143 嫌煙ウイルス 1

スタバでドヤリングをしようと思って向かったが店の前には長蛇の列が出来ていた。もちろん既に店の中も人が一杯で…見れば、普段スタバに来そうにない家族連れだとかが並んでいる。
えぇっと…『新春初売り』だとぅ?
普段なら豆だとかタンブラー、マグカップなどを売っている場所に大量の福袋が山積みになって置かれている。それが店の外からもわかる。
やれやれ…それを買いにきた連中がついでに店の中で寛いで行くわけか…っていうか既に新春も初売りも時期外れなのに…在庫が余りまくってるのかな?
でも、もうこんな混雑具合のなかでドヤリングしようとは思わなくなってしまった…もう少し落ち着ける人が少ない店に行きたい。
バッグの中に仕舞っているMBAが出番を待ちかねているのを、俺は手で押さえながら、寒い1月の小雪が降りしきる街路を歩いていた。
すると目の前にドトォールの看板が現れた。
2階の窓際席もそれほど混雑していない。
新春初売りで客を取られてるのか?
ま、いっか。
ドトォールでドヤーリングをしましょ!
スキップを踏みながら俺はドトォールのドアを開く。
ん…。
ちょっとタバコ臭いな…。
まぁ、仕方ないか。
スタバと比べるとドトォールは喫煙スペースが設けられていて未だにこの日本に残っているわずかな喫煙厨の憩いの場所となっているのだ。見れば喫煙部屋にはDQNやオッサンらが満員電車の如く押し込められていて白いもくもくとした大量の煙の中で燻製になるのを待っている。
その話は置いといて…。
ドトォールの目玉商品は季節限定のものが多い。そんでそれらは「あ、ちょっとまた『アレ』が飲みたくなったなぁ〜」なんて思う頃には既になくなっているというオチ。ドトォールは一見様は歓迎するけれどもドトォールで好きなメニューが出来たという二見、三見様は歓迎していないようだ。
前にドトォールは麦から作ったカフェという薫りが素晴らしいいいものを作り出したのに、やはりいつもとおなじく、期間が過ぎればメニューから消えた。
しかも来年にまたやってくるとかじゃない。
ドトォールは歴史の古いチェーン店だけれども、俺の好きだった麦の薫りのアレが登場したのは400年ぐらいまえだと聞いた時は次に登場するであろう400年後には生きてねぇよ、って心の中で叫んだよ。
などと考えながら、季節商品のマロンマロンマロンマロンマロンラテとミルクレープを注文した。ちなみに飲み物のほうの読み方はマロンマロンマロンマロンマロンラテだけれど、メニューにはマロン×5ラテと記述されている。俺が「これください」と注文すると店員は「マロンマロンマロンマロンマロンマロンマロンラテ1つ入りましたァ」と言った。俺にはどう考えても2つぐらい余計に入ってる気がしてくる。
その後、席を取りに向かう。
窓際の…。あったあった。全然余裕で空いてるよ。
荷物を置いて、すぐさまレジの方へと足を向ける。
マロンマロンマロンマロンマロンラテを取って、先ほど俺が場所を占拠した窓際カウンター席に座る。
ん?
なんかタバコ臭いな。
やっぱり煙草臭いぞ。
タバコ臭いのを我慢しながら俺はMBAを机の上に出した。
さてと、ドヤリングなぅ…と、ツイートして、写真を撮って。
フヒヒ。
おぉっと…ヤバイヤバイ。
対面がガラスだから写真を取ると俺の顔が映っちゃうじゃないか。
…危ない危ない…ネットにドヤ顔を晒すところだったよ。ドヤラーは顔は映しちゃダメなんだよね。ドヤリングするデジモノだけを映さなきゃドヤラー失格だよ!!写真は消そう。
さて、もう一回改め直して…。
ん?
今対面ガラスの反射で店の中がチラっと見えたんだけども…なんか、オッサンがタバコ持ったまま歩いて行くのが見えたんだけど?
って…。
…おいおいおい…。
おいおい…。
おい!!
おいおいおいおいおいおいおい!!
タバコ吸いはブタバコ(喫煙所)から出てくるんじゃねーよ!!
何タバコに火をつけたままの状態で店内うろついてんだよクソが!!
俺は振り向いてジロリと睨む。
そこにはさっきのDQNやらオッサンやらが注文したコーヒーなどを取るためにレジのほうへと歩いて行く姿が見えた。それだけならまだいいが、連中は吸いかけのタバコを手に持ったまま、オッサンにしては『口に咥えて』商品を取りに言ってる。そのせいでブタバコ(喫煙所)とレジの間にはモクモクと煙の通路が出来ていた。もう分煙だとか喫煙所だとか全然意味が無い。
…ふざけんなよ!!マナーが悪いんだよ!!!
そんなんだからどんどん喫煙者の空間は狭くなっていくんだよ!
すると、その中のDQNの1人が飲み終わったコーヒーと食べ終わったケーキの皿をレジのほうへと返しに行くんだけれど、その『皿』を見て俺は驚愕した。
てっきり俺は『ダークチョコパウンドケーキ』でも食べたのかと思った。だけれどドトォールのメニューにはそういうものはない。あるのはモンブランだとかミルクレープだとかカボチャケーキぐらいだ。
じゃああのダークショコパウンドケーキの食べかすみたいなのは何か?あの黒いところどころに広がる擦ったような後は何か?
…そう。
言うまでもない。
乗っていたのはタバコの吸殻だった。
ケーキの皿の上にタバコの吸殻が入ってるのだ。
もちろん、灰皿も既に完全に使い果たしてはいた。入りきれないタバコの吸殻がケーキの皿に盛られているのだ。ダークタバコパウンドケーキである。
ドトォール店員はその皿を顔色1つ変えず(っていうかアンドロイドだから顔色変えるわけ無いか)洗浄機の中に突っ込んで洗うのだろう…そして、その皿はいずれ他の客の…。
ちょっ、待てよ。
待てよ待てよ…落ち着け。
落ち着けよ俺…。
俺の皿…まさかと思うけど…。
俺は恐る恐る、ミルクレープと皿の間にある紙をどかせてみる…。
「ひっ!」
思わず悲鳴が漏れた。
更には明らかにタバコを擦りつけたような痕が残っているのだ。
「ドトォ…!!」
俺は思わず「ドトォーーーール!!」と叫びそうになった。
この叫びはドトォールの緩い経営姿勢に対してのものだ。
料理を乗せる皿でタバコの火を消すような非常識な輩に対しても、同じく叫びをあげそうになった。
しかし、ドトォールを選んで入店したのは俺だ。それは紛いもなく、俺なのである。つまり俺がこの店の来なきゃいい…。
俺は静かにMBAを閉じると、バッグに締まった。
そして、飲みかけのマロンなんとかラテとまだ一口も食べてないミルクレープを持ってレジに向かって、アンドロイド店員にそれを返した。
隣では「こいつ何してんの?」って顔で主婦らしき女が俺の手をつけてない商品を見ていたが、俺は素直に、
「煙草臭くて飲めませんでした。それと、皿にタバコの吸殻が入ってて…ちょっと、食べるのに勇気がいりそうなので…お返しします」
そう言った。
アンドロイド店員は笑顔で、
「ありがとうございましたァ!」
とお辞儀をした。