146 怒涛のマスカレーダー 15

複数ある取調室を1つ1つ、見て回った。
と、その1つにゆーすけがいるのが見えた。
しかし話しているのは刑事ではない。どっかのおばさんだ。
面会?
面会が来てるのか?
だとしたら、ゆーすけの母親なのだろうか。
ケイスケほどじゃないけれども巨漢の肉々しいからだつきなゆーすけは一人のおばさんと取調室の中で話をしている。俺はマジックミラーで取調室の中を見ることが出来る隣の部屋に入った。
一人、婦警がいる。
「面会?」
「はい。宮川さんのお母さんのようです」
やっぱりそうか。
面会中の二人の会話がマイクを伝って聞こえる。
「なんで来るんだよ!!」
ゆーすけが怒鳴る。
それに対して彼の母親は泣いて赤く腫れている目を見せないように手で覆いながら涙声で言う。
「ゆうちゃんが元気にしてるか、母ちゃん見に来ちゃったよ」
「俺はやってねぇから、こんなところからすぐに出てやるよ!」
「そうだよね、ゆうちゃんはパソコンの大先生だもんね。ゆうちゃんはパソコンをそんな悪いことに使ったりしないって、母ちゃん、信じてるから」
「もういいからさっさと帰れよ!!」
泣いている母親とは対称的にゆーすけは興奮してキレかかっている。
「母ちゃんね…警察の人に『親子の縁を切れ』って言われたよ。でも、母ちゃん、それだけは絶対にしないって。ゆうちゃんが犯罪者になっても、母ちゃんはゆうちゃんの母ちゃんだからね…」
「…」
「あぁ、そうだ。これ、カツ丼…差し入れに作ってきたの。ちょっと冷えちゃったけど、美味しいから、食べてね」
「い、いらねぇよ!馬鹿かよ!警察の取調室にカツ丼とか、自白フラグかよ!ふざけんなよ!!持って帰れよこんなの!!!」
「部屋の前のところに…置いとくからね」
ゆーすけの母親はそう涙声で言うと、ラップに覆われているカツ丼を手に部屋を出て行く。
一人取調室に残されるゆーすけ。
…無性に腹が立ってきた。
ゆーすけにではない。
今のこの『状況』全てにだ。
俺は廊下に出ると、ゆーすけの母親が置いていったと思われるカツ丼を手にとって、取調室に入る。
そしてテーブルの上にそれを置く。
「何度も言ってんだろうが!!俺はやってねぇ!C#使えねぇんだよ!」と、ゆーすけは警察官である俺が入ってくると、再び火のついたようにキレる。
「それはもういいから」
カツ丼と箸をゆーすけの前に置いてラップを取る。
そして、
「食いな」
そう言った。
「いらねぇっつってんだろ!!」
「レンジでチンしてきたほうがいいの?」
「ちげーよ!!食わねぇっつッてんだよ!」
ゆーすけはカツ丼を弾き飛ばそうとしたので、俺はグラビティコントロールでカツ丼を宙に引っ張りあげてそれを回避した。
再びカツ丼をゆーすけの前に置き、言う。
「この世でたった一人のあんたの母ちゃんが、息子の為に一生懸命作ってきてくれたカツ丼だよ。世界にゃいろいろカツ丼はあるけれど、あんたの為にあるカツ丼なんて探してもどこにもない。食べな…」
「お、俺は、自白しねぇからな!!」
「自白なんてしなくていい。いま作戦練ってるところだから」
「さ、作戦?…探しても証拠なんて出てこねぇからな!」
勘違いしているようだな。
まぁ無理もないか。
「…違うよ。あんたをここから救い出す作戦だよ」
「え?」
不意をつかれてゆーすけは驚きを隠せないようだ。
「いいから。今はカツ丼を食べな。冷めちゃうだろ」
…。
それから、俺は再びマジックミラーのある部屋に入った。
婦警を部屋から追い出して考えていた。
裁判は国民裁判だからあのレベルの証拠ならゆーすけは有罪には出来ないだろう。どんなに悪意を持った人間が居たとしても100人の人間が無差別に選ばれてゆーすけの罪を評価するのだ。余程の決定的な証拠がない限りは有罪には出来ない。ただ、有罪か無罪かの有無に関わらず門田は殺された。同じ事がゆーすけに起こらないっていう保証はどこにもない。
拘留期間が長ければ長いほどそうなる可能性がある。
ふと、俺はaiPhoneを使って2ch掲示板で『門田』というキーワードでサーチしていた。いつもこんな感じに暇な時があればニュー速板を見ている。
スレッドは上がってはいるのだが、炎上している様子はない。
警察署の中で容疑者が自殺…この時点でスレ住民の興味は警察の不手際というよりも、自殺した容疑者のバカっぷりに注がれる。それだけ悪い事をして有罪になるのが嫌だったのか、などと、街のゴロツキどもに向けるような視線で門田を見ている。警察が殺したと指摘するものも居るのだが、そもそも警察に捕まるような『ゴロツキ』が自殺しようと屁でもないという雰囲気。
ま、それが一般市民様の考えだろうな。
それで俺はようやくわかった。
『これ』が欲しかったんだ、警察は。
つまり、今の状況そのものが警察の勝利なのだ。
不手際があってもそれほど叩かれない。
殺されれば何もかもが有耶無耶になり『警察の不手際』っていう警察にとっちゃぁ痛くも痒くもない結果で連中の目的が達成させられてしまう。
ちょうど飲酒運転で事故を起こした公務員様がその際に家族4人が乗ったワゴンを橋から海へと突き落として皆殺しにしても、その処分は『減給』だけで殺人罪を免れたように。
最初っからそれが狙いなんだ。裁判で有罪にさせれるかどうかなんて奴等にとってはどうでもいい。
そうやって無実の人間を闇に葬ってきた。
どういう理由で警察が今回の事件を全面に出したのかはわからないのだけれど…。
あークソッ!
やっぱり俺みたいに頭が悪い人間には難しい。
こういう時は一人で考えこまないで誰かを頼ろう。
俺は以前は一人で何とかしようと戦っていた時もあった。ケイスケがこんな身体にしたせいで『正義の味方』なんてのを気取った時もあった。だからか他の人間には俺と同じような事が出来ないだろうと勝手に思ってて、いつも一人で悩んでいたりした。でもそれは意味のない事なんだよ。
全能な人間なんてどこにもいないし、仮に居たとしても時を止める能力でもない限りは与えられた時間内でやらなければならない。
だから人には『言葉』があり『助け合う』ことを楽しいと感じれる。
マジックミラー越しに見える取調室の中。
ゆーすけはカツ丼を食っていた。
その頬には大粒の涙があった。
涙はポロポロと彼の母親が作ったカツ丼の中に注がれている。母の愛が詰まったカツ丼に、それに答えるような大粒の涙が入ってる。
ゆーすけはがむしゃらにそれを食っていた。
無実の罪で逮捕した警察を憎んだ怒りと、息子が犯罪者になっても愛していると言った母への感謝…それらが頭の中をぐしゃぐしゃに暴れまわって、今にも大声で泣きだしそうになる感情を押し殺すように。
それを見て俺は決心した。
…コイツをここから救い出す。