146 怒涛のマスカレーダー 16

『…というわけなんだよ』
俺は電脳通信でチナツさんと話していた。
今までの経緯、ゆーすけが逮捕された事、なんとか救い出さないと裁判までには殺されてしまうだろうという事。
『私も本格的に手伝うぞ。今そちらに向かっている』
そちらに向かってるって言われても…ここ警察なんだけど、一体何をするつもりなんだ?一般人が簡単に入れるわけじゃないんだけど…。
再びチナツさんから電脳通信。
『よし、会議室に到着した。今から話を始めるから来てくれ』
『はぁ?』
俺はマヌケな声を漏らしてしまった。
会議室に来てる?
一体何をしてるんだ?チナツさんは。
例の『ドロイド遠隔操作事件』の対策会議室の前まで行く。
何故か壇上にはチナツさんがスーツ姿をキメて立っているではないか。
「チナツさん何をy」
「早く座れ、藤崎」
「は?はぁ…」
「本日付けで本庁より派遣された『栗原ちなつ』だ」
…って、ええぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇええ?!
「『ドロイド遠隔操作事件』と『尼崎一家なりすまし事件』の2つを担当する事になっている!まず最初に言っておくが、私は藤崎のように甘くはない。徹底的に事件の解決に導く。それに準じない人間は私が『処分』する」
おいおいおいおいおいおい!!
あんたがなりすましてるよ!
警察官になりすましてるよ!
なんて事してるんだよ、バレたらどうするんだよ…。
まぁ、今はその話は置いといて。
一人の年配刑事が手を上げてチナツさんに質問をする。
「『なりすまし事件』ってのはなんですかァ?」
でた。
でました。
そう、ここでは『なりすまし事件』なんて無かった事になってる。
「ある一家が朝鮮人によって戸籍を乗っ取られて、全員入れ替わっていた事件だ。死傷者も出ている。貴様は知らんのか?」
「そんな事件、起きてませんねぇ…」
クスクスという声が聞こえる。
「『起きてない』か『起きた』か、それは貴様等が決める事ではない。これらの事件の最高責任者である私が決める事だ。貴様等はその空っぽの脳味噌を無理して使う必要などない。ただ機械の様に私の命令に従えばそれでいい。納得がいかない者や手足の神経程度の脳味噌しか持ち合わせていない馬鹿は、今、手をあげろ。無能でクズなウンコ製造機は今すぐ捜査から降りてもらう」
すげぇ…。
一気に空気が淀んでいきたぞ。
今にも襲いかかりそうなほどに怒りに満ちた目で睨みつけている老害警察官…チナツさんの煽りも凄まじいがこの会場の雰囲気も凄まじい。
連中は今、悩んでいるのだ。
普通に考えれば『こんなクソみたいな上司に従うなんてまっぴら』と思って捜査から外れるだろう。そうすれば時が来れば警視庁から来てる(という前提の)チナツさんはここから去っていく。
しかし、連中には従うしか道がないのだ。
何故か?
奴等はチナツさんに事件を解決されては困るからだ。矛盾や謎が多い事件だから闇に葬り去りたいのだ。
自分たちが捏造した証拠などがバレてしまっては大変だしな。だから今、部屋に隠したエロ本を母親が探しまわるという状況でなんとか部屋に居るという都合をつけて、見つかるのを回避しているガキのような心境になっているのだ。
耐え切れず刑事達はお互いの顔を見合せている。
「さっさと答えろ。貴様等はそれでも社会人か?なぜ今、悩む?…ふむ。全員、残るということだな。では班分けをしようか」
「は、班分けェ?!」
チナツさんの声に火がついたように反発する老害刑事の一人。
「2つ事件があるのだから担当を分けるに決まっているだろう」
大慌てでその老害刑事は言う。
「で、では俺は『尼崎一家なりすまし事件』のほうを、」
「奇妙だな…貴様等は先程『そのような事件は起きてない』と言ったばかりだが…私はてっきり『事件は起きたが捜査が面倒くさいもろもろの理由で起きてない事にしてる』のだと思っていたが、」
「いや…そんなことはない」
「まぁ貴様等には選ぶ理由も権利もないのだが。もう一度言おう。貴様等の8ビットぐらいしかない脳のメモリーに書き込んでおけ。貴様等は『手足の神経細胞及びその周囲の筋肉や皮膚』だ。手足の神経細胞に仕事を選ぶ権利なぞない。私がやれといったことをやればいいだけだ。これほど簡単な仕事は他にないと思うが…。私が新米なら喜んで従うぞ。それだけで金が貰えるんだからな」
苦虫を噛み潰したような顔で俯く刑事達。
「反論がないなら班分けを行おうか。『尼崎一家なりすまし事件』のほうは私の藤崎の警視庁組が行う。『ドロイド遠隔操作事件』についてはそろそろ事件は解決に向かうだろうから、後は私の管轄下において、貴様等に任せる。どうだ?嬉しいだろう。喜べ」
え?
チナツさんはゆーすけを助けに来たんじゃないの?
そっちをメインにしないと…。
と、俺は電脳通信をチナツさんに繋げる。
『門田が刑事に殺されたんだよ、話したでしょ。あいつらに任せたらゆーすけも殺されちゃうよ?』
『心配ない。取調室に入る際の武器の所持のチェックもしよう。武器になりうるものは全てだ…もっとも、取り調べが出来れば…の話だが』
『え?』
「『ドロイド遠隔操作事件』には弁護士がついた。貴様等もよく知る『坂本興治(さかもとおきはる)』弁護士だ。坂本は取り調べの録画を要求している。もしそれがかなえられないのなら、容疑者である宮川祐介は一切取り調べには応じさせない方針だ。…ま、貴様等は事件はそろそろ終わると豪語していたからな、さぞ優秀な証拠が揃っているんだろう。私は気にもしていない」
よし。
これで取調室にこいつらが入ることが出来なくなった。
しかし一人の老害刑事が立ち上がって文句を言う。
「と、取り調べの録画だとゥ?!そんな事が許されるわけがない!日本の警察は伝統的に自白によって容疑を確定させていた!そんな横暴が許されるわけないだろう!容疑者にしても自分がやってないという自信があるのなら録画なんてしなくても取り調べに応じるはずだ!そうあるべきだ!」
「十分な証拠があるから逮捕したんだろう?十分な証拠があるから自白させれるとふんでいるんだろう?ならば取り調べを録画してもなんら問題がないはずだ。むしろ自白なぞしなくても十分に裁判に勝てると言ってもらってもかまわないのだが…なぜそのように焦るのだ?…貴様、まさか証拠を捏造したんじゃあるまいな…?今まで警察の不手際は様々あるが、証拠の捏造は『不手際』ではなく『犯罪』だからな。わかっているんだろうな?」
これだけの距離が離れていても、その老害刑事の顔が汗でびしょびしょになっているのがわかる。図星らしい。
老害は「ありえない、ありえないぞ」とぶつぶつ言いながら椅子に座る。
あとはどうやってゆーすけを釈放に導くかだ。
そしてそれまでどうやってゆーすけを殺害されないように守るか…。