146 怒涛のマスカレーダー 8

さて。
そろそろこの首輪を適当な猫につけなければならない。
今日わざわざ兵庫から神奈川まで来たのはその為なのだから。
どれにしようかなぁ?
江ノ島だから猫はそこら中にいるけれども、つけるならなんかちょっと目立つ猫につけたいかな?それが俺のアイデンティティ、なんつって。
と、その時だ。
アニメソングが大音量で鳴り響き、人だかりが出来ている場所を俺は見つけてしまった。こんなところでもアキバ化が行われているのか…。その人だかりの中には小さいながらも舞台が作られておりチラチラと猫耳のようなものが見える。
おぉ、凄いな。
何かのキャラなのか手足が猫となって、セクシーな毛皮バニーを着ている女の子が踊っているのだ。バニーなのに猫耳。そしてこのアニメソングはにゃんにゃんにゃんとやたらと『にゃん』が多い歌詞。
ケイスケがここにいたら喜びそうだなぁ。
「視線いいですかー!」
とヲタっぽい男が踊り子の女の子の股の間に滑りこんで、上を見上げてカメラを構える。ってやりたい放題だなこりゃ、何が『視線いいですか』だよ。お前どこの入って言ってるんだよ。女の子の股の間に顔ツッコむとかここ以外でやったら即警察へGoだぞ。
しかし、猫耳女の子はそういうのも許容範囲なのだろう、ニコニコしながらピースサインでカメラ小僧に応じていた。
そうだ。
この『猫』に首輪をつけよう。
このコスプレには首輪がついてないじゃないか。
俺は人だかりの中に入っていき、女の子に近づいてから、
「首輪いいですかー!」
と視線いいですかー!の延長線上の台詞で言った。
「はーいにゃん!」
心地よく女の子は首輪を付けさせてくれた。
ペット用の首輪だからちょっと人間にはキツイかなぁ?なんて思ってたら女の子の首は意外と細いようですっぽりと収まった。
「おぉぉぉ!!」
SMみたいな雰囲気になって男達は興奮する。
それから視線いいですかの嵐だ。
ふぅ。
お仕事終了、っと。
人混みをかき分けて商店街へと戻る俺。
まさかまだ食ってるんじゃないだろうな…?
食堂を覗いてみる。
「あ、終わりましたぁ?」
まだ食ってるのかよ!!!
「うまいっすよ、江ノ島ラーメン」
いくら丼食い終わってラーメン食ってるし!!
どんだけ食うんだよ!!
「もう帰るヨォ!」
「あ、ごめん、もうちょっとだから。あと少し」
急いで残りのラーメンを口にツッ込む加藤。
「はやく!」
「あー、はいはい!お勘定!」
店員を呼ぶ加藤。
店員がやってきてレシートを見てから、
「はい、14200円です」
どんだけ食ってんだよ!!
海鮮丼1500円だったぞ!!
「ふぅ…食った食ったぁ」
ぱんぱんに膨らんだ腹をペシペシッと叩いてから加藤は言う。
それから、
「どの猫につけたんです?」
と聞いてくる。
俺はドヤ顔で商店街から広場へ向けて歩いて案内していく。
たしかこの辺…だったはずだ。
広場があって、ここのォ…。
あ、いたいた。
「あの猫」
指差す俺。
ベンチに座っているさっきの女の子はたい焼きの袋から1つ2つと取り出してはほうばっている。首には俺があげたペット用首輪がある。
「ん?どの猫?」
「あれだよ、あの一番大きい奴」
「一番大きいの?あの三毛猫?」
「ん?違うってば。あのクリーム色の髪した、」
「く、クリーム色の髪ィ?」
「クリームの髪から猫耳が出てて、ほら、猫の毛みたいなバニー姿の、」
「…それ猫じゃねぇし!!」
うっさい奴だなぁ、さっきまで一人黙々と食ってたくせに。
「猫じゃん」
「猫のコスプレした人じゃないですか!!ダメですよ!猫に首輪をつけてきてくれって言ってたんだから!」
「いいじゃん、猫みたいなもんでしょ」
「ぜんぜん違うから!」
「そんなに言うなら自分で取り返してきてください。あたしは知りません」
「え、ちょっ、男の俺があの女の人の首輪を外してくるとか、そんなの無理だし!」とか言い出すのだ、面倒くさいやつだ。大体俺が「つけてください」って言ったのに小一時間経過してから「やっぱ外して返してください」とか言えるわけねぇだろうが。そんなの俺が女だからとか関係ないし!という、事情もろもろを加藤に話すと、しぶしぶ奴はバニー姿の女の子の近くへ行く。
「にゃん?」
「すいません、その首輪返して貰えないでしょうか?」
などと警察手帳を出してから言うのだ。
「にぃぃぃ…あの首輪はお友達にあげちゃったのですにゃん」
「う、嘘ォ?!」
マジかよ!!
よく見たら首輪が全然ペットのと違うし!なんか本当にSMクラブとかで使われてるっぽい首輪になってるし!!誰だよSM用首輪をあげたのは!!
「ごめんにゃさーい。お友達は…定期的に江ノ島に来るにゃん。そんときに返してもらうように頼めばきっと返してくれるにゃん」
「普段はどこに?」
「アキバでコスしてるにゃん〜」
ぬぅぅ…。
…。
帰りの電車にて。
夕日を見ながら、俺はビールを飲んでいた。
隣では加藤が頭をクシャクシャと掻きむしっていた。