141 ファイト・クラブ 5

小さな女の子の勝利に会場は沸いた。
しかし、賭けをしていた連中は渋い顔だ。
特にヤクザのお偉いさんのような連中は、まさか俺のような女子高生が勝ってしまうとは思ってもみなかったのだろう。倍率だって均等じゃないはずだ。かなりの大損になっただろう。
そんな中、丹波のオッサンは大喜びだった。
「てめぇ!殺してくれてもよかったのによォ!まぁいいか!これで俺の借金が返せるぜ!!まさか一発で借金返せるなんて思わなかったぞおい!!」
と、涙目になって言う。
その声はかなり大きかったからか、気に入らないのだろう、ヤクザの親玉らしき奴はジロリと丹波のオッサンや俺を睨む。そこで俺は指をハンドガンの形にして、ヤクザの親玉に向けて「ばーん!」とジェスチャー
さすが親玉だ。そんなのにいちいち反応しない。
ただ俺を睨む親玉。
次に俺はそのまま、首のところに親指で線を描き「殺すぞ」のジェスチャーをする。さすがにこれには丹波のオッサンもレフリーも真っ青になっている。
「おい!馬鹿な事はやめろ!(小声で)アイツはここの元締めの江田大鉄っていう奴だ…」
「アイツが?ほほぅ…アイツを殺せば…」
「そんな事したらお前の命はないぞ…お前と一緒に居たヒロミとかマユナとかいう2人の命も」
そそくさと俺達は会場を後にした。
それから小一時間、俺は待合室の中で待機。
汗も殆ど掻かなかったので何らすることはない。もうちょっと手応えのある奴が来てくれたらよかったのにな。アレならメイリンやソンヒと喧嘩してる時のほうが汗を掻く。そっちは全然金にならないけれども…。
「へっへっへッ!」
ヒロミは上機嫌だ。
「かなりの証拠が出てきたぞ!少なくともこの店の連中はしょっぴける勢いだ!だけれどォ…賢い俺はクールに去るぜェ…」
それに続けてマユナも、「去るぜェ…」と言っている。
「どうして?」
「芋づる的に他の奴等を捕まえないとな。トカゲの尻尾きりにさせたくないだろう?」というのだ。なるほどね、確かに同意見。連中はそういうのが得意だからな。そこらじゅうがトカゲの尻尾だらけだ。トカゲの真っ青なぐらい。
そんな話をしている時だった。
「なんだってェ?!話が違うじゃねぇか!」
と大声がする。
丹波のオッサンの声か。
なんだか面白そうなので俺も話がするほうへと歩いて行く。
地下格闘技場の上にあるバーのほうからだ。
バーでは丹波のオッサンがヤクザ数名を相手にモめているようだ。何をもめているのかとっていうのを耳を潜めて聞いていると…。
「だから、オッサン。わかんねぇ奴だなぁ、アンタも。あのチビがそんなに強いってのはみんな知らなかったんだよ!!そりゃ倍率は無効になるわな」
「俺は言っただろ?強いぞって!」
「知るかよ。無効は無効だ。倍率は無効。オッサン、さっさと金持って帰れ!」
などと言ってる男に、ゲーセンで知り合ったあのヤクザも、
「それはおかしいんじゃねーのかおい!」
と言っている。
どうやら俺が半端無く強いせいで俺に賭けた奴がオッサンとあのゲーセンで知り合ったヤクザしか居なくて、半端無い倍率になって、それで俺が勝つもんだから万馬券状態になってるらしい。
面白そうだから俺もその中に入ってみる。
「ヤクザってのは仁義を通すもんだって聞いてたけど」
と俺は手をコキコキ鳴らしながらソイツに近づく。
「仁義だとォ?映画の観過ぎだアホが」
あの試合を見てまだ俺に喧嘩売ろうってのか。
「じゃあ『一般市民がヤクザに喧嘩は売らない』って前提も、『映画の観過ぎ』だよ」と俺はヤクザに掴みかかる体勢になる。
その時、ヤクザの野郎は懐から銃を取り出して俺に向かって放つ。
当然、それはまず一般市民なら避けることは出来ずに凶弾に倒れるわけだが、残念ながら俺は一般市民でもないのでその凶弾は発射時には俺の掌打によってハンドガン自体の弾道がズラされて、床に命中。
そのまま銃を持つ手を膝蹴り。ここではグラビティコントロールを働かせて、そいつの手首ごと持っていった。
「あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ハンドガンは天井へと飛び上がって突き刺さり、手首がそこから垂れる。血も垂れる。血が噴き出るヤクザ。
普通ならドン引きするシーンだが丹波は興奮気味に、
「やれ!やっちまえ!腕も足も切断してカタワにしちまえ!」
と言う。
周囲のヤクザどもはドン引きで身体が動けない状態らしい。
人は本当の恐怖の前では思考がストップするのか。
ヤクザは床を血で汚しながら、
「てェンメェ!!何ッ!しやがんだこらァ!!」
と、てっきり恐怖で顔を歪ませると思ったが反抗的な態度を取る。
どこに忍ばせてたのかナイフを取り出したソイツは俺に歯向かってくる。っていうか銃がダメならナイフは確実にダメっていう発想はないのか。このチンピラあがりが…。
ナイフを足で蹴り飛ばしその足を腕に絡めて腕と肩をキめる。そのまま捻り肩の関節を外し、さらに捻って試合の時と同じく腕と肩の間を切断する。
ミキミキと嫌な音を立てる。
「どうする?残り3本も全部切断しようか?」
ヤクザの男は歯を食いしばって、今にも歯が折れそうなぐらいにガチガチと音を立てて、そして言う。
「わ、わかった、金は払う…」
すかさず丹波はヤクザに蹴りを入れ、
「あったりまえだ!クソが!」
と言う。
丹波のオッサンの蹴りも凄まじくヤクザの肋が割り箸でできた彫像品を子供が踏みつぶしてへし折るような音を立てながら折れた。このオッサンもオッサンで結構度胸あるなぁ。俺は確実に勝てるからいいけど、オッサン一人の時は絶対に殺されるぞ…。
俺達がそんなグロ行為をしている側をさっきのヤクザの親玉みたいな奴…確か名前は江田大鉄だっけ…が通り過ぎていく。部下と共に。普通の人間なら目をそむけるであろうグロシーンだが江田は表情1つ崩さずに、ジロリと丹波のオッサンを睨んでから言う。
丹波よォ…こんな狂犬、どこで手に入れた?」
「アンタの知らんところだ!」
「あんまり調子に乗らんことだ。まだ長生きしたいだろ?」
そう冷たく言い放ってから江田は、手下のヤクザが血だらけで這いつくばってるその血の上を歩いて、店の前に止めてあったリムジンに乗って去っていった。
どうやらここではこんな光景も日常茶飯事みたいだ。