143 嫌煙ウイルス 4

さて。
最後のシメに行くか。
少し嫌だが、俺はバッグを持ったまま喫煙所の中へと入った。
主悪の権化…ブタバコ(喫煙所)へと。
「すいませぇ〜っん…この辺りに、タバコ忘れてなかったかな?」などと俺は喫煙所の中へと顔を突っ込んだ。ついでにバッグも突っ込んだ。それから、
「あれ?どこに置いたかなぁ?」
などとすっとぼけながら喫煙所内をウロウロする。
数秒後。
喫煙所内は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わったのだった。
「「「「「ォ゛ォ゛ォゥェ゛ェェエェ゛エェェ゛ェェェェ゛ェェェ゛ェ゛ェェェエェ゛エェェェェ゛ェェェェ゛ェェエェエェ゛ェェェ゛ェ゛ェェェェェェェェ゛ェエェェェッッ!!」」」」」(((((ぷりゅ…ぶぉぉぉりゅりゅりゅぷりゅ…ぐりゅりゅりゅりゅ…プホッ)))))
至る所でゲロと糞尿の大騒ぎだ。
俺はそれらを回避するのに精一杯でなんとか喫煙所入り口まで逃げ切った。
そこへユウカが叫ぶ。
「キミカ!何やってんのよ!早く帰るわよ!!」
「何って、ちょっと忘れ物がないか見に行っただけだよォ…(喫煙所なんて普段から入らないから忘れ物なんてあるわけないんだけどね(ゲス顔))」
「早く店を出るわよ!緊急事態よ!アウトブレイクよ!」
「はいはいー」
と、その時だ。
俺の目の前をモワッとタバコの煙らしきものが覆ったのだ。
案の定、滅茶苦茶タバコ臭い。さっき喫煙所に行ってきたからこの学生服は焼却処分しなきゃいけないほどの臭さだけれども、そんなのは比較にならないほどの臭さだ。まるでタバコそのものが歩いているような…。
凄まじいオーラだった。
オーラというべきか、タバコの煙と言うべきか。俺の前を横切ったのは身長は2メートルはあるんじゃないかっていうぐらいの巨漢の男。ケイスケとは違う意味でデブなその気難しそうな顔の男は、店内が地獄絵図なのにも係わらず動じることなく、淡々と注文を済ませると注文したコーヒーを持って、阿鼻叫喚図な喫煙ルームへと歩いて行く。
おいおいおいおいおいおいおい!!
嫌煙ウイルスが蔓延してるのに、なんだこの威圧感は!!ウイルスが…ウイルスが避けて通ってるかのような喫煙厨だ!!
俺は負けてられない。
こんな奴に負けてられるか…これ(嫌煙ウイルス)は1万円もしたんだぞ?ここにいる喫煙厨が全員救急車で運ばれるまで俺は戦うのを止めない!!
「おじさーん!」
俺はそう言うと、にこやかにスキップをしながら(バッグを開けて中の嫌煙ウイルスが命中するように)その気難しい顔をしているオッサンに近寄った。
「ん?なんだ?」
「」
ドトォールの店内が一気に天地がひっくり返ったかのように、俺の中ではぐるぐると視界が回転した。それどころじゃなく、目の前はどんどん真っ白に、耳は聞こえなくなり、まさに貧血でぶっ倒れる時のアレだ。
そのまま、俺は仰向けにぶっ倒れた。
「キミカ!キミカァ!!」
ユウカやキリカ達の俺を呼ぶ声が遠くに聞こえた。
…。
気がつけば俺は公園の中でベンチの上に寝転がっていて、周囲にはユウカやナノカ、キリカ、ナツコがいた。
「あれ…?どうして、あたし、ここに…」
「知らないおじさんに話し掛けた後、いきなりあんた、ぶっ倒れたのよ」
ユウカが言う。
「びっくりしたよォ…キミカっち、白目剥いてるんだもん」
「キミカが倒れる少し前、スモーキーがホワイトブレスをキミカの顔に吹きかけていたような気がした…きっとヤニクラ」
や、ヤニクラァ?!
確かにタバコのニコチンを吸収しすぎると『ヤニクラ』っていう頭がフラフラになる病状はあるとは知ってるけど、それに俺が陥るって?!それはタバコを吸ってる人の話じゃないのか?副流煙だけでそんな事が可能なのか?!
「私はホワイトブレスを吐く男をホワイトドラゴンと呼ぶことにした…」
「それは勝手に呼んでくださいィ…」
つまり、俺はそのホワイトドラゴンに敗れたということなのか…。奴は周囲の空間をヤニまみれにするだけの実力を持っていながら、俺のこのウイルスによる攻撃は完全にシャットダウンしているだとゥ?!
その時だ。
ナツコがメガネをキリリと指で押し上げながら言う。
「もしかしたら…あの男は、伝説のヘビースモーカー『菅井康隆』かも知れませんわ…。マスコミの前にはあまり姿を表さないから普段はどこで何をしているのか、目撃談は少ないです。まさかこんなところにいるとは…」
「『菅井康隆』?あの小説家の?」
とユウカが聞いてる。
俺は知らないけどユウカは名前だけなら知ってるのか。
「えぇ。今では小説以外にも脚本なども書いていたりしますわ。小説を書く時にはタバコを吸っていなければならず、ヤニでクラクラしている時が一番いいストーリーが書けるなどと豪語しているほどにスモーカーなのですわ。彼が本当に『菅井康隆』なら彼のバッグには茶色のMBAが入っているはず…」
「何それ…特別注文した木で出来たMBAとか?」
「いえ。ヤニで茶色に変色したMBAですわ」
「それは酷い」
俺とナツコがそんな話をしていると、間にキリカが割り込んでくる。
「ホワイドラゴンだけはマーライオン化しなかった…」
「う、うん。確かにソレは疑問なんだよ…」
そう言うと今度はユウカが言う。
「さっきから何よ、その『マーライオン化』っていうの」
「だから、アウトブレイクだってば」
「え?!何なの?!タバコ吸ってるとアウトブレイクっちゃうの?」
なんだよアウトブレイクっちゃうって、いつのまに動詞になってんだよ。
不思議そうな顔をしているナノカ、ユウカをよそに、キリカはジト目で俺を睨んでいる。やばい…俺が仕組んだ事がバレたか!!
「キミカ…もしかして…」
(ギィクゥッ!)
電気が走った。
キリカはそう言った後、無言で俺を睨んでいる。
「な、なんだよォ…」
するとキリカは俺に近づき、太ももの上に跨ってから俺の耳元まで顔を近づけて、ヒソヒソ話をするように手で塞いで、小声で言う。
「(嫌煙ウイルスでしょ?)」
俺は無言で人差し指を付き出し、自らの唇の上に持っていく。
さすがは俺の彼女…というべきだろうか。
それを見たキリカは無言で頷いたのだった。