146 怒涛のマスカレーダー 21

翌日の新聞にも載らなかった。
とあるホテルの上から首の無い死体が落ちてきて、その懐にはハンドガンがあった、という記事はマスコミにしてみれば速報で扱っても良いぐらいに面白いネタで、今頃、喉から手が出てその手が涎まみれになっているだろうに。
なぜ新聞に載らないのか。
それは事件が起きた場所が兵庫県警管轄だからだ。
県警の連中は殺し屋を送り込んで坂本弁護士を殺させようとしたが、殺すどころか返り討ちにあってしかも首が無くなってるということを知って椅子から転げ落ちているだろう。打ちどころが悪かったら何人か死んでそうだ。
警察がこの『殺し屋暗殺事件』の捜査をしないことはわかっているが、チナツさんもそこをわざわざ指摘するつもりはないと聞いている。今、彼女は警察と陸山会について調べている。
そして俺は今日、昼から陸山会の事務所に向かうつもりだ。
神戸のスターバックスカフェ店内には朝食を済ませた俺とエルナと坂本がいる。俺を除いた二人はまだ昨日の夜の出来事が頭から離れないようだ。
特に坂本さんは、
「まさか警察が殺し屋を送り込んでくるなんて…」
と命の灯火が消えそうな疲れきった顔をしている。
「攻撃は最大の防御とでも思っていたのかな。攻撃は同時に隙も産み出すってことを知らないとね。今回ので警察と陸山会の繋がりがあったら天地がひっくり返るんじゃないのかな」と、俺はニタニタしながら言う。
「君は警視庁っていう警察の本拠地みたいなところから派遣されてるのに、ひっくり返ってそんなに笑っていられるのかい…?」
「大笑いだね!」
一方でエルナは朝食を食べ終わってからはずっとMBAを使って何かカチャカチャとキーボードを叩きながらやっている。
コイツ…ドヤリングをしているのか?
なかなかセンスがあるじゃないか。
スタバならドヤリングだね。
俺も対抗心を燃やしてMBAを出そうかな…なんて思いながらチラっとエルナのMBAの画面を見てみる…と、
「ぴっこのブログ?へぇ〜…エルナってネット上のハンドル名は『ぴっこ』なんだ。って、ブログ書いてたのかぁ」
「違いますゥ!これは栗原さんから頼まれたんですゥ!」
「なんのブログなの?」
見せてもらうと、どうやらそこには今回の門田家なりすまし事件に関するブログらしい。ははぁ…これは、暴露系のブログってことか。
最初は『ぴっこ』の自己紹介に始まって、自分がマスコミに勤めていて、今回ドロイド遠隔操作事件でゆーすけが誤認逮捕されてるという状況で、どうしても書かなければならないと決心して、クビになるのを覚悟で暴露をしようとしました、と綴ってある。
エルナこと『ぴっこ』の認識では、警察は『門田家なりすまし事件』そのものに国民の目が行く事を避けるために『ドロイド遠隔操作事件』をでっち上げ、ゆーすけが冤罪であることを知りながら逮捕した。
実際にマスコミに務めているエルナが書いていることはマスコミが公表しない事実が多いので、それがリアリティを醸しだしていて大量のブックマークやらコメントやら『いいね!』がついて、いよいよはてブでも取り上げられる騒ぎになっていた。軽い炎上状態である。いい意味での。
「これもチナツさんのストーリーボードにあることなの?」
「そうですよォ?」
チナツさんは嘘やらでまかせやら茶番劇なんてのはハッカーだからお手の物だけれども、今回に至っては全てが事実だからなぁ、「こういう視点で物事を見れば事実もまた変わって見えるでしょう?」という飾りつけがこのブログを見ている人達の中にある2つの事件やら今までの警察の考えやら自分の経験やらとニューラルリンクされ、いい意味での刷り込みになっている。
「みなさん、私みたいに関心があったんですね。いつもはバカみたいな事ばっかりしてる人達がこの事件についてどんどん知りたがっているのが伝わってきますゥ!!一億総エルナですゥ!!」
ブログの反響を見ながら興奮気味に言うエルナ。
さて。
これからは2組に別れて行動だ。
エルナはとりあえずスタバでブログの続きを書く。
俺と坂本さんはこれから陸山会の事務所へ行く。
陸山会の事務所は繁華街の飲み屋と飲み屋の間にあった。ヤクザの事務所っていうのはいつもこんなふうに『やたらと地価が高い』場所にあるよな。売るときの金勘定のことも考えているのかな?
