146 怒涛のマスカレーダー 18

翌日。
俺と弁護士の坂本とエルナはとあるマスコミの取材を受ける日程となっていて俺はその付添で参加していた。何が起きるかわからないからだ。
日本国旗が国民の休日でもないのに玄関に飾られてる、随分と新しい造りのビルのロビーへ進むと、そこには以前、俺がどこかで見かけたことのある男性カメラマンがいる。
「すぐに準備しますのでお待ちください」
と言われロビーで待たされる。
ふと、坂本弁護士はため息をついてから俺に言う。
「どこのマスコミも僕の話を聞こうとしない。既に番組の流れ的には宮川さんが犯人という扱いにしている…。奇妙だ…まるで1年ぐらいまえから緻密に練られた計画のように間に入るスキがない。今日だって、チャンネル椿だけが取材してくれた」
あぁ。
そうか。
玄関の日本国旗、ここはチャンネル椿の本社ビルだったのか。
ちなみにチャンネル椿というのはどういうマスコミかというと、生粋の右翼のマスコミでこの日本にあるありとあらゆる反戦主義者、在日、反保守、左翼、女性、非ネット民を徹底的に攻撃の的としているところだ。
2chネラーの右翼がさらに濃くなってなんちゃって右翼もドン引きするような濃いマスコミである。以前はこの人達が俺達の学校に取材にきて、ネットウヨクを刺激し、最終的にはヤクザの事務所に処刑人がやってくる結末となった。
「準備が出来ました。さぁ、こちらへ。早く」
急かされる。
俺達は駆け足でチャンネル椿のスタッフの男についていく。
その時、エルナが背後をちらりと見てから俺に言う。
「キミカさん、パトカーが…」
え?
「玄関の外にパトカーが停まっている?」
「そのようですね、急いで」
既にそんなことは織り込み済み、っていう雰囲気だ。
案内されたところは待合室のような小さな部屋だ。俺は一瞬、ここで本当にやるのか?と疑ってしまった。それでも機材はひと通り揃えているのだ。
「あまり時間がないので、手短にやりましょう」
スタッフの男がそういうので聞き返す坂本。
どうやら他には番組関係者は居ないようで、この男が一人でカメラマンとレポーターを兼ねるみたいだ。
「何が起きてるんですか?」
廊下側の人の気配を察知しながらも坂本が聞く。
「警察が妨害しているだけですよ。ま、おおかた、坂本さんが今から話す事が都合の悪いことで、そうされると困るからでしょう」
「…」
「大丈夫。うちの局は色々な方面から風当たりが強いですけど、視聴率はトップですから」
「主にどこへ放送されるんです?」
ニコニコ動画やようつべですね」
「ネット系ですか…」
「ネットの情報が一番早いし、興味を持っている人のところに届く。それに、まず我々が放送するところに意味があるんですよ」
「というと…?」
「我々が放送するものが真実…で、他のマスコミが出すのは加工や捏造された情報。それが本当ではなくても、我々がまず最初に放送するから、そうなってしまうんです。ネットで知り得た情報が後でマスコミに流れ、マスコミは渋々、国民の殆どが知っている情報をゆっくりと流す。ここで選民思想のようなものが出てくる。この話のキモはですね、既存の大手マスコミが警察の奴隷になっているところです。だからネットで真実を知っている人達は正義が自分達にあるものだと熱狂させられていくんです。もし大手マスコミが坂本弁護士の話を素直に聞いて、素直に放送してしまったらどうでしょうか?まるで駅で電車が到着するときに流れるBGMのように、味気ない情報になってしまい、誰もそれに関心を持たないじゃないですか。大手マスコミは腐っているから我々が支持を得るんですよ。これからも腐ったままでいてくれたほうがいい」
そう言ってチャンネル椿のスタッフの男はニンマリと笑った。
スタッフの質問に坂本弁護士が答える、という筋書きでインタビューが進められる。
今回の逮捕は誤認逮捕という線が強いということ。
ドロイドを遠隔操作するだけのスキルはゆーすけにはないということ。そしてC#と呼ばれるドロイド制御系の言語についてもゆーすけは知らないということ。通常、ドロイドは遠隔操作されないように通常のコンピュータとは桁違いのセキュリティにガードされているということ。
