146 怒涛のマスカレーダー 11

マイクロチップ付きの猫の首輪を命からがら手に入れた警察一同は「有力な証拠を得た」というマスコミへの発表以後、暫くの間、沈黙を守っていた。
俺は兵庫県警で周到に容易されていたマイクロチップを手に入れただけであって、それが一体どんな凄い証拠になるのか検討もつかなかった。
久しぶりに家に帰って夕方のお笑い番組を見ている最中だ。
突然テレビ番組が中断されて『緊急速報』へと切り替わった。
以前、関東でかなり大きな震災が来た時もこんな感じで緊急速報へと切り替わったのだ。俺は身構えてテレビの前に居た。あの震災の時と同じで、背景には大慌てで右往左往するマスコミの姿があり、原稿もろくに容易されてない机に座らされたキャスターが「始めてもいいですか?」とかマイクから口を話してスタッフ達に聞いている。緊迫感が伝わってくる。
「何が起きたんだろ?」
マコトが言う。
地震ですわね…これはかなり大きいんじゃないですの?」
ナツコも言う。
「まーたアニメが見れなくなるにぃ…」
と、これはケイスケだ。
キャスターは震え声で今しがた渡された原稿を手にとって言う。
『ただいま入りました速報によりますと、兵庫県警を標的として、ドロイドを遠隔操作して警察官に怪我を負わせていたと思われる容疑者が逮捕されたとの事です!!容疑者の名前は「宮川祐介(みやがわゆうすけ)」30歳。宮川祐介です。宮はお宮の宮、川は河川の川です。え〜、繰り返します。ただいま入りました速報によりますと、兵庫県警を標的として、ドロイドを遠隔操作して警察官に怪我を負わせていたと思われる容疑者が逮捕されたとの事です!!容疑者の名前は「宮川祐介(みやがわゆうすけ)」30歳。宮川祐介です。宮はお宮の宮、川は河川の川です。兵庫県内の「猫カフェ」に居たところを逮捕されたようです!!また、猫カフェの前には駅のトイレで用を足していたようです。その前にはコンビニで漫画を立ち読みしていたと思われます。ウジテレビでは一旦番組を中断し、今後1ヶ月間、遠隔捜査事件の特別番組をお送りします!』
「な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、なん……………じゃコオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォリャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」
ケイスケが怒鳴る。
「どこのチャンネルにしても遠隔操作事件特集だよォ!」
マコトが次から次へとチャンネルを変えまくり、それが全部遠隔操作事件に関する速報だったという絶望を味わった上で、震え声で言う。
「ちょっと待ってよ、さすがに東京テレビだけはそんなことは…」
俺はチャンネルを東京テレビに変える。
『ほら、みてください、この抱き心地!』
よし、安定稼働中だ。
「い、い、い、い、一ヶ月ゥ?!」
ケイスケは何故か俺を見てそう言う。
「う、うん…一ヶ月…」
ってさっきテレビで言ってたな。
どんだけ遠隔操作事件特集やるんだよ。一ヶ月って正月特番でもそんなに長くないぞ?アホか?死ぬのか?死ねよマジで。
キャスターは続ける。
『たまたま逮捕現場に居合わせた「吉永リポーター」と連絡が取れております!吉永さん!現場はどのような状況でしょうか?』
テレビ画面は容疑者である『宮川祐介』逮捕現場に移り変わる。
「な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、なん……………じゃコオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォリャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」
ケイスケがテレビ画面を両手でグワシと掴んで吠える。
「見えないよケイスケ!」
「うわぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」
ケイスケはそのまま目を押さえてリビングの床に転げる。
猫カフェの前はマスコミでごった返していた。
もう人と人の間の隙間とかなく、すし詰め状態。上からはヘリの轟音が鳴り響いている。時々視界にヘリが見えてたりもするが、どれも高感度カメラを容疑者のほうへと向けているのだ。
リポーターは続ける。
『大変なことに、なって、おります!神戸の街が!神戸の街が!大変です!逮捕劇を目の前にして人が、次から次へと、集まってきます!!』
リポーターを移すカメラが少し揺れて容疑者と警察以外の部分を映す。するとそこには『ウジテレビ』と書かれたテントが立ててあり、中で炊き出しが行われているのだ。マスコミ各社へと豚汁みたいなものが振舞われてる。あれだけ混雑している通りは意外にもマスコミ以外は居ない。通り過ぎる神戸市民は冷めた表情でそんな『どんちゃん騒ぎ』をやらかしているマスコミを見ている。そしてとうのマスコミ様は豚汁みたいなのを食っているシーンが偶然にもカメラに拾われるとこんなの食ってる場合じゃねぇという勢いで茶碗をテーブルに置き、騒ぎの中へと入って押しくら饅頭をしはじめる。いかにもわざとらしく。
『大変です。大変な事です。日本の歴史が、今、動いたのです。今、皆さんは歴史が動くその瞬間を、目の当たりにしたのです…!!』
それからスタジオに映像は切り替わり、神妙な顔でリポーターに問いかけるキャスターが映る画へと変わる。
『吉永さん!吉永リポーター!現場の方から歴史的瞬間の映像が送られてきたというのをこちらで確認させて頂いておりますが、どうでしょうか?今、神戸市民の方々は、どのような気持ちで、ドロイド遠隔操作事件の犯人の逮捕劇を見られていたのでしょうか?』
『はい?』
『吉永さん?音は拾えてます?』
『申し訳ございません、非常に、現場は混沌としているというか、』
『吉永さん?スタジオの声、聞こえます?』
『はい?』
『吉永さん?音は拾えてます?』
『申し訳ございません、ちょっと音声が、』
『よしながさーん』
『はーい』
『音は拾えてますか?』
『ちょっと聞き取りづらいです!』
『えーっと、マイクのテスト中、マイクのテスト中ゥ…』
『あーあーあーうーうーうー』
『入りますか?』
『今、あーあーあーとか聞こえました?』
『はい、スタジオには聞こえてますよ?』
『はい、あ、はい。(何やらカメラマンと話し中)』
『はい。オーケーです!』
『拾えてますね』
『はい、はい、拾えています』
『神戸市の市民の方にですね、インタビューをお願いしたいのですが、』
『あ、はい。はい、では、ちょっとたまたま通りかかったおばあさんに、今の心境を聞いてみましょう』
吉永リポーターはまるで準備していたかのように、既にマイクの前でばっちり待機中のおばあさんに近寄ると、マイクは既に用意されていておばあさんはそのマイクを持っているのにも関わらず、自ら持つマイクをおばあさんに向けて、
『今の心境をお聞かせください!積年に渡り、県警や市民をイタズラに恐怖に陥れていたドロイド遠隔操作事件の犯人が捕まったという事なのですが、』
と早口で言う。
と、それを聞いた途端におばあさんはひっくり返って白目を剥いてガタガタと震え始めて、小便は漏らすわクソは漏らすわで最後にはゲロをまき散らした。
『おばあさん!おばあさーん!!誰か、救急車を…救急車を!!』
吉永リポーター演技うまいなぁおい。