146 怒涛のマスカレーダー 9

翌日。
対策会議室はマスコミの連中も巻き込んで大混雑していた。
ボスである佐々木刑事がマスコミを前にして電子メールを公開している。メールには色々と書かれてはあるけれども、中でも目を引くのはAAだ。
のまネコって呼ばれるAAがそこにある。
のまネコっていうのは2ch発祥のAA(アスキーアート)で猫に似た姿をしている。以前エイベックソがこののまネコを買ってに自社の宣伝キャラにしたとかで2ch勢と揉めた事もあった。あれから下火になったっけ。
これが今回の事件とどう関係があるのかはわからない。ただマスコミ一同は何かピンとくるものがあったようでヒソヒソと話をしているのだ。
佐々木はマスコミに向けて話をする。
「ドロイドをハッキングし、警察官を襲っていたと思われる『ハッカー』から警察宛にこのようなメールが送られてきました。メールのタイトルには『新春・猫探しゲーム』とありました。その本分には『江ノ島の猫のうち1匹に首輪をつけた。そこにはこの事件の証拠となるデータをマイクロチップ内に保存してある。それを見つけることが出来れば、犯人への手がかりになるだろう。さぁ、ゲームを始めましょう』と、警察を挑発するかのようなことが書かれてありました。メールの出処を調べましたが偽造されており、犯人への手掛かりはメールからは見つかっておりません」
江ノ島というキーワードが出た。
そういえば俺は江ノ島で首輪にマイクロチップの入ったものを猫(のコスプレをした人間)につけたのだが、あれと何か関係があるのだろうか?
マスコミから質問が飛んでくる。
のまネコアスキーアートがメールにありますが、今回の事件とエイベックソ脅迫事件と関連性があるという事でしょうか?」
「それはわかりません。犯人がエイベックソの事件を摸倣している可能性もあります。専門家に見せたところ、メールの文面やAAからエイベックソの一件で逮捕された男と同世代ではないかという予測も出ております」
別のマスコミからの質問。
江ノ島を選んだということは犯人は猫に執着があるということでしょうか?警察官がドロイドに襲われる事件と『猫』と、なんらかの因果関係があるという予測はされていますか?」
「まだ予測の域はでませんが…エイベックソ脅迫事件で警察の捜査に納得をしていない一部の勢力が犯行に関与している可能性も捨て切れません」
ざわめくマスコミ各社。
「それは2chの人間の中に、犯行動機を持った者がいるということですか?」
「その可能性は高いと見ています」
ん?
よくみるとマスコミの中にエルナの姿があるぞ。
クソ面倒くさそうにメモをとったり写真を撮ったりしてる。エルナにとっては他のマスコミも追いかけている事件を一緒に追うのは朝礼に参加するぐらいに面倒くさいことなんだろう。
そのエルナが手を上げて「はい、はーい」と言っている。
警察に指名される。
エルナはぴょこんと立ち上がると、
尼崎市で起きた朝鮮人による戸籍乗っ取り問題について、」
と、ここまで話した所で警察一同はドッと笑い出し、
「部屋を間違われたのではないでしょうか?ここはドロイドによる警察官連続襲撃事件を扱っている対策本部でして…」
と言い、エルナの質問を遮る。
「え、でも、管轄じゃないんですか?」
などとエルナは質問を続けるも、警察関係者と思われる数名の人間がエルナを囲んで会議室の外まで引っ張りだした。
確かに場違いではあるけれども…なんだ?あの警察どもの慌てようは?
エルナはマッチ売りの少女が家の中を除くように恨めしそうに会議室の中をジト目で睨みつけている。そしていよいよそれにも気付かれて、警察関係者数名に拘束されて、どこかへ消えた。
「我々は江ノ島での猫の捜索を予定しております。もし、首輪のついた猫を見かけられたら兵庫県警までご連絡ください」
そう言って佐々木はマスコミへの『発表会』を締めた。
各社マスコミがごった返す廊下にて俺の背後から知った声がある。
「藤崎さん」
もう一人の若手刑事・常磐だった。
「何かわかった?」
「尼崎の例の家の件ですが、以前、門田と名乗る日本人一家が所有していた事は近所の人の話やiCAM(監視カメラのデータベース)のデータから見ても間違いないです。ただ、市で管理している戸籍データベースではその記録が何故か抹消されています」
「その記録が抹消されたタイミングと朝鮮人が家に越してきたタイミングが一致、っていうオチじゃないでしょうね?」
「そういうオチです」
「ふむふむ…臭いなぁ…プンプン臭うよ」
「それと…今の門田家は警察によって証拠として差し押さえられてて、うちの署のものが何人も出入りしています…これも不自然です…」
「何か聞かされてないの?」
「何も」
知ってても話さないだろう。
いっそ門田家の今の戸籍に収まっている朝鮮人に聞いてみるか。
「留置所に行きましょう」
「門田美代ですね」
それから小一時間して、留置所で面会を行う。
本来ならルールとして警察署まで門田を連れてきて尋問をするのだが、その手続をしていると、この事件を『無かったことにしようとしている』警察連中に怪しまれる可能性があるのだ。
「警視庁の藤崎です」
警察手帳を看守に見せる俺。
ID認証になっているので俺が本物の警察官であるかは看守の記憶と一致しなくてもいい。システムに登録されたデータベースと一致さえすれば。
「あら?常磐さん、あなたはID持ってないの?」
「えぇ…というか、僕はここに入るのはマズイですよ」
「う。確かに。外で待ってて」
「はい」
そうだ。
常磐の動きがマークされている可能性もある。
俺は一人、門田美代がいる房へと足を急がせる。
門田は居た。
俺を見るなり向こうから話しかけてくる。
「話を聞きに来たんでしょう?あんた、警視庁から来たんだってね!」
どこで聞いたのか俺がテロ対策課から派遣されてることが漏れてる。
「だから?」
「あんたは関係者じゃないってことだよ」
関係者?
「門田家について話を聞きにきたの」
「それは話せない…ここではね。他の場所に移してくれない?」
何を言ってんだコイツ。
「意味がわかんないんだけど…他の場所?署で話すってこと?」
「違う!兵庫県警の管轄以外の場所でなら話すって言ってるの!あんた警視庁から来たんでしょ?その辺も何とかならないの?」
「知らないよ…そんな事を過去にした人なんていないってのは知ってる。なんでここじゃ話せないの?」
「その理由もここじゃ話せないよ!いいから、ここから移して!」
「あぁ、わかった、わかった。移すよう努力してみるから…今、話して」
「ダメだって言ってる!」
「ったく…わかったよ。じゃぁ、上と掛け合ってみるから」
「ここに来たことも誰にも話さないで!」
俺はそれにうんうんうんと頷いてその場を離れようとした。その時だ。
門田美代は俺の腕を牢屋の鉄格子の間から伸ばした手でギュッと握って、
「私が、証拠ッ。いい?絶対誰にも話さない!」
そう言った。