146 怒涛のマスカレーダー 24

「おい!」
真っ暗な部屋の真ん中で放心状態で突っ立ってるエルナの肩をペシンと叩くと目を見開いたエルナを振り返って俺のほうを見て大声を上げる。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
うるさいよ…。
「びっくりするから叫ばないでよ…もう…」
「す、すいませェェん…今、金縛りにあってて」
「マジで?!っていうか、金縛りって口は動かせるの?」
「叩いてくれたお陰で解除されましたァ…」
だったらもう少し喜んでくださいよ…なんで叫ぶんだよ。
「っていうか、ネット閲覧出来るものないの?」
「へ?」
「いま、ぴっこのブログが大変な事になってるよ?」
「は、はぁ…実はカメラを逆にしてて、ずっとレンズが私の顔を…」
ま、まぁ、それはそれで大変だけどね…。
「そうじゃなくて、撮ってる映像の中に人影みたいなのが出てて、もしかしたら警察の奴等がここで待ち構えてて命狙ってるんじゃないかって」
「ひぃぃぃいぃぃぃ!!」
再びaiPadで今のぴっこのブログを見る。
<うっひょおぉぉぉ!!!可愛いなこの子>
<誰だこの子は?!>
<ぺろぺろ^q^>
<ぴっこの友達?可愛いな!>
俺の事かよォォ!!!
それは置いといて…。
家の中を調べるにしても不審者を除去してから。安全の確保から。
さっき人影が映ったところへ行ってみようか。
「ど、どこに行くんですかァ…一人にしないでくださいぃ…」
後ろから震える声を出しながらエルナが追ってくる。そうは言いつつもマスコミとしての魂がそうさせるのか、それともただ単に俺の姿を動画に収めたいのか背後からカメラで撮影している気配がする。
廊下を横切ったからこっちの洋間のほうなのかな…?
「ヒッ!」
突然エルナが叫ぶので俺は身体を硬直させた。
「な、なんだよォ…」
震える声で俺は言う。
「い、今、人影が…」
「え?全然気配感じなかったよ?」
どういうことなんだ?
「だって、ほら、映像には映ったましたよ…」
「…どっちに行ったの…?」
「台所のほうに…」
おかしい。
気配を全く消して移動しているのか?
心眼道の空気流れをサーチする能力で(今しがた俺が勝手に作り出した)全神経を周囲に張り巡らせながら、じっくりと一歩一歩を歩いて行く。
静まり返った部屋は何故か外よりも冷たい空気で、俺やエルナが吐く息も白い。そしてキィキィと二人の体重を支える床の板音が響く。
「ひ…ひぃぃぃいぃぃぃ…ひぃぃぃいぃぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃいぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃい!!」
「ちょっ、なんだよォ!!何もないじゃんか!!」
「い、いますゥ!!今、台所に人影がァ!!!」
「え?!どこにだよ?!」
「目の前ですゥ!!床のほうを指さしてる人影が!!」
「いないってば!カメラのレンズのゴミじゃないの?!」
そう言いながら俺はエルナが筋肉をフルに出して強く構えているカメラを持つ手をグラビティコントロールでゆっくり下へと降ろす。
「い、いませェェェん…!!!」
「でしょぉ?」
「で、でも、カメラに」
「だからゴミだってば。あっははは…」
ったく。
カメラのレンズにゴミが映ったぐらいでそんなに…。そのゴミが人影に見えるんでしょォ?ブログの動画のコメント欄はどうなってんのかな?
俺はaiPadを広げてブログのコメント欄を見る。
<いるって!!wwww>
<やばいやばい>
<おい、マジモンじゃねぇか!!>
<怖い>
<動いてる>
<ぎゃぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!!>
<いるいるいるwwww>
いるって言われても何がいるんだ?動画は真っ暗闇の部屋の床を映しているだけで何も。床を映してるのは今はエルナのカメラを降ろさせてるからだけれど、じゃあ、このまま部屋の中をもう一度見れば…。
「もう一回カメラ構えて」
無言で首を振るエルナ。
「な、なんだよォ…」
「も、もう嫌ですぅ…」
涙でぐしょぐしょの顔だ。
「仕方ないなぁ…貸してみて」
俺がカメラを構えてみる。部屋の中をエルナが立っているほうからグルリと360度回転しながら、一体何が見えて騒いでいるのかを…。ん?そういえばゴミが付いているって思ってたけど映像にはゴミは映らないな。
グルリと回りながら先ほどエルナが構えていた角度までやってくる。
「」
い…。
いる…。
いるゥゥ!!!