今回は大暴れするわけにもいかない。一応は坂本弁護士が一緒にいるわけだし、ヤクザだからと殺しまわってドン引きされてもかなわないし。
ビル前でしかめっ面で通行人を睨んでいるヤクザ事務所の護衛のような角刈りのおっさんに警察手帳を見せ、言う。
「警視庁から来ましたぁ〜。親分に会わせてください」
「はぁ?アポ取ってんのかァ?」
(ズドン)
やっぱり俺には会話は無理だった。
おっさんに腹パンして一撃でダウンを奪う。
「え、ちょっ、藤崎さん…」
慌てる坂本弁護士
「いま、このおっさん、あたしに銃を向けようとしたからさぁ…」
「そうなのか」
ビルへと入る。
「なんじゃァわりゃァッ!!」
なんじゃわりゃぁ!はヤクザ語で『こんにちは』という意味だとおばあちゃんが言ってた。で、それには日本語で返してもダメなのでちゃんと身体をはってお返事しないといけない。例えばこんな風に…。
俺は走り出てきたヤクザの手前でブレードを引っこ抜いて軽く下から掬い上げるように切り裂く。宙に浮くヤクザの身体。ヤクザは自分の身体に何が起きたのかわからず、え?という顔をする。
そこで始めて自分の足が吹き飛んでいる事に気づく。
そのままグラビティコントロールで引っ張りあげて、その額には警察から支給されてるハンドガンを押し当ててあげて、そのままの体勢で廊下を進む。
仲間のヤクザを盾にして進むので連中は銃を撃つのを躊躇している。
「親分にあわせてくださいぃ〜」
あくまで下手に、下手に、姿勢を低くして、ヤクザの肉の壁は高くして。
ヤクザは泣きながら、
「撃つなよ…!撃つなよお前ら!!!」と言う。
ご丁寧に俺を親分のいる部屋まで案内してくれた肉の壁。
俺と坂本弁護士陸山会の事務所の2階、社長室へと案内された。
「なんで警視庁のがここにくんねん!」
ヤクザの親分が俺に向かって怒鳴る。
「ま、話をしましょう」
そう俺は言った。
そして、キミカ部屋から昨日殺した殺し屋の首を取り出して社長の机の上に置く。キミカ部屋の宇宙空間のほうに置いておいたからカチンコチンに凍っているようで、真っ白の氷の塊のような、それでいてうっすらと中に殺し屋さんの顔がある生首が机の上に傷をつける。
一斉に周囲のヤクザがどよめき先程にも増して狙いを定めて俺に銃を向ける。
額には汗が光る。
親分様は俺に約束と違うだろうが的な顔をして言う。
「お、お宅らが坂本弁護士を殺せいうたじゃないですか?!」
やっぱりそうか…警察がヤクザを顎で使ってんのか。
「そんな話は聞いてないし」
俺はそう言った。
すると親分の隣に立っていた奴がコソコソと耳元で親分に向かって何かを言っている。親分は親分で「いや、警視庁言うたって…中で連携取れてないんちゃぅんか?」と言うのだ。連携って?…あぁ、県警と警視庁で坂本弁護士を殺すって意見が一致している前提だと思っているのか。
「連携なんてしてないよ。今、県警を潰しにかかってるところ」
ニッコリと微笑んで言う俺。
すると、ヤクザの組長さんは俺のそんな反応を見て、意外にも目を輝かせてから言うのだ。
「そか…!!そやたらウチにも協力させてもらいましょ!!」
きょ、協力ゥ?