146 怒涛のマスカレーダー 14

ケイスケ宅一階では、夕方の鬱憤を晴らすべくケイスケが見ているアニメが大音量で鳴り響いている。それを聞きながら眠りに入る俺。
ケイスケが夜中にアニメを見るのはいつものことだから寝入りのBGMのような気分でそれを聞いている…そういえばこうやって壁や床越しに音を聞いていると本来のとは異なったBGMが聞こえてくるよな。低音の部分だけが響いてくるような。それが新たな発見があって心地よかったりする。
と、突然そこで俺のaiPhoneの着信。
寝る時はバイブモードにしているし余程のことがない限り俺は机の上にaiPhoneを置き充電をしているのに、何故かその時は手に持っていて、夢見心地で着信に対して応答していた。
「はーい…なんですかァ…?」
「藤崎さん?」
「ん?その声は…誰?」
常磐です」
「あぁ…って何?事件?」
「門田が吐きました。門田宅には警察が押収したヤクや拳銃などが一時的に保管されていたらしいです。しかもそれらを暴力団に流してただとか」
「え?マジでェ…って、おおかたそうだろうと思ってたけどォ…」
「ただ、あの事件以降、何度も県警が出入りしているので…証拠は既になくなっていると思われますが…門田が言っている事は本当だと思います」
「んじゃ、まぁ、また今度、家に行ってみようかねー」
「はい」
そこで電話が切れた。
俺はあの門田家には色々とあると思ってたからあんまりインパクトはないんだよなぁ。確かに警察にとってはネタ的には大きいけれども…それは別に明日の朝でもよかったんじゃないのか。
…何時だァ?
2:00じゃん!!
いつに電話掛けてくるんだよ!!!営業時間外だよ!!
ったく…。
と、朦朧とする意識の中で俺は再びaiPhoneをベッドの横に置き、枕に顔をうずめて眠りについた。深い深い眠りに。
そして翌日。
兵庫県警の建物の前には数台の救急車が止まっていた。
また警察官がドロイドに襲撃されたのか?しかも、それは生きている人間を運搬する運び方ではない。シートが顔まで覆っており、真っ赤な血が廊下やらフロントやらに点々と痕を残しているのだ。
「え、ちょっ…」
慌てて救急車に駆け寄る俺。
救急隊員に質問する俺。
「誰が殺られたの?!」
隊員は何食わぬ顔でシートをペラリと捲る。
俺は戦慄した。
そこには門田美代の顔がある。
1センチかそこらの真っ赤なくぼみが額の右斜め上にあり、後頭部は衝撃で破裂してて、ピンクだか白だかの脳みそを思わせる肉片やら頭蓋骨やら、頭皮やら、それに付着していたと思われる髪の毛がある。
警察署内で撃たれたのか!?
誰が撃ったんだ?!
「門田が取り調べを受けてる最中に突然暴れだして、担当の警察官から銃を奪って、それを使って自殺をしたらしいです」
「はぁ?!」
おいおいおいおい!
銃を奪って自殺って、なんで取り調べの最中に警察官が銃を持ってるんだよ?!それって超不自然じゃないか!容疑者暴れまくって拳銃を奪われる可能性だってあるだろうに、何を考えてるんだよ!!
こんなの、殺しちゃいましたって思われても仕方ないぞ!
でも救急隊員はまるでそれはいつものことのように「何いってんのコイツ?」的な目で俺を見た後、再び門田の顔にカバーを被せて救急車に乗せ、運んでいった。
救急車のあの赤いチラチラは回さない。
もう検死をするだけだからな。
俺はズカズカと廊下を歩き、例の『ドロイド遠隔操作事件』の対策会議室へ、文字通りドアを蹴破って怒鳴りこむように入った。
そこでは担当の刑事どもがお茶を飲みツマミを食い散らかしながらエヘラエヘラと笑い合っている。今しがた容疑者の死体が救急車で運ばれていたのに、こいつらは全くそんな事を気にしている風じゃない。
「誰かが門田の取り調べしてたの?!」
その『不良の集まり』のようなテーブルの一角に向かって俺は怒鳴る。
「ん?俺だが?」
ドヤ顔で答えたのは『淀川銀平(よどがわぎんぺい)』だ。淀川は県警の古株の刑事で署長である佐々木よりも年齢が上で態度も大きい。影のリーダー的な存在なのだろうか、淀川以外のおっさん刑事どもも奴を慕っている。
ただ、俺から見るとキレ者というイメージではなく、居酒屋などで終電の時間まで酔っ払って顔を真赤にしてるようなおっさんだ。
「なんで銃を持って取り調べしてんの?」
「なんでって、そりゃぁ、たまたま持っていただけだよ」
そう言うと周囲の刑事達の間では笑いが起きる。
「たまたま銃を持ってて、たまたま容疑者がそれを奪って、たまたま自殺したって?誰がそんなのを信用すると思ってんの?」
「本当だよ?俺は殺しちゃいねぇよ?」
「証拠は?」
「証拠って、あんた、俺は『殺しちゃいねぇ』って言ってるんだから証拠もクソもねぇよ。それが証拠だよ。だいたいなんで俺が門田を殺さなきゃいけないんだよ。そんな理由はどこにもないじゃねーか」
「…っていうか、なんで門田の取り調べしてんの?ドロイドの遠隔操作事件担当のはずじゃん?」
「あれはもうそろそろ解決するんだよ。証拠も揃ってるし。あとは自白させるだけでキマりだ。門田の事件はまだ謎が多いじゃねーか」
謎が多いんだから自殺させないように気をつけろって…いってもダメか。コイツの脳味噌は…。その場その場で自分に都合のいい言い訳を作ろってきてて、殆どが理論的に破綻してる。典型的なダメ社会人の見本だ。言葉だけ飾ってれば自分が大きく見えるもんだと思ってる。そこには本質も信念もクソもない。
イライラしながら俺は会議室を出る。
事務所に入って電話番をしている常磐と加藤に言う。
「門田が殺された話は知ってる?」
常磐は黙って頷いた。
加藤は、「は、はぁ…」と空返事だ。
「宮川祐介が殺されないように見張っといて。あの年配刑事が取り調べ室に入る時は銃を持ってないかチェックして!」
それに驚いたのは加藤だ。
「え、それって、淀川さんが殺したって事ですか?」
「門田は留置所であたしに向かって『別の県警で取り調べして欲しい』って言ってきたんだよ!!殺される兆候があったってことだよ!あの女は人は殺しても自殺するようなタマじゃないよ!殺したに決まってんじゃん!」
そうは言いつつも、俺の中では、それらの兆候に気づいていながらなんら対処しなかった俺自身に対しても怒りの矛先が向いていた。
とにかく。
俺は事務所を出て取調室へと向かう。
「門田家には行かないんですか?」
その俺の後を追ってきたのは常磐だ。
「今はそれどころじゃないよ。99%冤罪で逮捕されてる宮川祐介がもう少しで原因不明の自殺で100%殺されてしまうよ!」
「そうですか…」
「門田家については今のところあなたに全部任せるから。頑張って。あたしはゆーすけ君を何とかして欲しいってお願いされてるし」
「わかりました」
その一言の後、いつの間にか常磐は居なくなっていた。