146 怒涛のマスカレーダー 10

その日は朝から署内の刑事ども総出で江ノ島に来ていた。
ドロイドまで導入した大規模な『猫・捜索作戦』だ。
馬鹿馬鹿しいと思うのは俺だけだろうか?それとも、今しがた俺の隣でいつぞやと同じく海鮮丼をムシャムシャと食っている加藤も、俺と同じように馬鹿らしいと思っているのだろうか?
ここは以前、俺と加藤が江ノ島に来た時に寄った食堂だ。
「加藤さぁん〜」
俺は加藤に話しかける。
「なんですか?」
「馬鹿馬鹿しいと思わない?」
「思いませんよ?」
意外な回答。
「なんで?あたしたちが仕掛けた『猫の首輪』を今から兵庫県警総出で探すんだよ?しかも他の県警管轄の江ノ島で」
「藤崎さんは海鮮丼を食うことを馬鹿馬鹿しいと思っているんですか?」
「いや…」
そっちかよ…。
「食べることは重要だよね…」
「ですよね」
じゃあ江ノ島で猫の捜索をすることは馬鹿馬鹿しいってことか。
再びムシャムシャと海鮮丼を胃袋に放り込み始めた加藤に言う。
「ねぇ」
「…なんですか?」
「猫に首輪をつけたんじゃなくて、『猫のコスプレした人』に猫の首輪つけたって、上には報告した?」
「ゴホォォッ!!ゲホォッ!ゴォッ…ホォォッ!!」
どうやら報告してないらしい。
「みんな必死に猫を探してるよ…大丈夫なのかなぁ?」
「だ、大丈夫だと…思います。あの首輪、GPSがついてるんですよ」
「あー!そうか。そうだったね」
「さっき見たんですけど、コスプレイヤー江ノ島に来てますよ」
「ほほぅ」
加藤はどこからか持ちだしたのかaiPadを俺に見せ、ホログラムとして展開されたCoogleMapのポインタを指さす。江ノ島の地図には赤いマークがぽつんとあり、それが首輪の在りかだと指し示している。
「なんかめっちゃ早く移動してない?」
ポインターはビューンと地図上を移動している。
「車にでも乗ってるのかな?」
「でも、森の中じゃない?ここ」
ポインターがビューンと移動したところは山の中だ。
道路は周囲にはない。
GPSでも精度が悪い時あるから…」
「最近のGPSで?Coogleのは軍の衛星からも情報を得てるのに?」
「え、えぇ…そこんところはよくわかりませんけど」
と、その時だった。
俺達が座っているテーブルの横にある窓ガラスが粉々に粉砕されたのだ。そこだけじゃない、店中の窓ガラスが粉砕されて、その破片の一部は客が食べている海鮮丼の中に入った。
あまりの出来事にさすがに食い意地がはった加藤でもその手を止めた。
しかし向かい側のご老人夫婦はガラスの破片が入っていることなどボケてて気付かないのだろうか、箸で破片をつまんで口に放り込もうとする。…と、俺は慌ててグラビティ・コントロールで破片も箸も丼も弾き飛ばしてあげた。危ない危ない、このボケ老人ども逝くところだったぞ。
「何が起きたの?!」
呆然としている加藤をよそに街路に出る俺。
その目に映ったのは、ドロイドに爪を振り下ろすにぃぁの姿だった…。
「え、ちょっ…え?えぇ?!」
まさか…まさか?
おいおいおいおい!
にぃぁの首輪にあの猫の首輪がついてるぞおいおい!
誰がつけたんだよ!一番『取りにくい場所』に!!
「にぃぃぃぃ…」
にぃぁは既に戦闘モードに入っており、周囲のドロイドの一斉射撃を走って交わしている。砂埃がにぃぁの後ろに続いているのはドロイドの放った機関砲がすべからく外れている証拠だ。
アイツは本気だしたらあんなもんじゃないぞォ!
「そっち回ったぞ!捕まえろ!」
県警の刑事がそう吠える。
アホか!!人間が捕まえられるわけないだろ!!
「ひ、ひぃぃぃぃ!!!く、来るなァ!!!」
県警の刑事がそう叫ぶ。
ハンドガンを連射するもにぃぁはその全てを弾き飛ばした。
「にゃん!」
にぃぁの爪が刑事の首元をかする。
危うく首を跳ねられそうになる刑事。持っていたハンドガンはバラバラになった。つまり、見た目には一文字を斬ったような軌跡は実は既に何度も爪が行き来してる。目には見えない高速の爪が動いているのだ。
女子制服を着たにぃぁは四つん這いなのにレース用の車よりも早い速度で駆け回っている。そこに空からもドロイドが攻撃を仕掛ける。
「フゥッー!」
にぃぁが睨む。
と、空を浮いてにぃぁを追尾していたヘリタイプのドロイドの周囲に重力波が現れ、地球に向かってまっすぐに見えない力の壁が降りる。
キミカインパクトかよ!
あっちゅうまにヘリタイプのドロイドは地面に墜落、というよりも叩きつけられて、ぺちゃんこになった。
「なんて猫に首輪つけてるんだ!!加ァァ藤ゥゥゥ!!!」
ほら、上司マジキレしてんじゃん!
多脚戦車タイプのドロイドは機関砲ではなく戦車砲でにぃぁを狙う。
「にゃ!」
砲撃をなぎ払うにぃぁ。
砲弾はにぃぁを反れて冬の海の中で爆発する。
立て続けに機関砲で応戦する戦車。
それらを全て両腕にある黒い爪…おそらくは俺が持っているグラビティ・ブレードのようなもので、全弾弾き飛ばしている。もう猫を捕まえるとか追うとか殺すとかそういうレベルじゃない『いかに生き延びるか』である。
「なんとしてでも、なんとしてでも、こいつを江ノ島から出すな…人類の存亡が俺達にかかっているんだ…!!!」
顔を涙でぐしゃぐしゃにした兵庫県警の刑事が叫ぶ。
俺は加藤が食べていた海鮮丼取りに食堂へと戻った。
加藤はまだあっけに取られて呆然と窓のほうを見ている。
そんなのは無視して海鮮丼を持ち、外へと出る俺。
その間、わずか30秒かそこら。
そう、30秒かそこらで、江ノ島に配備されていた兵庫県警のドロイド部隊は壊滅していたのだ。
黒煙が吹き上がり、その中で揺れる影がある。
にぃぁだ。
ボロボロの学生服がなんとかにぃぁを「あれって、女子高生じゃね?」と思わせている。が、一歩間違えば最終兵器彼女だ。
「にぃぁ、エサの時間だよぉ」
俺は恐る恐る、海鮮丼を持ったままにぃぁに近づいていく。
「にゃぁぁ…ん」
今しがた2本足で立っていたにぃぁは再び四つん這いになり、俺に向かって猫撫で声を出す。それから、海鮮丼に顔を突っ込んでクッチャクッチャクッチャクッチャとそれを食べ始めたのだ。
俺はその隙ににぃぁの首輪を頂戴した…。