青白い何か人影のようなものが目の前に、そいつが台所の床を指さしてるゥ!!ちょっ、なんで全然気配がないんだ?!
カメラから目を外す。
いない。
カメラのレンズを覗きこむ。
いるゥ!!
カメラから目を外す。
いない。
カメラのレンズを覗きこむ。
いるゥゥゥゥゥゥ!!
「ぎゃぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!!」
「ひぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃい!!」
俺とエルナはオリンピックの短距離走の選手が走る時はゴールまで呼吸を止めて走るのと同じように、もう呼吸を完全にとめて皮膚呼吸もとめてゴール(玄関)まで一気に走り抜けた。その結果、多分、測ったらオリンピックの選手よりもいいタイムが出せたと思う。
玄関の外に飛び出る俺とエルナ。
それから呼吸を開始し、ぜぇぜぇと荒い息を吐いては吸い吐いては吸いしながら、震える手でaiPadを再び見てみる。
「…ちょっと巻き戻して見てみよう」
aiPadでぴっこのブログの映像を巻き戻す。
最初に人影が見えたところだ。
「ひぃぃぃいぃぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃいぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃい!!幽霊ですゥ!!」
「ひぃぃぃいぃぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃいぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃい!!」
足がない!!
足がない男がスーッと奥へと消えていくじゃないか!!
そんで俺がそっちの方向へ歩いて行くじゃないか!行くな!そっちヤバイって!もう行ってしまったけど!!
台所のほうへとまるで俺達を導くように白い影が…。
「ひぃぃぃいぃぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃいぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあああぁぁあぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」
指さしてる。
床のほうを指さしてるゥ!!!
玄関の前で、パニックになるエルナと俺。
しかし…冷静に考えると、指をさしてるってなんだ?手招きするのならわかるけれども、指をさしてる…?床を?台所の床を指さしてるんだから、漬物とか果実酒とかが入ってますよってアピールしてんのかな?
んなわけない!!
んねわけねーだろ!
俺は自分で自分にツッコんだ。
俺達に見つけて欲しい何かがあるってことなのか?
俺はエルナに言おうとした。
しかし、俺が何を言おうとしてるのかコミュニケーション能力の高いエルナだからかわかるのだろう、首を横に振りながら俺の腕をギュッと掴んで泣いている。そして、「嫌ですゥゥゥゥ!」と、先に否定する。
「もう一度中に入っ」
「嫌ですゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「だからあたし達に見つけて欲しい何かがあるんだってば!」
「だったら怖い思いさせないでくださいって幽霊さんに言ってくださいよォォ!!」ってエルナが言うからまぁごもっともと言えばごもっともだと納得した。だからといって幽霊がピエロの格好でヘラヘラ笑いながら道案内したらそれはそれで怖い…。
「中に何があるのかを調査しに来たんじゃん。ほら、行くよ」
「ひぃぃぃいぃぃぃ!!」
俺はエルナの腕をがっしりと掴んで、恋人の女の子が主人公の腕を引っ張って遊園地のお化け屋敷に入っていくようにスタスタと家の中へと入っていった。もちろん、そこは呼んで字のごとく…本当にお化け屋敷なのだが…。
それから台所まではすんなりと進むことが出来た。
もちろんガタガタ震えまくるエルナの振動が伝わってきて俺は腕を変にマッサージされてるような気分だったが。
さっきエルナが外で言ってた「見つけて欲しいものがあるのなら怖い思いをさせないでください」という幽霊に対する願いが受け入れられたのか、何故か、台所の同じ位置には何も見えなかったし、カメラを構えても何も映らなかった。
さきほど幽霊が指さしていた位置をグラビティコントロールで持ち上げる。地下室があるのかと思ったがあったのは土だけ。漬物も果実酒のビンも何もない。ただただ土が出てくる。
その乾いた土の中から黒く変色した太い骨がゴロゴロと出てきたのだ。…と俺がなぜそんな落ち着いたモノローグで語っているのかと言うと、もう薄々感じていたのだ。死体が埋まっていると。
『チナツさん、やっぱり…死体が出てきたよ』
俺はチナツさんへ電脳通信を入れる。
『あぁ』
返答が来る。
その声もまた、俺と同じく、驚いている素振りは見せなかった。