142 必要悪 3

跳ね飛ばされて奴との間に出来た距離。
これだけの距離が離れているとエントロピーコントロールの射程外になるらしい。皮膚が溶けるほどの高温だったはずなのに、射程外の今の場所ではまったくそれを感じさせない。
だが俺の周囲にはさっきあのドロイドバスター・マナブが殺した観客達の『炭化』した死体が転がっていてグロい…。
直撃を免れた観客は大やけどを追いながら会場から逃げ出している。ヤクザ達はパニックになっているようだ。
俺はキミカ部屋の中からレールガンを取り出す。その瞬間から奴は既に次に何が来るのか予想しているらしい。
周囲に溶けかかっているリング下のマット?の部分を蹴りあげて薄っぺらい壁を創りだすのだが、それを一旦溶かしてまたさらに固める。俺のレールガンの雨がそこに降り注ぐ。…が、強度を増している奴が創りだした壁が邪魔している。
「おいおい!しんぱーん!!あいつ、銃で撃ってきたぞおい!」
だから審判いねぇってば。
「勝てるためなら何でもするさぁ!(ゲス顔」
俺は言う。
「おい!それが挑戦者の態度かよ?あぁ!?」
吸い込むマナブ。
また来るぞ…俺は正面にはブラックホールディフレクター(俺が名前をつけた新しい防御方法)を出して、サイドはグラビティディフレクターに切り替える。対火炎強化フィールドだ。
俺は中心にして奴のブレスは両サイドに別れる。正面からの攻撃はマイクロブラックホールが吸い込んだ。
「どうなってんだよ!なんでブレスが効かねぇ?!」
こいつ、俺がどうやって防いだか見えてないな。
チャンスだ。
俺は駈け出した。一気にマナブとの距離を縮める。
「アホが!」
叫ぶマナブ。
手を空手チョップのような形にして俺に振り下ろす。その先には俺の両肩があって、もうそれを切断してやろうという勢いだ。既にプラズマフィールドが展開されておりバリアの反応がする。だが、それも一瞬のうちに切れる。
俺はマナブの右・左の手を俺の右・左の手で掴んでその攻撃を止めた。それがどういう事を意味しているのかわかってはいる。
「学ばねぇなぁ…いいか、俺の『学』って名前はな、『俺が学ぶ』んじゃねぇーんだよ。俺以外の奴が『俺に学ぶ』んだよ。俺に学べ!アホが!」
変身前とは比較にならないぐらいに強烈なエントロピーコントロールで輝きは『白』となって俺の掌のバリアを削ぎ落した。このまま俺の両手をドロドロに溶かすつもりなのだろう。
だが、それはもうわかっていることだ。
俺はそれを学んだ上で、あえてこうやって手で受け止めた。
「手ぇ、貰っていくわ」
右、左、それぞれの掌にマイクロブラックホールを創りだした。
つまり、俺がマイクロブラックホールを創りだしたその瞬間に、奴の両手はブラックホール内に引き摺り込まれた。まるでプールの排水口に引き摺り込まれるように、一瞬で捻じれ、渦を巻き、奴の手が消える。
「う、うわぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!!」
奴の手が消え去って、ぴゅぴゅぴゅと血が鼓動に合わせて噴き出る。
だが容赦しない。
今度は容赦しねぇ。
ブレードで奴の両足を切断、すぐさまマイクロブラックホールで吸い込んだ。俺の目の前にはカタワになったダルマ野郎が転がる。
「ちぃッ…くしょぉぉぉおぉぉぉぉ!!!俺の足が…!!俺の足がぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!!」
腕だけ使って這うマナブ。
奴が通った後は血糊が続いている。普通の人間ならここで痛みで死ぬがドロイドバスターなら痛覚をシャットダウンすることも出来る。
だから奴は…。
「無様だね」
俺はそう言った。
そう。奴は無様だった。
「それは何?…芋虫の形態模写?」
普段なら斬る時以外はブレードを見せる事は殆どしない俺だが、意図的にそれを見せながら奴に近づいた。芋虫は無様に地面を這いながら俺から逃げようとしている。あれだけ余裕をカマしていたのに今は命乞いでもしそうな雰囲気だ。
「てめぇ!絶対殺す!絶対に殺すゥ!!」
俺を振り返ってそう言うマナブ。
その時、俺の背後に気配を感じた。
考えるよりも身体が先に動く。
放たれた弾丸の雨を俺のブレードは弾き飛ばした。その隙間から、このフロアにヤクザの掃討部隊が突入したのだと判断した。
俺の背後が沼地のようになめらかに崩れていくのがわかる。奴だ。マナブはエントロピーコントロールで床を滑らかにして、その沼地の中へと自分自身を溶けこませていく。沼地と合体して、どれがマナブの身体なのかわからない。
根こそぎそれをブラックホールで吸い込んでやろうかと思ったけれども、今こうしている間にも掃討部隊から放たれる銃弾の雨をブレードで弾き飛ばすだけ精一杯なのだ。
「あーもう!!」
俺はグラビティコントロールで地面を引っ張りあげた。
壁が出来て弾丸の雨をシャットアウトする。
目の前には既に個体に戻った地面が、まるで底なし沼だったような形状でそこに存在するだけだった。奴は地面の下へと溶けて流れていった。
掃討部隊のほうに別の銃声やら「おらおらー!」というヒロミの声が響いてくる。俺は一瞬ヒロミが俺を狙ったのだと思ってムカついたが、どうやら救援に来てくれたらしい。
ヒロミだけじゃない。
マユナやら警察の突入部隊、ドロイドなどなど一斉にヤクザの掃討をしている。掃討部隊が掃討されてる。
ものの3分程度で戦闘は終了した。
ヤクザどもは撃ち殺されるか逮捕されるかのどちらかの結末を迎えた。
ヒロミはエントロピーコントロールによってまっくろくろすけにされた死体などを見ながら「どうやったらこんな感じに死ぬんだ?」と言っている。
「マナブって奴はドロイドバスターだったよ。エントロピーコントロールってのを使ってくる。火炎放射の強化版みたいなもんだよ」
「黒焦げで表情だとかポーズが死んだときのまんま、固まってるぞおい…まるで火砕流に飲み込まれた住民みたいな感じだな」
マユナは銃のさきっちょで死体の1つをつついている。
それはポロポロと炭となって崩れた。
「大暴れってのは、いつやるの?」
「これからさ」
ヒロミはクイッと首を揺らして「いくぞ」のジェスチャーをした。