146 怒涛のマスカレーダー 23

門田家の前に停まるタクシー。
門前にはエルナが神妙な顔付きで立っていた。心霊スポットの前に立つレポーターのような顔付きだ。
乗っていた坂本弁護士を県警ビルまで送り届けるよう、タクシーの運転手のアンドロイドへ言い、ドアを閉めた。
さっきまでタクシーの中で坂本と話をしていた。
「ゆーすけの事をお願いしますね」
「わかってる。今は、俺しか彼の心を救ってやれる人はいない。彼が折れない限り彼の勝ちなんだ。それに気付かせてやらなければならない」
「それと…気をつけて」
「あぁ。わかってるよ。俺は親のようには無茶はしないさ」
「ご両親は無茶したんだ?」
「二人して、子供の俺を置いて行ってしまったんだよ。あの日の事は今でも鮮明に覚えてる。どこかに出掛けようとしてたから俺も付いて行こうとしたら、ダメだと言われた。どこか決心したような顔でね」
車窓からどこか遠くを見つめている坂本。
「あの日、俺はずっと親の帰りを待っていた。俺の為に用意されていた食事は冷たくなってもずっと待っていた。親と一緒にそれを食べようと思っててずっと待っていた。けれど二度と帰ってくることはなかった。教団の本拠地に二人して乗り込んで行ったって事を後で知った」
「…」
「そこで俺は1つ、学んだ。どんなに正義だと信じていても、力がなければ、学がなければ、正義を成せない。今の君達を見て思うよ…もし、あの時に君達が側にいてくれたら、俺の両親は夕方には家に帰って、冷めた料理を温めてみんなで食べれたんじゃないかって」
「…まぁでも、あの日のご両親がいるから、今のあなたがゆーすけを助けてあげれるんじゃないですか」
「ああ。そう考えるようにしてるよ。過去や未来に生きてるんじゃなくて今を生きてるんだってね。君は心配しなくても大丈夫と思うけれど、気をつけて」
それがタクシーの中での坂本との会話だった。
あの時の言葉がまだ頭の中をぐるぐると回っている。
『過去や未来に生きてるんじゃなくて今を生きてる』…か。
両親を殺された坂本弁護士、正義を信じて巨悪と戦う坂本弁護士。俺は彼を、自分自身と重ねあわせて見ているのかもしれない。
まるで鏡でも見ているような気持ちになる。
でも凄いな。
俺のような力がなくても正義を信じて戦っているだなんて。
今のように人知を超えるような力を持っていなくても、果たして、俺は『俺』でいれただろうか?
「キミカさぁぁぁーん!」
ふと考え事をしていたところで、エルナが俺の肩をガシッと掴んで揺さぶる。それから、「遠くをジッと見つめて固まらないでくださいよォ!!!まるでそこに何か恐ろしいものがいるかのように思えてしまいますからァ!」
泣きそうになっているな。
「んじゃ、あたしは門のところで待ってるから調査シクヨロ」
「はぇァ?!」
「チナツさんからか警察の回しモンが家の中に入らないように周囲を見張ってて、って言われてるんだよ。あたしが一緒に中に入ったら戦闘しにくいじゃんか?ってことでェ…シクヨロ」
「ちょっ、キミカさん、ちょっと落ち着いて考えましょうよォ!!」
と明らかに落ち着いてないエルナが言うのだ。
「ふぅ〜…はい。落ち着いて考えたよ」
「今何時ですか?」
「深夜2時」
「そうですよ!草木も眠る丑三つ時…殺人事件が起きた家…まだ血のりが壁に残っている恐怖の館で…一人の女子が写真をとって回るなんて…。考えただけで恐ろしいじゃないですかァァッ!」
そう怖い顔で叫ばんといて…怖いよ…。
「なんかあったらケータイで呼んでくれればいいよ、そのカパカパのガラカパカパゴスケータイで。10分ぐらいでバッテリーが切れちゃうケータイで」
「もうバッテリー切れちゃってますよ!!!」
「だからaiPhoneにしろとあれほど」
「aiPhoneは外国の会社だから説明書が英語っぽくて難しそうなんですゥ!」
うわぁ、始まったよ。保守的な日本人らしい言い訳が。なんだかよく分からないものだから買わないっていうアレ。買う買わないの時によくわかるかわからないかっていうのがすっごい重要なんだよね、日本人は。これだからいつまで経っても新しいことが出来ないんだよ。新しいものっていうのはよくわからないもので、それをどんどんよくわかっていくからいいんじゃないか!
