁぁ〜ん…」
ガタガタと震えが伝わってくる。
そして震えながら俺の名を呼ぶエルナ。
「なんだよー?」
「ま、まだですかァ?」
「そろそろ到着のはず、aiPhoneのGPSの精度がよければ。お、あの建物が県警ビルじゃな…えぇぇええぇぇぇぇぇえええっ?!」
県警のビルの周囲には多脚戦車タイプのドロイドが10体かそこら、その間には警察のドロイドもハッキングされてコントロール下にあるのだろうか、ゆうに20体はいる。空には空で『クマンバチ』と呼ばれて親しまれている地対空の蜂型ドロイドが周回しているのだ。
そしてドロイドだけでなくネットで噂を聞きつけた右翼やらネット民やら県民が少し距離をおいて県警ビルを囲んでいる。
「なななな、ななななななな、何が起きてるんですかァ゛ァ゛ァ゛!」
エルナが狂ったように叫ぶ。
「エルナ!お仕事の時間じゃんか!スクープだよ!スクーーーープ!」
「もしスクープなら上司から電話が入ってきてますゥ…」
「ほら、チャンネル椿の人も来てるじゃんか!」
「チャンネル椿の人しか来てないじゃないですかァ…」
なんだそれは?!
マスコミはなんでこれ放送しないの?!
下手すりゃ国民全員が知ってるような大事件なのに、マスコミだけが沈黙を守ってるなんて…これはある意味凄いな。
俺は夜空を周回しながらもaiPhoneで今放送している番組を見てみた。どこもテレビショッピングやらこのニュース以外のニュース番組やらだ。…まぁ、今の時間なら普通はそうだよね。
しかし、東京テレビなら、東京テレビなら…やってくれる!
ちょうど3時過ぎ…アニメの放送枠も終了しているのだ。
チャンネルを東京テレビに合わせる。
『見えますでしょうか?兵庫県警ビルの周囲にまるで、戦争でもするかのように大量のドロイドが集まっています…これは、全てハッキングされているのでしょうか?ゆーすけ容疑者は既に逮捕されているとの事ですから、真犯人がいるということになります!!』
やってくれてる!!
いいぞいいぞ東京テレビ!アニメ枠が終わってから律儀にニュース番組を放送しているところも、高感度アップだ!(アニオタから)
下に降りてみよう。
チャンネル椿のワゴンが停まっている場所へエルナと共に着陸。
一斉に周囲の民衆が俺に寄ってくる。
テレビでも有名なドロイドバスターキミカ様が来たからね!
「キミカです!ドロイドバスターキミカが駆けつけました!」などと言いながらちょっと滑舌の悪いチャンネル椿のスタッフがカメラマンと共に俺のところへやってくる。突然現れた『アイドル(俺)』に驚いた民衆が駆け寄ってサインをせがむは握手をせがむは髪を触るは尻を触るはでパニック状態だ。俺が。
「はな…せ!!」
と俺は叫び、グラビティコントロールを周囲に働かせてファンの愚民どもとの距離を一気に開ける。
「ドロイドバスターキミカ!やはり、ドロイドを倒しに来たのですか?!」と、チャンネル椿のスタッフが俺に駆け寄ってきてマイクを向ける。
俺は手を横に振って、
「いや、そうじゃないよ。それよりも大変な事になって、」
と話を続けようとする。が、
「どんな大変なことですか?今よりも大変なことですか?!」
パニック状態のマスコミ。
「そうだよ!大変なんだよ!ゆーすけが釈放されたんだけど、県警の刑事どもが後をつけてるっぽいの!また殺されちゃうよ!」
坂本弁護士がインタビューを受けたチャンネル椿のスタッフとは違う奴なのか、話が通らない…?のか?
いや、何か気づいたように他のスタッフと話を始めた。
それから、
「これは警察の陽動なのでしょうか?」
と俺に聞く。
「わかんない。ただ、ネットの情報を公開したタイミングが悪かったのかもしれないし、こんなに過剰反応するとか想定外だったのかも…とにかく、首謀者はどこにいるの?ネット右翼の連中は?」
最悪、いなければ2chでも掲示板に書き込めばいいか、などと電脳通信経由でaiPhoneで掲示板を開きながらその場を探した。
おそらくは来ているはずだ。
こういう騒ぎには必ず…ほら、いた。
俺は1分かからないうちに、『処刑人』のアンドロイド部隊を見つけた。