141 ファイト・クラブ 2

東京・新宿に到着。
地下格闘技というぐらいだから地下にでも行くのかと思って俺はまず地下鉄を目指そうと言った。
しかしこれにはマトリの問題児2名も寒そうな顔をしている。
「いや、地下ってついてるからって地下ってわけじゃねーし…」
と俺の行為を寒いギャグだとか思っている風である。
「んじゃどこいくんだよォ!!そっちは飲み屋街じゃん!」
ブツブツ言いながらも俺はそれに従っていくと、辿り着いたのは古い造りの焼き鳥屋だった。店に入ったら30センチぐらい目の前にカウンター設置してあって客は5人ぐらいしか入れないという非常に趣のある店。
その1つに眼帯をつけた顔を真っ赤にしたオッサンが座っている。
眼帯をつけてるのはキリカぐらいだろうと思ってた俺にすればオッサンの眼帯は物珍しい。しかもマトリの2人組はその側に座ってオッサンに話し掛けるのだからますます物珍しい。このオッサンがファイト・クラブへの案内人か?
丹波のオッサン。連れてきたぜ。あんたが欲しがってた『ファイター』だ」などと言ってヒロミは俺を紹介してくれるのだ。
丹波と呼ばれたオッサンは俺を先ず見て、それから隣にいるマユナを見た。それでも飽きたらずさらに後ろの席にいる全然関係ないオッサンのほうを見ている。そして言う。
「はぁ?どこにいるんだ?」
どうやら俺が視界に入っていないらしい。
まるで森の中で育った原住民が突然摩天楼のしたへと連れて来られて周りの景色全てが物体として判別出来ずに1つ塊のように見えるように。
「い、いや、いるだろう、ここだよここ。あんた、残りの片方の目もダメになっちまったのか?」と、ヒロミは俺の袖を指で摘んで引っ張り言う。
「ハッ!!」
丹波のオッサンは俺を見るなり軽く笑ってから、
「なんの冗談だ?そんなオナホを戦わせるのか?お前さんはキチガイを相手にしてて本当にキチガイになっちまったのか?バカも休み休み言え」
オナホだとゥ?!
ま、俺は中身が女の子じゃないから別に怒りは湧き出てこないけどね。
「んじゃ、どうすりゃ信じてくれるんだ?」
「そうさなぁ、ゲーセンのパンチングマシーンで俺よりも成績がよければ採用してやるよ。ま、そのオナホの体重じゃ俺よりも成績がいいのは宇宙の法則でも狂わせない限りありえねーけどな!」
そんな反応するのも仕方ない。
誰がどうみたって女子高生に見えるんだから。
「よし、じゃあ、行こうか!キミカ!オナホの実力を見せてやれ!」
見せてやろうじゃないか!殴るオナホの実力をよォ!
丹波のオッサンの腕をとって引っ張りながらヒロミが言う。
「おいおい…お前正気か?」
まだ疑っているようだ。
「もしこのお嬢ちゃんがあんたよりもいい成績だしたらどうするんだ?」
ニヤケながらヒロミは言う。
「土下座で全裸になって町内一周してやるよ」
ずいぶんな自信だなおい…。
だいたい土下座の姿勢でどうやって歩くんだよ?パンチングマシーンでいい成績出すよりもそっちが難しそうだよ。
「まぁ、土下座とか町内一周とかはしなくていいから、例の件、頼むわ」
訝しげな目でジロリとヒロミを睨む丹波のオッサン。それから、「お前、それだけの事言うのなら、わかってんだろうな?」
「わかってるよ。もしアンタが勝ったら全裸で正座しながらクソまき散らして町内一周してやるよ」
勘定は勝手にマユナが済ませてしまった。
丹波のオッサンは強制的にズルズルとヒロミに引きづられて、珍しくも新宿の中にある旧式なゲームセンターに連れて来られた。どうやらゲームセンター化計画の中から漏れてしまったような趣のある場所だ。時々大きな街では十分な土地が得られずに古いものが延々と残っている場合がある。その中の1つを目の当たりにしたようだ。
表には懐かしいUFOキャッチャーなどが並んでいる。店の奥へと入っていくのは女子高生(俺)を除けば他はどう考えての場違いな人ばかり。
「んじゃ、やってみろ」
丹波のオッサンは俺に言う。
「いや、まず丹波、アンタからだ」
間に入ってヒロミが言う。
「はぁ?ナメてんのか?」
眼帯をしていないようの目をギョロギョロさせてヒロミを睨みつけるオッサン。
「勝者は後でやるのがセオリーだからな」
丹波のオッサンは今にもキレそうな表情でパンチングマシーンの前に行く。そして袖を捲る。そこにはいくつもの傷が入った腕があって、それはリスカ痕とかそんなもんじゃなく、縦に何度か裂けたような痛々しい傷だった。しかし驚いたのはそれではない。凄まじく腕が太い。太ももかと思うぐらいの太さだ。
これで殴られたらもう鉄骨で殴られたようなもんだな。
もしかして丹波のオッサンもファイト・クラブ経験者なのか?