江ノ島へゆーすけが行ったことはあるが、猫の世話をしているだけだということ。猫は女の子の姿をしており、ゆーすけのようなひ弱な男が首輪をつけるなどという『犯罪まがいな事』は到底できないということ。
そして警察が有力な証拠として提出してきた『ゆーすけが勤める会社のパソコンに遠隔操作ソフトの使用形跡が見られた』という事については、ゆーすけが逮捕された後にファイルが更新されたような形跡が残っているということ。海外のデータ共有サイトであるDropKickBoxにもアクセス履歴があるが、それもファイル更新と同じく、ゆーすけ逮捕後に日付がアップデートされていたということ。日本の警察はFBIからその指摘を受けたがマスコミにも公表しなかったこと…。
などなど。
つまり、警察が証拠を捏造している、という証拠が既にちらほら上がっている。
俺はMBAを出してニコニコ動画を閲覧していた。
反響は凄まじく、ゆーすけを逮捕できるだけの証拠がないし、それだけならともかく、警察が捏造している証拠が沢山ある、という結論に至った。
それはあっという間にはてブに飛び火しトップニュースになった。
「うわ…なんかもう削除依頼が出てますゥ…」
チャンネル椿備え付けのパソコンを勝手に使っていたエルナはニコニコ動画でチャンネル椿の公式チャンネルに『削除依頼』が出ている事を発見した。どう考えてもおかしい。今しがたチャンネル椿が『生放送』してるのに、チャンネル椿を名乗るものが『削除依頼』を出しているのだ。
俺はそのMBAの画面を見せてジェスチャーで「これを話して」とチャンネル椿スタッフに言う。
スタッフは「はははッ」と笑った後、
「え〜、たった今、チャンネル椿と名乗る『権利者』からチャンネル椿の生放送を削除するようにと要望がありました。えっと、権利者の我々はそんな要望を出した覚えはないんですけれどね(苦笑)」
ニコニコ動画民、オオウケである。
それを見て坂本弁護士は今まで溜まりに溜まっていたストレスを全部吐き出すかのように、予定外の話を始めた。
「いま、チャンネル椿がインタビューに応じてくれましたが、他のマスコミでは全部断られました。東京テレビについてはアニメ枠があるのでそれを消化してから枠を用意するが、と言われたのですけれどね(苦笑)。私は何かがオカシイと思ってるんです。この事件は警察やマスコミが連携して一人の無実の罪の人間を有罪にしようとしている。それだけじゃなく、兵庫県警では勾留中の容疑者が拳銃自殺をするという話まで出てきてる。異様ですよ。警察は何かを隠そうとしている。ただ、私の仕事は宮川祐介容疑者を救うことですから、こちらについては深入りはしませんが。いいですか?今回の事件、これをご覧になっている皆さんは他人ごとじゃないんです。宮川さんと同じ立場にあると思っててください。じゃっかんのプログラミングの知識があるだけで警察は逮捕するんです。容疑者にもするんですよ。そして、事故に見せかけてひょっとしたら拳銃で自殺させられるかもしれない。みなさん、法律っていうのはいくらでもねじ曲げて都合のいいように使うことが出来るんです。ヤクザがそうであるかのように、警察だって自分たちの都合のいいように使うことがある」
そう話している間にも外のほうが騒がしい。
警察が廊下の方まで来たような気配だ。
最後にチャンネル椿のスタッフが締める。
「え〜。そろそろ終了したいと思います。外のほうを…警察の方々がウロウロしているようですし。今ですね、ここスタジオじゃないんですよ。待合室をスタジオ・セッティングして使ってるんです。警察が入ってきてるから。なんで入ってきてるかわかりませんけれど」
放送終了。
「それじゃ、後はあたしがボディガードで外まで連れ出すから」
スタッフは俺に言う。
「地下のボイラー室まで続く荷物用のエレベーターがあります」
「了解」
ピリピリした空気になってきてるのがわかる。
スタッフの男はケータイをどこかにかけている。上司に連絡だろうか。しばらくしてからケータイを切り、ヒソヒソ声で、
「録画じゃなくてナマにしといてよかったですよ。今、録画機材を没収されてるみたいです。テープからデータディスクから何もかも」
そう言った。