141 ファイト・クラブ 8

「おいてめぇ!どういう事だ?!」
待合室の中で丹波の怒鳴り声が響く。
待合室に居たほか2名(ヒロミとマユナ)も驚く。
「どういう事って、こういう事さ」
と俺はガムを噛みながら言う。
「本気で殺れっつたよなァ?!」
俺に掴みかかる丹波のオッサン。
「息が臭い」
正直な感想を俺が言う。
「…俺の息が臭いのは当たり前だ!お前らが本気で戦うのも『当たり前』なんだよ!試合なんだから本気出せよ!」
「あの人が死んだらどうなるのさ」
「はぁ?…そりゃぁ、おめぇ、死んだら葬式やって、」
「そういう事じゃなくて。っていうか死んだら葬式って当たり前じゃん、そんなの聞いてないよ。死んだらあの人の子供はどうすんのって言ってるの」
「おま…」
言いかけてから、丹波は頭を抱えてからしばらく蹲った。
「どうしたの?脳挫傷?」
「あのなぁ…それを言い出したら何も始まらねぇだろう。最初に言ったよな?死ぬ気でみんなやってんだって。そういうもんなんだよ。死んだらガキがどうなるか?そんなの『やってる本人』が一番わかってるよ!!それでもファイト・クラブにこなきゃいけない、そういう連中が戦ってるんだよ!お前はアイツの病気が感染ったんじゃねーのか?!」
「あーそうだろうね。感染ったのかもね」
「お前が本気でやってないってのがバレたら大変な事になるぞ?」
「大変な事って?殺されるとか?」
「まぁ、そうだが」
「よし、殺してみせてよ」
「…お前はその心配はないか」
「あの恭二って人、オッサンの弟子を殺しちゃってから殴るのが怖くなったって言ってた」
そう俺が言うと、丹波のオッサンは舌打ちをしてから言う。
「あの野郎…まだ気にしてんのか」
やっぱりそうか。オッサンは最初から知ってたんだ。何が『ガタイのいい日本人』だよ。恭二って名前があるんだからそう呼べよ。
「お金が目的で来てるだけで本気で人を殺そうなんて思ってないんだよ、みんな。だから本気になれない。それも『当たり前』じゃんか」
「それでもあいつらが選んだ道なんだよ!俺はサポーターだ!俺が出来ることはお前が勝つように仕向けることだ!だから俺は俺の仕事をしただけだ!和馬の時も、和馬が勝つように練習を積み重ねてきた…でもアイツは、友達は殴れないだとヌかしやがった!!じゃあ最初からすんなよ?最初っからファイト・クラブになんてくるんじゃねーよ?そうだろう?」
…オッサンの弟子の和馬と恭二は友達同士だったのかよ…。
そりゃ…キツいな…。
俺には友達と呼べるような人は居なかったけれども、自分の手で友達を殺すとか、ひょっとしたら恋人を殺すようなのに近いんじゃないのか。
「どうにかなんないのかな?」
「どうにもなんねーよ」
「警察に通報するとか」
「あのなぁ…」
ダメか。
そもそも恭二は金が欲しいからやってるわけであって、ファイト・クラブが無くなってしまえば金も…手に入らない。今回俺が勝たせて上げた分でどれぐらい借金を返せたかってところだな。
「どうにもなんねー世界ってのがあんのよ。世の中にはな。俺達はただ一生懸命、目先の事を頑張るしかないんだよ。それが自然の摂理なのさ。例え今回お前に負けていたとしても、勝っていたとしても、どっちにせよ次の強敵が現れる。それに勝たなきゃそこで終わり…。確か次の相手は『学』って奴だったか、細い身体つきしてるが変なオーラみたいなのを使ってくる。一度ここのファイト・クラブに来たことがあるんだが、相手を殺したよ。死体はもう皮膚がボロボロになってたっけな…」
「それが恭二の次の相手なの?!」
超ヤバイじゃん。
「恭二が本気でやっても奴に勝つのは無理だろうな…」
「ちょっ、ちょっと行ってくる」
「はぁ?お前、恭二を止めようとしてんのか?無理だよ、やめとけ。奴の借金は今回のぐらいじゃまだまだ返せやしねぇよ」
「別にファイト・クラブじゃなくても返せるじゃん!」
「いや、だからなぁ…」
何かを言いかけたオッサンだったが走りだした俺には何かを言ったとしても聞こえていない。俺はとりあえずアイツが試合の後に行くであろう場所を知ってるから、その『ラーメン屋』に行くことにした。
小一時間走りまわった。
場所は確か、この辺りだったはず…。
あぁ。あった…。
店のドアを開けると、やっぱり子供と一緒にそこでラーメンを食ってる。
「恭二…何のんきにラーメン食ってるんだよ」
と俺は息切れ切れで話し掛ける。
「あぁ、さっきは…すまなかった。本当に助かったよ…ありがとう」
「借金は返せた?」
「いや、まだ全部は…」
「次の試合は、辞退して」
息切れ切れで俺は言う。
「そ、それは…無理だ。まだ借金もあるし」
「オッサンも勝てないだろうって言ってたよ。『学』とかいう奴で変な技使ってくるとか…もし死んだら子供どうすんだよ?」
その話になるとまた、最初の時みたいに子供に向かって、
「ラーメン食ってろ!」
と一言言う。そして俺を無理に引き連れて店の外へ。
子供には聞かれたくない話だよな。
「本当にありがとう、さっきのは本当に助かったよ。…でも、こればっかりは無理なんだよ。俺は試合はやめれない」
「だから、アンタが死んだら子供はどうなるんだ、って言ってんの!」
「もう引き返せないんだ」
「引き返せるよ!真面目に働いて借金返せばいいじゃん」
「もう、俺は殺しちまったから、引き返せねぇんだよ…引き返せねぇんだ。俺だけが幸せになってもダメなんだよ」
「子供は?なんで子供は二の次になってんの?親父が居なくなった子供の気持ちはアンタにはわかるの?学校でいい成績とっても、無事入社出来ても、彼女が出来て結婚しても、誰もそれを褒めてくれる人がいないってわかってる奴の気持ち、アンタにはわかるの?!金なんてただの物質なんだよ!!でも『親父』ってのは、どんなに金を払っても貰えないんだよ!!」
俺は久しぶりに熱くなってた。
あの子供を俺と同じような『両親が居ない人間』にしたくないから。
「俺は…」
何かを言いかける恭二。
そして、続ける。
「俺は、自分に保険を掛けてる。もし俺が死んだら、子供に金が降りるように。借金も返せて何不自由なく暮らせる」
俺は、気がついたら恭二の襟首掴んで怒鳴っていた。
「…さっきあたしが言ったこと、聞いてなかったの?!『何不自由なく』だって?!親が居ない子供に向かって『何不自由なく』なんて言葉使わないでよ!!!」
「俺は、俺は和馬を殺した時から、もうこうなることは決めていたんだ。だから精一杯子供との時間を残してあげてる。人ってのはいつかは死ぬんだ。死ぬ時に、まだ生きてる人間に何を残してやれるか、それが生きてるって意味だと…俺は、そう信じて今までやってきた…これしかないんだ。すまない。もう、俺に構わないでくれ!!」
俺は奴の襟首を放す。
店のドアが開いて奴の子供が見ているから。
父親がどっかの女子高生に首を掴まれて怒鳴られてるなんて、子供に見せられる光景じゃない。
俺はその場を立ち去った。
その去り際に言う。
「次の試合、必ず勝って」