141 ファイト・クラブ 9

恭二と『学』の対戦の日がやってきた。
これが終わると、少し日を明けてから俺と恭二、または学のどちらかが戦う事になる。結局これの繰り返しだ。
俺なら手加減ができる。
俺が負ければ恭二の借金が返せる可能性もある。
だから恭二がこの戦いで勝たなければならないのだ。
リングの上には先程から『学』と呼ばれていた男がいる。口から火を吹いたり、まさに悪役レスラーぶりを発揮しているようだ。ただ、結構な美男子で女性のファンがキャーキャー叫んでいるようだ。
オッサンの言うとおり、細い身体つきをしていて、ビジュアル系のバンドでも組んでそうな雰囲気すらある。本当にコイツが恭二と殺り合って勝てるのか?もしかしたら恭二が勝てるんじゃないのか?
そんな期待をしてしまっている。
「あいつ、本当に強い?」
学のパフォーマンスを見ながら俺は丹波のオッサンに聞く。
「あぁ。動きもプロの武闘家顔負けだ。それに加えて変な技を使う」
「その『変な技』ってなんなの?」
「東洋かなにかの『気』みたいなもんだろうかな、アイツがふれた部分は火傷を起こしたみたいに膨れ上がるんだよ。で、気づけば体力も奪われてそのまま死ぬ…しかもアイツはスケコマシと聞くしな」
「スケコマシは関係ないじゃん。それよりも、火傷を起こして体力を奪われてって、意味がわかんないんだけど…それは火傷を起こしてるってこと?」
「あぁ。火傷だなぁ。ありゃぁ。医者が診断したわけじゃないんだが見た目はそうだった。何度も繰り返し同じ場所に攻撃が当たるとそこは皮が剥がれて痛々しい事になる。奴は魔術師か何かだよ」
ふぅ〜ん…俺にはただの日本人に見えるけどなぁ。
ビジュアル系の。
それから。
いよいよ恭二がリングにあがる。
司会は恭二を『挑戦者』と紹介した。
つまりあの魔術師野郎はチャンピオンって事になる。
すると、何故か丹波のオッサンは席をかき分けて前に進みだす。
いよいよ試合が始まるかってときに他の人に止められながらもリングに近づいてから言うのだ。
「恭二!」
恭二もそれに気づいて丹波のオッサンのほうへ振り向く。
「和馬はお前の事を恨んじゃいない!和馬は、試合の後、病院に向かう救急車の中で俺に言ったんだ。恭二に『幸せになってくれ』と伝えてくれと。勝て!手加減をするな!お前は勝って、息子と一緒に幸せになるんだろ!」
その後、丹波のオッサンは数名のファイト・クラブ執行委員の人間に席へと連れ戻されていった。
オッサンの言葉が火をつけたのだろうか、相手がそれ相応の相手(スケコマシ)だからなのか恭二は初めて見せる本気のファイティングポーズをとる。
それを見ながら『学』と呼ばれてるビジュアル系野郎はマイク片手に言う。
「本気になってなかったの?随分ナメられたもんだねぇ。まぁ、俺相手には本気を出したほうがいいよォ?俺は本気ださないけど(笑)」
まるで道化のように会場に笑いを起こさせる。
そろそろ試合始まるんだからマイク離せよアホが。
しかし、道化野郎はマイクは離さない。
マイク持ったまま軽々しいステップで恭二の攻撃を交わしていく。
確かに丹波のオッサンが言うようにコイツは武道の心得はあるようだ。ステップも軽々しいだけじゃなくて相手の攻撃も読んでいる。いや、先読みっていうより、本当に見切っているような気もする。
「おっとっと!今の危なかったァ!」
とマイクでまた解説。
いい加減マイク離せよ。マジで…。
さらに続けて、
「本当に本気出してるのォ?(耳を恭二に向けて返事を待っているようだが無視される)無視かよォ〜!」
しかし、次の瞬間、そのバカな道化がマイク持ったまま戦っているのが災いする。間抜けにも防御しようとした手はマイクを持っていた手で、恭二のパンチは手で防ぐもマイクが顔に命中するという失態を犯す。
実に間抜けでさすがにこの道化に笑わせられるのは恥だと思ってた俺も「プッ」と笑ってしまった。今のがギャグならいいセンスあるかもしれない。
が、本気だったようだ。
さすがの道化もマジ切れという顔。しかもマイクのカドでも当たったのか、頬の当たりに切り傷が出来て血が出てる。
学はその切り傷に手で触れて、自分の血を見る。
それから、
「おい、お前どうしてくれんの?この顔さぁ、商売道具なんだよね。傷つけてくれちゃってさぁ…マジでどうしてくれんの?この顔が傷ついたらさぁ、悲しむのは俺だけじゃねぇんだよ?俺の女がみんな悲しむんだよ。なぁ?どうしてくれんのマジで?」
というのを恭二のパンチを交わしながら言う。
もうマイクは手放している。
これには俺もさすがにヤバイと感じた。
俺は武道の心得があるから、茶番なのか本気なのかはフォームを見ればある程度はわかる。学ぶはもう本気モードになっているのだ。
攻撃はしないのは見せ場を用意しているつもりなのか?
「本気ってのはなぁ…」
そう言って学は恭二のパンチを軽々しく手で交わす。交わしたついでにだが、奴は恭二の腕を掌で触れた。
その瞬間、恭二はまるで熱い鍋にでも触れた時の『反射』のように無意識のうちに身体を引っ込めていた。
学が触れた部分が真っ赤に腫れ上がっている。それどころか、その腫れ上がった皮膚はあっという間にペロンと剥がれているのだ。
「こういうのを本気って言うんだぜ?オッサン!!」
痛みを堪えて、恭二はさらに追加の攻撃を喰らわせる。
いや、そこは相手の動きをもう少し観察したほうがいい。
もうペースに乗せられてるぞ。
恭二のストレートがまたしても学の顔面を捉える。
しかし、あと2ミリぐらいのところで寸止めされた。いや、寸止めしたんじゃない。『学』がそれを手で掴んで止めたのだ。
「こ、これって…」
俺は驚いて思わず声がでた。
…そう。
ありえない。
物理的にありえないのだ。
あれだけの重量のパンチをあの細い腕で止めるというのはありえない。
学が掴んでいる恭二の手首からまるで水蒸気が噴き出るように、ジュッと何か凄い音がする。その時、ポロッと恭二の手首が落ちたのだ。
まるで溶けるかのように、皮膚も骨も肉も液体になった。一瞬で。
会場には悲鳴が響く。
レフリーが止めに入る。
もう恭二はダウンしていた。
しかし学は攻撃の手を緩めない。
奴は恭二の髪を掴むと、首と身体の付け根に蹴りを入れた。
一瞬だ。
解けたバターの片方を掴むかのように、首と胴体が切断されてしまった。
「きょ、恭二…」
思わず俺の口にでた言葉。
続けて、丹波のオッサンの叫びがあった。
「恭二ィィィィィ!!!」
駆け寄る丹波
誰がどう見ても、恭二は死んでいる。
首と胴体が切断された状態で生きている奴はいない。
リングの上では学が恭二の首を持って立っている。
レフリーに向かって「お前も死にてぇのか!」と叫びながら。