143 嫌煙ウイルス 6

翌日。
ミサカさんは待ち合わせ場所を市内の警察署にした。
もうこれだけで俺は既に犯罪者が出頭するような気分になってキョロキョロしながら周囲を警戒して警察に出頭…じゃなかった、警察署に入る。
1階のオフィスは受付口が並んでいる。
その奥のほうの殺人課の島(机)のあたりにミサカさんはいたのだが、俺を見るなり叫ぶ。
「いたぞ捕まえろ!」
「ビィィクゥゥ!!」
「冗談よ冗談ッ!」
「全然笑えないよォォ!!」
「反応が面白くてついつい…」
そんなことはいいから本題はなんだよ…。
この警察署にはホログラム発生装置なんて高価なものは置いてないらしく、俺は前時代的な『紙』を何枚か渡された。ミサカさん以外のスーツ姿の刑事らしき連中は眉間にシワを寄せて深刻な顔をしている。
紙をペラペラ捲って見る限りは、なんだか難しい事が書いてあったり、途中に漫画らしいものもあるけれど、とても俺のような一般市民が分かる内容ではない。どっちかっていうと病院関係者ならその絵の意味がわかるんだろう。
「それでェ?話を進めて」
ミサカさんがその若い年齢の刑事達に言う。
嫌煙ウイルスについて警察と医学会で協力してワクチンを製造しようとサンプルの収集を行なっていたのですが…ここに来て、とても大きな問題に接しまして。つい先日、山口県でも嫌煙ウイルスを用いたテロが発生したのはご存知のとおりだと思います。あれから数日後、別の場所でも嫌煙ウイルス騒ぎが起きました。その際に採取したウイルスのサンプルを分析した結果、どうやら嫌煙ウイルスは『変異』を起こしているようです…」
「変異?」
ミサカさんが刑事に聞く。
「ええ。ウイルスというのは自らのコピーし拡散する際に、同じ遺伝子を複製していくのですが、時々、このように複製が失敗して本来の遺伝子とは異なるものをコピーします。突然変異と呼ばれる現象で、既存のワクチンの効果が無くなったりする可能性があるのです」
渋い顔で離す刑事。
ただ、ミサカさんだけは呑気な声で、
「調度良かったじゃない。今からサンプルとってワクチン作るんでしょ?サンプル取る前じゃなくてよかったわね!無駄足になるところだったわ!」
などと宣う。
論点が違うのだろう。刑事は首を振ってからそれに答える。
「…我々が驚いているのは変異そのものではありません。今回の変異によって、この嫌煙ウイルスがニコチンサーチの機能をなくして、タバコを吸っていようがいまいが感染するように変異していたのです」
これにはミサカさんのようなドシロウトでも理解し、そして驚いた。俺に至ってはさらに驚いた。
「キミカちゃん、何さっきからガタガタ震えてるのよ?」
「いヤ、ナんデもなぃょ?」
とにかく、早く事件を解決せねば、そもそもウイルスを広げたのは誰だって事になって、そうなると俺に対岸の火事が襲いかかる可能性だってある。
俺は机をダンッと叩いてから言う。
「早急にウイルス発見しなければならないよ!!」
それに対して刑事は言う。
「もう少しゆっくり出来ると思っていたのですが、まさか変異が起きるとは…。今までの研究も殆ど無効になってしまいます」
力なく項垂れる刑事。
どうやらこの刑事さん、ミサカさんのようなハードボイルドな事件を解決するタイプではなくて科学系の捜査を普段からやっていたらしい。インドア派で現場の証拠だけで犯人を突き止めるような…。
「旧嫌煙ウイルスのワクチンは完成してたの?」
俺が聞いてみる。
「サンプルを集めてさらに強化する段階でした。サンプルというのはウイルスへの耐性を持っている人から集めます」
「つまり…早急に新しい嫌煙ウイルスへの耐性を持つ人を集めなきゃいけないわけだね」
「えぇ。心当たりはありますか?山口ではまだ一部の地域では路上喫煙も許されていると聞きますが…」
嫌煙ウイルスへの耐性を持っているかどうか、と聞かれれば俺は医者ではないのでわからないが、少なくとも超ヘビースモーカーどもが屯っている喫茶店ならどこにあるのかは知っている。
ドトォールに行けばいい。
心配事としては先日のテロ騒ぎがあったからタバコを吸うのを躊躇う人が出てきて店には殆ど客が居ない可能性はあるけれども…。
「そうよ!ここでキミカちゃんの真価が問われるのよ!」
「な、何を言い出すんだよミサカさぁーん」
「ドトォールに行こうと思ってたでしょ?」
「ビィィィクゥゥゥゥゥ!!!」
「さっきからどうしたのよ?」
「いや、なんでもないです…って、どうしてあたしがドトォールに行くって思ってたの?」
「そりゃ、ドヤリストなキミカちゃんならドトォールだとかサンマルコカフェだとか喫煙厨が集まるところを把握していると思ったからよ。で、ここでは有名なのはドトォールなんでしょ?喫煙厨が集まることで有名ですもん」
「そ、そうか…ネットからその情報を得たんだね…」
「キミカちゃんもよほど嬉しいことがあったのねぇ…昨日もそのドトォールに行ってから店内でスキップしたって話じゃない?」
「ビィィィィィィィ…クゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
俺はそのまま倒れて机の下でガタガタと震えていた。
「どうしたのよォ?」
といたずらっ子のように机の下を除いてニッコリしているミサカさん。
「ななななななな、なんであたしが昨日ドトォールでスキップしてた事を知ってるんだよォォ!!!!(睨」
「昨日キミカちゃんに連絡しようと思ったんだけどまだ学校に行ってるだとか言われててさぁ、で、どこで何してるのかなぁ〜って広域検索掛けたのよ。監視カメラの。で、ドトォールでスキップしてるキミカちゃんが映ってたの。もうめっちゃくちゃ楽しそうな顔してたわ」
「な、ナんダカ楽しクてねェ…フヒヒ…」
バレてない…バレてない…。