141 ファイト・クラブ 1

年明けのある日だった。
ケイスケの家の居間には2名の客人が居た。
土下座をしていた。
厚生労働省麻薬取締部こと『マトリ』の例の問題児2名…折原ひろみと笹波まゆなである。
ヒロミのほうは普通に土下座を、マユナはまるで自慢するかのように土下座の体勢からさらに逆立ちをして、首の筋肉だけで身体の全体重を支えて、一本の柱となっている。土下座なのにすごい誇らしげなのはどうしてだろう。女の人がそんな体勢をするものだから、確実に完全にパンツが露出されている。
ちなみに今日は白の紐パンだった。
「そ、そんな土下座されても…」
ケイスケは困惑している。
「そこをなんとか…!日本の麻薬を取り締まるのも、正義の味方として立派な仕事だと思っているからこそ、あなたのところに来たわけです!」
とヒロミが言う。
二人が俺の、いや、ケイスケの元に来たのは他でもない、またマトリの仕事を手伝って欲しいということだった。
前回、手伝ってからは『本来キミカは軍事機密になっているから、特別な用事がない限りは公安や警視庁テロ対策課などでしか働けない』などと彼らの上司からもお叱りがあって、俺と一緒に仕事をすることができなくなっていた。
ヒロミ曰くそれもまた『圧力が掛かった』という定義内にあるらしい。
マトリは麻薬売買を取り締まる仕事である。
だから麻薬関係の力を持った例えば『暴力団』などはマトリを徹底的に嫌っていてそれこそ息をするようにマトリの邪魔をしてくるのだ。ヒロミの『圧力』という定義には俺と仕事をさせないっていうのも含まれているらしく、俺がヒロミ達と仕事が出来ないのも暴力団が幅を効かせているかららしい。
「石見博士!失礼ながら、あなたの経歴を調べさせて頂きました…」
ヒロミがそう言うと、ケイスケはちょっとダークな顔(ゲス顔)をして、
「ふっ…マッド・サイエンティストの経歴ですかぉ…バレてしまってはしょうがないですにぃ…表の顔は国際的なノーベル技術賞取得者で、」
「いえ、そっちじゃなくて、学校でイジメにあってたという経歴です」
「それは経歴とは言わないですォォォ!!!」
キレそうになってるケイスケ。
「石見圭佑博士…あなたは『イジメっ子』が嫌いだと聞いています」
「もちろんですにぃ!」
「でも、この世の中、そう簡単にイジメっ子は見つかりますかねぇ?学校などならイジメがあれば『イジメっ子』もそこにいるでしょう…ですけど、大人になれば?街を歩いていてわかりますか?」
「わかりませんにぃ…それは難しい問題ですにゃん。この際だからリア充は全部いじめっ子と見なして殺していい法律を可決するべきだと思うにぃ…」
「…まぁ、それは置いといて。世の中、そういう輩がいる一方で、あきらかにイジメを『職業』にしている連中がいます」
「!!」
「そうです…ヤクザです」
「た、確かに…」
「ヤクザはイジメを生業としています。なぜでしょうか?それは過去イジメっ子だった経験があるからそれを活かせる職業に付いているだけなのです。殆ど…95パーセントぐらいはそうだと言ってもいいでしょう。マトリではそんなヤクザが主な敵となっています。どうでしょうか?ケイスケさん、マトリで正義の華を咲かせてみませんか?」
ケイスケは眉間に皺を寄せてしばらくの間、考えたあと、
「…わかったにぃ!!」
と言った。
それからマトリの2名は再び土下座をして、
「「ありがとうございます!」」
とお礼を言う。
「キミカちゃん!イジメっ子相手に大暴れしてきていいにゃん!」
…俺もヤクザという人種は好きというわけじゃないが…。
質問を2名にぶつけてみる。
「あたしみたいなドロイドバスターに頼るっていうぐらいだから、二人じゃどうにもならない厄介な相手が現れたってこと?」
顔を見合わせるヒロミとマユナ。
「ん〜…まぁ、その、なんていうかな。尻尾をつかむ所からなんだよな。今回のは。もし相手の詳細が割れてたら俺達でもなんとか出来るんだが。で、その尻尾を掴む所が大変なんだよ」
「ほほぅ…」
ヒロミはマユナに目配せをする。するとマユナはバッグの中からくしゃくしゃのパンフレットらしきものを取り出して机に置く。どうやら強い力で握られて汗も染み付いているようだ。
プロレス?
なんとなくパンフレットからはプロレス的な雰囲気が漂ってくる。
「ごめんなさい、ついつい興奮してパンフを握ってくしゃくしゃにしちゃいました」とテヘペロしているマユナ。
ヒロミは言う。
「これは『地下格闘技』と呼ばれる種類のスポーツだ。連中は『ファイト・クラブ』と呼んでいる」
「映画の中では見たことがあるよ。本当にあるだなんて驚いたな…」
「もちろん違法だ。地下格闘技は総合格闘技。種類はなんでもいい。武器を使わないものならなんでも。プロレスや柔道、ボクシング、空手…自分が得意とする様々な格闘技を組み合わせてもよし、相手に怪我を負わせても、相手を殺してもよし。生身の人間が生身のままで殺り合うスポーツだ。で、これでどっちが勝つかお偉いさん方が賭ける」
「ふぅ〜ん…その中で『麻薬の臭い』がするわけね」
「あぁ。その尻尾を掴むのが今回の俺達からのお願いだな。調べは俺達がするから、キミカ、お前は地下格闘技に出場して暴れてくれればいい。こういう方法でしかコネクションが貼れないんでな…すまん」
確かに、二人にはちょっとキツイ仕事だな。
俺もそろそろ暴れたいと思ってたところなんだよね、このごろ運動不足でさぁ。で、さっきの話に戻ると…。
「殺してもOKなんだよね?」
「ああ。手加減無用だ。相手だって何人も殺してのし上がってるヤクザのお仲間だ。殺ってもヤクザの間で話はもみ消されるから大丈夫だ」
「観客のヤクザも殺ってもいいの?」
「さすがにそこまですると色々とこちらとしては仕事がしにくくなるな…ほどほどにな。事故に見せかけて一人ぐらい殺すのはまぁ、OKとしよう」
「よし…いいでしょう。暴れて差し上げましょう…」
ヒロミは力強い笑顔でマユナに、「よし!仕事開始だ!」と言う。
マユナは相変わらずいつものヘラヘラな顔で「おー!」と言う。
「さっそくだが、手続きに行くぞ!」
かくして、俺は、地下格闘技の選手として出場することとなった。
ちなみにマコトについてはマトリ側からNoが出された…例によって外国人なので、という理由で。