146 怒涛のマスカレーダー 2

玄関まで出たところで、後ろから走って追いかけてくる音が聞こえる。
さっきの新人っぽい刑事だ。
「藤崎さん!」
「行かないんじゃなかったの?」
「足がないでしょう?」
やれやれ…最初から素直に行きたいと言えばいいのに。
さっきの新人の痩せたほうと、あと一人太ったほうが俺の後をついてくる。自らの車へと案内して、助手席に乗せ、エンジンを吹かす。
「殺人課の常磐(ときわ)です」
と痩せてる方が言う。
「殺人課の加藤(かとう)です」
と太ってる方が言う。
運転は太ってるほうだ。
「テロ対策課の藤崎です」
簡単に自己紹介を済ませた三人を乗せる車は兵庫県尼崎市のとある住宅地の中を進んでいた。そろそろ辺りを夕闇が覆う薄暗い路地を車のライトがゆっくりと照らしながら進んでいく。
と、その時、目の前の電信柱のそばで老夫婦がジッと路地奥を見つめているのを発見した。よく見れば老夫婦だけじゃない、そこらかしこ、家の窓から顔を覗かせて住民が一点を見つめている。
その時、その視点がゆっくりと動き、明らかに見ている何かが俺達の乗る車両に近づいているのがわかる。
と、突然脇の路地から人が飛び出してくる。
急ブレーキを踏む加藤。
「藤崎さん、民事不介入ですよ」
そう言いながらも車を停めてドアを開けて外に出る常磐
「民事不介入って、警察が介入しないで誰が介入するんだよ」
俺も助手席から道路に出る。
加藤はビビってるのかハンドルをがっしり掴んだまま動かない。
血塗れだ。
血塗れの50代ぐらいの女性がひぃひぃと声を上げながら路地から飛び出してきたのだ。
「た、たすけ、」
声を振り絞って女性が俺達の乗ってきた車の側に倒れる。
路地からもう一人飛び出して来た。2メートルはあるかという巨漢で、目が細く、顎の張っているタンクトップ姿の男。こいつも血塗れじゃないか?!
しかし負傷している雰囲気ではない。
それどころかピンピンしており、金属バットを持っている。
返り血だというのがすぐにわかった。
常磐は「止まりなさい」などと言っているが相手は止まる気配はない。というより、俺達の言っている事を理解出来てないのだろうか?
常磐さん、止まりなさいっていうのは銃を持って相手を威嚇しながら言うものだよ、丸腰で何をしようっていうの?」
「じゅ、銃ですか…置いて来ました…」
「ったく…」
大男は警察官である常磐が既にそこにいるにもかかわらず、血塗れの女性に向かって金属バットを振り下ろそうとしてくる。もう現行犯で処刑できるレベルだ。
俺は舌打ちをして、グラビティブレードに手を掛ける。
間に入り、一閃。
吹き飛ぶ大男の腕。
首も斬ってやろうかと思ったけれども証拠が無くなるから堪えた。
しかしこの男…腕を弾き飛ばしたのに痛がる素振りを見せないぞ?
ヤクをやってるのか?
「この男を見張ってて!あと救急車!」
「藤崎さんはどこへ?!」
「家の中を見てくる」
警察官らしくも俺は持っていたハンドガンを構え、警察手帳を見せ「警察でーす」と言いながら路地奥へと進む。
するとご近所様っぽい女性が駆け寄ってきて言う。
「悲鳴が聞こえてきて、家から飛び出してきたんです!」
「家の人を知ってるんですか?」
「はい、いつもこんな感じで…」
いつもかよ!
「まだ家には人はいるんですか?」
「います」
『人』がいるわけだから、銃を手放すわけにはいかないな。
構えたまま、門の前に足を運ぶ。
門には『門田(かどた)』とある。
地面には血痕。それだけじゃない。髪の毛やら肉片やらも。これは…今しがた落ちたものじゃないぞ?
…ここ、誰か他に死んだりしてるんじゃないのか?