不器用にスタートのボタンを押すオッサン。
ミットが目の前に現れる。
オッサンは身体ごと体当たりするかのようにパンチを食らわせる。
ミットが凄い勢いで軋んで、しばらく装置が動かなくなっている。計算に手こずっているのか?
…。
数値が表示される。
…?
1トン?
1トンだとぅ?!
「うわぁ…すげぇ…」
これはマユナの声だ。
ヒロミは言う。
「トンって…初めて見たぜ…。キミカ、あれを超えれるか?」
何をいまさら心配になってきてるんだよ。
ドヤ顔になる丹波のオッサンを尻目に、俺はヒロミに質問する。
「これ、壊しても大丈夫なの?」
丹波のオッサンは目をまん丸くして、俺を見ている。ヒロミもマユナも驚いているようだ。
「蹴るとかは無しでな。パンチだけで」
ヒロミは俺が蹴りでも入れようとしてるんだと勘違いしているようだ。
俺はパンチだけで行くぜぇ…ワイルドだろォ?
「パンチだけで、壊しても大丈夫なの?って意味」
「ん、ま、まぁ、ダイジョブだ。金は、きっと上から出るから」
「この直線上にある他のゲームとかも壊しても大丈夫?」
俺はパンチングマシーンの直線上にある他のアーケードマシンを指差してから言う。一応確認をとっておかないと、後でぎゃあぎゃあいわれたらたまったもんじゃない。
「え、ちょっ、」
「もしものことだよ。『もしも』のこと」
「あぁ…大丈夫だと、思うわ…」
「んじゃ、本気だしちゃおっかなぁ?」
俺は腕を少しストレッチしながら言う。
「あ、あぁ、お手柔らかに…って、今変身してない状態だよな?」
「ん?…うん」
「よ、よし、それなら大丈夫だと思う」
何を言ってるんだこの人は。
俺が変身してない状態だからって油断してるんじゃねーよ。
普通の人のン十倍は強いんだよ。
俺はもっともパンチ力が高まる姿勢で思いっきり下側に向けて力を振り下ろす。その時、瞬時に光の速さよりも高速になるがごとく、俺の腕は宇宙の法則は若干無視してパンチングマシンにパンチを叩き込んだ。
若干周囲の空間が歪む。
グラビティコントロールが効き始める時のように。
最初は女子高生の軽いパンチがヒットする。これが0.00001秒ぐらい。その次の瞬間、変身していない状態でのフルパワーのグラビティコントロールが腕から先へと働く。これが0.00034秒ぐらい。
これでパンチングマシーンは圧力で紙のように変形、その圧力は逃げる場所がなく、直線上にある他のアーケードマシンに降り注ぐ。アーケードマシンは同じ様に紙のようにぺしゃんこになって産業廃棄物に変わる。
もう後は留まることを知らない。
グラビティコントロールの残りが全部、店の前にあるウィンドウをぶち破って、正面に違法駐車していた高そうな車もガラス片まみれにする。
「ちょっと力入れすぎたかな」
「「「」」」
3人の反応は、口をぽかんとあけたまま、無言…これだった。