「はいはい、行った行った」
犬でも追っ払うかのようにシッシッしてエルナを家の中へと追い払う。
…。
ったく、早く行けよォ!
…。
恨めしそうに俺をチラチラと涙目で見ながら、エルナは渋々家の中へとハンディカメラを持って入っていった。
これがリアルタイムでブログに載るわけだ。
今日はエルナが『ぴっこ』のブログの中でリアルタイム中継をする日だった。実際に殺人事件が起きて戸籍の乗っ取られた門田家…そして警察もマスコミもそれを無かった事にした門田家。そこに潜入調査するのだ。
俺はaiPadを広げて『ぴっこ』のブログのサイトにアクセス。
ブログのムービーを視聴している人は既に10万人を超えている。
見ないわけにはいかないだろう。
ちょうど深夜2時に潜入スタートするのもネタ的に面白そうだから(ってチナツさんがストーリーボードに書いてた)。
さて視聴開始…。
まず最初に飛び込んできたのはエルナの涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになった顔だった。っていうか、なぜカメラを自分に向けてるんだよ。
『ひっひっひっ、ひぃぃぃいぃぃぃ…怖いですゥ…怖くてオシッコ漏らしそうですゥ…ぜ、絶対に何かでますゥ…』
って、あんたオシッコこそチビってはいないけれど既にやばい状態だよ。顔が。もうめちゃくちゃだよ。化粧とか殆ど落ちてるし。
コメント欄も酷い。
<クッソワロタwww>
<なぜ顔を映す>
<wwww>
<ぴっこにゃんペロペロ^q^>
『はぁ、はぁ、はぁ…ひぃぃぃいぃぃぃ!!!今、何か音がしませんでしたァ?音がしたような…はぁ、はぁ…なんかはぁはぁと、誰かが呼吸を、』
<お前の呼吸じゃねぇかwwww>
<腹が痛いwwww>
<wwwww>
<だから顔じゃなくて周囲を映せって>
<ぴっこにゃんペロペロ^q^>
『あぁ、すいません、カメラが、カメラが逆になってました。こっちがカメラ見るところかと思ってたら、これ、レンズでしたね、はぁはぁ』
<ほんとにマスコミ関係者かよwwww>
<駄目だwwwwワロエルwwww>
<ww向きwwww逆かよwwww>
<やっと気づいたか>
<ぴっこにゃんペロペロ^q^>
ようやく映像が家の中の映像になったぞ。
ん?
今、ちらっと…何か?
<ん?>
<?>
<今、何か横切らなかった?>
<ちょっwwwww>
<何か映った?>
俺は立ち上がった。
今、確かにエルナの映している映像の中に人影があった。
まだ中に警察の奴が潜んでいるのか?
だとしたらヤバイ…。
クッソ…。潜入調査することは既にネットで公開してるから、連中は先に手先を送り込んでるのか?
と、その時だった。
「藤崎さん?」
「うわッ!!」
やべぇ、心臓停まるかと思ったよ!!!
見れば常磐じゃないか!
「驚かさないでよ!!!」
「ご、ごめんなさい…」
「何の用事?!」
「いまキミカさんが門田家に向かってると、あの警視庁から派遣されてる栗原さんが言われまして、『お前も興味があったら行ってみるか?』と言われましたので、来てみました…いま、誰か家の中にいるんですか?」
「マスコミ関係者が中にいるよ。不審者が家に入らないようにあたしが見張ってるの!でも既に中に誰かいるような気がする、あんた、ここで馬鹿が入ってこないように見張っててくれる?」
「あ、はい」
表は常磐に任せよう。