玄関は横にがらがらーと開けるタイプ。そこに手形がくっきりとうつっている。血の手形だ。
「ひぃぃぃぃいいぃぃぃ!!!」
家の奥から悲鳴が聞こえて、何か殴る音も聞こえる。しかし、俺は家に飛び込むような事はしない。ハンドガンを構えたまま、ゆっくりと玄関、廊下と進んでいく。そこら中に血が飛び散っている。
洋間のガラガラーとあけるタイプのドアの曇りガラスに女性の黒髪が広がっているのが見える。そしてその女性は床に仰向けに寝転がっており、その身体が不自然に上下に揺れている。こういう揺れっていうのはセックスをしているかレイプされているか、それしか想像出来ない…。
俺の卑猥な妄想は、悪い方向に的中したようだった。
女は泣いている。
年齢は二十歳かそこら、顔には何回か殴られた痕があり、赤く腫れている。
がらがらーと開けるタイプのドアを開く。
音で男が俺の方を見る。
と、その時、その男の視線が一瞬だけだが俺ではなく、俺の背後に向いたのを見逃さなかった。つまり、背後に音を立てずに近づこうとしているアホウがいるということだ。そのアホウの首があるであろう位置にグラビティブレードの一閃。吹き飛ぶ首。飛び散る血。
背後にはナイフを構えていたと思われる大柄の男がいた。
俺が背後の男に気を取られた一瞬を利用して、レイプ魔野郎はいましがたレイプしていた女を引っ張り上げて抱えると、そこに(何故か所持してる)銃を突きつけたのだ。
それから日本語ではない言葉で俺に向かって何かを言う。
まぁ、なんとなくそれが朝鮮語であることは俺にも分かる。
俺はヘラヘラと笑いながら、持っていたハンドガンを床に放り投げて手をあげた。さて、この馬鹿はのってくるかな?
言葉の通じない奴にも、こうやって態度を持って示せば…。
案の定、のってきたか!
ニヤっと一瞬笑ったレイプ魔野郎は持っていた銃を俺に向けた。
アホウが!
(バンッ)
という銃声の後、俺のグラビティブレードが銃弾を弾き飛ばす音が響き、次の瞬間、レイプ魔野郎の腕を弾き飛ばした。まだ大事そうに女を抱きかかえていたので、今度はもう片方の腕も弾き飛ばす。
「ああぁッ!あああぁッ!あああああああーーーーー!!!」
叫ぶ男。
あんまりうるさいので俺は男の顎を拳で殴った。
パンッという音と共に男の顎は衝撃で割れ、顔の筋肉が酷く歪む。
「ウゥーッ!ゥゥー!」
これで静かになった。
「大丈夫?」
女性に手を差し伸べて、グラビティコントロールも使って身体を起こす。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた女性は無言で「うんうん」と頷いている。
「この家の奥には他には誰かいる?」
「お母さんが…」
お母さん?
さっき逃げてきたのはおばあさんか?
その時だ。
俺の全神経が俺に迫ってくる弾道を検知した。
素早くブレードで弾き飛ばす。
発砲音が聞こえたのは弾き飛ばすのと同時だった。
「お、お母さん!やめて、この人は警察の人よ?!」
お母さんンン?
目の前には銃を構えて睨みをかましてくれちゃってる30歳ぐらいのオバハンが立っている。俺に銃を浴びせたのはコイツか。普通なら死んでたぞコレ。
しかしそれにしても…この娘さんが20歳ぐらいだとしてもどう考えても30歳ぐらいなんだけど、10歳の頃に生んだ娘なのだろうか?
「人の家で何をしてる!出て行け!」
なんとなくだが、コイツは日本語が不慣れな感じがある。
娘の方はまだ(震えてはいたけれども)流暢な日本語だ。
本当にコイツはお母さんか?
義理の母かもしれないな。
(バンッ)
躊躇なくもう一発の銃弾を放つ。
俺はそれを弾き飛ばす。
(バンッ)
また撃ってくる。
問答無用で弾き飛ばす。
リボルバー式なので何発残っているかも俺からも分かる。
後一発か。
(バンッ)
最後の一発もブレードで弾き飛ばした。
(カチッカチッ)
残念。
もう弾数はゼロだ。
俺はそのままグラビティコントロールで『お母さん』の腕を捻り上げて、へし折った。なかなかキモッ玉が座っているようで悲鳴はあげない。
今度は首根っこを掴んで壁越しに持ち上げる。
「ウグッ!!グッ…放せェ!!!」
タフなババアだ。
警察手帳をババアの顔面に叩きつけ、
「警察の者です。夜分恐れ入ります」
とニッコリ微笑みながら言う。
(ピチャピチャ…)
ババアは失禁して、失神した。